120.お茶子さん~かすみ草という美学~
お茶子さんとは”かすみ草”である。
花束には欠かせない存在。
どことなく謙虚で控えめな姿が美しい。
ぼくらは
その”かすみ草”の気遣いに支えられている。
さて今回は、”かすみ草”=お茶子についての記である。

繁昌亭のお茶子・稲島桂子さん
今、ぼくは『大阪府保険医雑誌』という
開業医向けの月刊誌にコラムを連載させてもらっている。

『桂蝶六の落語的交友録』というコーナーを担当。次号でこのコラムも49回目となる。
この日は、その取材のために一人のお茶子さんと待ち合わせをした。
稲島桂子さん。ぼくの主催する落語会ではすっかりおなじみの顔だ。

舞台監督や受付嬢、チラシデザイナーの方々を交えた会の打ち上げ。
前から二列目の着物姿が稲島桂子さんだ。(撮影:相原正明)
一人の落語家が喋り終えて入ってしまうと、出てきて座
布団をひっくり返したり、出演者の名前を記した名ビラ
をめくったり、漫才が使う椅子や三味線を持って出たり、
手品や曲芸の時は、その芸に用いる小道具やら椅子やら
を持ち出したり、又、徴収したり・・・・・・高座の雑用もつ
とめる、この高座ごしらえを、上方ではお茶子と呼ばれ
る女性がやるのである。何でもないようだが、これにも
なかなか呼吸なり要領なりの要るもので、客の目ざわり
にならず、キビキビとできるだけ短時間に行わなければ
ならない。
お茶子は顔の美醜や老若はともかく、いつもキリッとし
た感じで、身なりも小ざっぱりと、足袋の裏が黒いよう
では勤まらない。
どんなにくるくる忙しく立ち働いても、決して騒々しく
なかったのは、あくまで喋る芸、聞き込む芸である落語
の雰囲気をこわさぬようにしつけられてきたからであろ
う。・・・・・・落語という芸は、こういった周囲の人々の気
づかいによって育てられてきた芸なのである。
上方落語ノート より
以前、ぼくが初めて昼席で中トリを取らせてもらった時のことだった。
トリ(番組の最後)が寄席の主任なら、中トリは副主任ということになる。
客席で見ていた知人女性がぼくにこんな感想を洩らした。
「今日のお茶子さん、すごくセンスがいいですよね。
演者の着物やその方のイメージ、全体の流れを考慮してさすがだなと思いました」
「それに、中トリの蝶六さんと、トリの春之輔さんだけが白の座布団。
白がすごく特別な色に思えましたし、蝶六さんも良く映えてましたよ」。
ちなみに、その知人女性は、
ブランディングなど「商品開発」のプロ。
「いかにその商品の価値を高めるか」というお仕事をされている。
この一言があって、
以来、ぼくの会のお茶子は稲島桂子さんにお願いするようになった。
稲島さんにも話を伺った。
「その時の落語家さんの着物を見てどの色の座布団が映えるかとか、
シャープに見せるのがいいか、それとも柔らかく見せた方がいいか・・・・・・
それがぴったりはまった時はそらもうやったぁって思いますよ」。
お茶子は、舞台の演出家でもある。


稲島さんのお茶子ノートを拝見させてもらった。
それぞれの演者の座布団の色や置き方の好み、癖などがぎっしり書き込まれている。
「坐る前に必ず座布団を動かす」とか。
稲島さんと落語との出逢いは神戸の神戸もとまち寄席・恋雅亭という寄席だった。
その頃、彼女は19年前の阪神淡路大震災で自宅が全壊し、
避難所生活を余儀なくされていた。
「生の落語はこの神戸もとまち寄席・恋雅亭が初めてでした。
そのときの笑いが落ち込んでいた私の心を救ってくれたんです」。
"神戸が笑いを求めている"という思いから、
いつしか彼女は
この寄席のスタッフとして関わるようになった。
そのきっかけは『恋雅亭』で下座三味線を務める勝正子さんだった。
「たまたまうちの子と彼女の子が幼稚園で同級生だったんですよ」。
やがて彼女は、今は亡き桂春駒師匠の薦めから『兵庫区民寄席』のお茶子に。
そんな折、今度は『天満天神繁昌亭』がオープンすることになった。
「中西さん(舞台監督)からはずいぶん教わりましたよ」。
お茶子の心得や所作など無駄座布団の位置の好みも演者によって様々。
マイクから握り拳ひとつ半という演者もいれば、
座布団と見台はぴったり付けて欲しい演者もいる。
演者が
気持ち良く高座を務められるように
"整える"。
舞台進行のリズムを
乱してはならない。
ちなみに専属の女性が
「お茶子」を務めるという文化は、
先の米朝師匠の言葉にもあるように
”上方落語特有”のものだ。
東京の寄席では前座さんがこれを務めている。
ぼくは彼女に話を伺ううち、"かすみ草"という花を思い出した。
どうか今後とも、お引き立ての程、よろしく。
・・・・・・さて、これから『保険医雑誌』の原稿にかかろうと思う。
お医者さんの待合室などで見かけたら、
是非手に取ってお読みくださいまし。
桂蝶六の公式サイト
花束には欠かせない存在。
どことなく謙虚で控えめな姿が美しい。
ぼくらは
その”かすみ草”の気遣いに支えられている。
さて今回は、”かすみ草”=お茶子についての記である。

