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11.実況アナウンサー・吉田勝彦先生

厚かましさでは全国的に定評のある大阪だが、
商人の間には「下駄を預ける」という美しい風習が
今もちゃんと残っている。

例えば、店主に曜日を尋ねたとする。
「今日は何曜日でしたかいな」に対し、
「今日は月曜日です」とは言わず
「ええっと、月曜日と、ちゃいまっしゃろか?」と応える。

つまり、“結論を相手に委ねる”というのが大阪流であり
「下駄を預ける」作法。
これにより預けられた相手は優位に立つことになる。
優位に立った相手は当然気持ちがいい。
 大阪落語の登場人物で一番多く登場するのが“喜六”という男。

咄の多くは彼の欲から始まる。金が欲しい。女が欲しい。酒が飲みたい。
そんな欲がきっかけで彼は行動を起こし、さらにそれが失敗を引き起こす。
こうして落語というドラマが始まる。

彼はずる賢くもありおっちょこちょいでもあるが、
総じて彼は周りの皆からとても愛されている。
何故ずる賢くもある彼がそれほど愛されるのか。
それは彼が相手を優位に立たせる存在だからに他ならない。
彼は時折相手を茶化すが、いつも誰かに教えを乞い、
最終的には必ず相手を優位に立たせている。

いつも「お前は阿呆やな」と言われているが、
もし、あえてそう言わせているのだとしたらかなりしたたかである。
大阪では「阿呆やな」という言葉がまるで褒め言葉のように
使われることがあるが、
この“喜六”の生き方と照らし合わせてみると、
それもおおいに頷けるのである。

ところで、商人ばかりでなく
お客の側にも相手を優位に立たせるような言い方がある。
例えば八百屋さんに買い物に行って
「そのネギ、ちょっと分けてもらえませんやろか?」という言い回し。
お金を払う側がお願いするような言い回し。何とも上品ではないか。
「金を払う側が偉いんじゃ」という態度は下品で頂けない。

 先日、行きつけの居酒屋でいつものように一杯やりながら
マスターと談笑にふけっていた。
すると、隣から私に声を掛けて来られた初老の男性。
「あのう、ちょっとよろしいですか?」。
丁寧な物言いで身なりもお洒落でいてとても上品な方だ。
「落語家さんですよね」「ええ、そうです」
「ずっとお話聴かせてもらってました」
「すみません、声が大きいんでうるさかったんじゃないですか」
「いえいえ、楽しませてもらってましたよ。
あの、もしよろしければ、私のお酒も一杯やって貰えませんか?」
こういう言い方を自然にできる方に私は心底憧れてしまう。

この御仁とはこれを機会に何度かお会いさせてもらうようになったが、
名前を出すとご存じの方も多かろう。
競馬実況の重鎮で吉田勝彦とおっしゃる。
御年75歳。現在、関西の実況アナの多くがこの方の弟子に当たる。
吉田氏は常々弟子にこう言う。
「常に客人をもてなす心で実況しろ」。
この言葉に吉田氏の人柄や振る舞い、人生哲学といったものが凝縮されている。

・・・とかく人は威張りたがり、さも自分の方が上だと誇示したがる。
そうやって映し出されたその姿を良しとする人は誰もいない。
理屈では分かっていてもつい愚かな姿をさらしてしまうのが私の悪い癖である。

さて、冒頭に申し上げた「下駄を預ける」の効用は相手を優位に立たせるだけでない。
会話をとぎらせないという効果もある。
「~と違いますか?」という問いかけの言葉は相手の言葉を促す物言いだ。
そう言えば、吉田氏も絶えずそうして私の言葉を引き出して下さった。
歳を重ね、その社会的立場でもって後輩を従わせるのか、
あるいは人徳でもって後輩に慕われるのか。
この“せる”と“れる”の違いは大きい。
どこかイソップ寓話の“北風と太陽”を思わせる。

その日、私は吉田氏のその温厚な背中を見つめつつ
心底ああなりたいと思った。
吉田氏は私にとってのロールモデルである。(了)
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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