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10.人は変われる

私はずいぶん根にもつタイプである。
ついこの間まで小学生の頃の出来事をずっと引きずりながら生きてきた。
小学生の頃の私は今以上にかなり不器用で覚えも人一倍遅かった。
例えば掛け算の九九なども何度口にしても覚えられず、
来る日も来る日も一人教室に居残りをさせられていた。
その時の担任は本当に辛抱強く付き合ってくれて本当に感謝している。

しかし、学年が変わってある一人の新任教師だけは
ずっと許せないままでいた。
それはある一言がきっかけだった。

学校の授業の初めと終わりは「起立」という号令と共に
全員が椅子から立ち上がるが私の身体は
いつもすぐには動かなかった。

「森(私の本名)君がまだ座っています」という級友の言葉に
その新任教師はまるで吐き捨てるようにこう言ったのである。

「放っとき。あの子は普通の子と違うねんから」。

当時の私は鈍くさいばかりでなく
異常にパニックを起こすようなところがあった。
人の腕に噛みつくことも多々あった。
夜尿症は小学六年生まで治らず、チックは私の代名詞だった。
運動はというとクラス対抗野球大会で補欠にも入れてもらえない。
私はいつも劣等感に苛まされていた。

そんな私が主役になれるのは
体育館のマットにくるまれる時ぐらいのもので
それははっきり言っていじめだったが、
それでも相手にしてもらえたという喜びの方が勝っていた。
それほど孤独の方が辛かった。
また、すぐに赤面し言葉をどもる癖があり
対人関係が大の苦手だった。
勉強もスポーツも人並みでいい。寝小便を治したい
・・・頭から布団をかぶっては「普通の子になりたい」と
毎夜のように呟いたことを今でもはっきり覚えている。

先日、大学の教壇で初めて他人にこの話を打ち明けた。
相手は将来保育士や小学校の先生を目指す学生たち。
教師として決して不用意な言葉で
子ども達を傷つけて欲しくはないという思いからだった。
私はたまたまグレることなくやってこられたが
40年以上もの間その言葉は私の中でずっと燻り続けた。
「自分なんかいなくなってしまえ」と思ったことは何度もあった。

現在、落語を教える私塾では口移しによる反復練習を毎回行っている。
時には四股踏みの格好で声を出したり、
とにかく丹田を意識するのがその目的である。
これによりまるで声の出ない子らが語気を持って喋れるようになったり
顔つきが良くなったりという例もある。

ところが、このことを講演などで紹介すると
「それは一例であってたまたまかも知れず、
そういう確信の持てないことは軽々しく口にするのは辞めて欲しい」
というお言葉を度々頂戴する。
確かにそれは一理あるだろう。
私自身、この事を理論的にまた医学的に確信しているわけではない。
でも私自身の経験で言えば、落語が大きな転機になったことは事実である。
高校に入って落語に出会ってからはマンションの屋上で
大きな声で何度も同じ台詞を繰り返すのが私の日課であった。

それは今思えば落語というユートピアの世界への
憧れが強かったのかも知れない。
落語では、愚かな奴が主役で、
しかも彼らは周りに支えられ何より皆に愛されている。
現実から逃避行するに落語は格好の世界であった。

・・・今もこうやって私が何とか曲がりなりにも
落語家という稼業を続けていられるのは、
あの時の悔しさを持ち続けてきたからかも知れない。

思い起こせば全てはあの一言から始まっている。
まだまだ発展途上の身の上に過ぎないが、
近頃「人は変われる」というメッセージを送るのは
自分の使命ではないかとさえ思うようになった。
あの屈辱がようやく自身の中で
プラスに転じようとしている気配を感じる今、
ようやくあの時の新任教師を許す気持ちになっている。(了)
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

http://hanadanji.net/

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