繁昌亭のお茶子・稲島桂子さん
今、ぼくは『大阪府保険医雑誌』という
開業医向けの月刊誌にコラムを連載させてもらっている。

『桂蝶六の落語的交友録』というコーナーを担当。次号でこのコラムも49回目となる。
この日は、その取材のために一人のお茶子さんと待ち合わせをした。
稲島桂子さん。ぼくの主催する落語会ではすっかりおなじみの顔だ。

舞台監督や受付嬢、チラシデザイナーの方々を交えた会の打ち上げ。
前から二列目の着物姿が稲島桂子さんだ。(撮影:相原正明)
一人の落語家が喋り終えて入ってしまうと、出てきて座
布団をひっくり返したり、出演者の名前を記した名ビラ
をめくったり、漫才が使う椅子や三味線を持って出たり、
手品や曲芸の時は、その芸に用いる小道具やら椅子やら
を持ち出したり、又、徴収したり・・・・・・高座の雑用もつ
とめる、この高座ごしらえを、上方ではお茶子と呼ばれ
る女性がやるのである。何でもないようだが、これにも
なかなか呼吸なり要領なりの要るもので、客の目ざわり
にならず、キビキビとできるだけ短時間に行わなければ
ならない。
お茶子は顔の美醜や老若はともかく、いつもキリッとし
た感じで、身なりも小ざっぱりと、足袋の裏が黒いよう
では勤まらない。
どんなにくるくる忙しく立ち働いても、決して騒々しく
なかったのは、あくまで喋る芸、聞き込む芸である落語
の雰囲気をこわさぬようにしつけられてきたからであろ
う。・・・・・・落語という芸は、こういった周囲の人々の気
づかいによって育てられてきた芸なのである。
上方落語ノート より
![]() | 上方落語ノート (1978/01) 桂 米朝 商品詳細を見る |
以前、ぼくが初めて昼席で中トリを取らせてもらった時のことだった。
トリ(番組の最後)が寄席の主任なら、中トリは副主任ということになる。
客席で見ていた知人女性がぼくにこんな感想を洩らした。
「今日のお茶子さん、すごくセンスがいいですよね。
演者の着物やその方のイメージ、全体の流れを考慮してさすがだなと思いました」
「それに、中トリの蝶六さんと、トリの春之輔さんだけが白の座布団。
白がすごく特別な色に思えましたし、蝶六さんも良く映えてましたよ」。
ちなみに、その知人女性は、
ブランディングなど「商品開発」のプロ。
「いかにその商品の価値を高めるか」というお仕事をされている。
この一言があって、
以来、ぼくの会のお茶子は稲島桂子さんにお願いするようになった。
稲島さんにも話を伺った。
「その時の落語家さんの着物を見てどの色の座布団が映えるかとか、
シャープに見せるのがいいか、それとも柔らかく見せた方がいいか・・・・・・
それがぴったりはまった時はそらもうやったぁって思いますよ」。
お茶子は、舞台の演出家でもある。


稲島さんのお茶子ノートを拝見させてもらった。
それぞれの演者の座布団の色や置き方の好み、癖などがぎっしり書き込まれている。
「坐る前に必ず座布団を動かす」とか。
稲島さんと落語との出逢いは神戸の神戸もとまち寄席・恋雅亭という寄席だった。
その頃、彼女は19年前の阪神淡路大震災で自宅が全壊し、
避難所生活を余儀なくされていた。
「生の落語はこの神戸もとまち寄席・恋雅亭が初めてでした。
そのときの笑いが落ち込んでいた私の心を救ってくれたんです」。
"神戸が笑いを求めている"という思いから、
いつしか彼女は
この寄席のスタッフとして関わるようになった。
そのきっかけは『恋雅亭』で下座三味線を務める勝正子さんだった。
「たまたまうちの子と彼女の子が幼稚園で同級生だったんですよ」。
やがて彼女は、今は亡き桂春駒師匠の薦めから『兵庫区民寄席』のお茶子に。
そんな折、今度は『天満天神繁昌亭』がオープンすることになった。
「中西さん(舞台監督)からはずいぶん教わりましたよ」。
お茶子の心得や所作など無駄座布団の位置の好みも演者によって様々。
マイクから握り拳ひとつ半という演者もいれば、
座布団と見台はぴったり付けて欲しい演者もいる。
演者が
気持ち良く高座を務められるように
"整える"。
舞台進行のリズムを
乱してはならない。
ちなみに専属の女性が
「お茶子」を務めるという文化は、
先の米朝師匠の言葉にもあるように
”上方落語特有”のものだ。
東京の寄席では前座さんがこれを務めている。
ぼくは彼女に話を伺ううち、"かすみ草"という花を思い出した。
どうか今後とも、お引き立ての程、よろしく。
・・・・・・さて、これから『保険医雑誌』の原稿にかかろうと思う。
お医者さんの待合室などで見かけたら、
是非手に取ってお読みくださいまし。
桂蝶六の公式サイト
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