121.声のちから
「伝統芸能」と聞いただけで
拒否反応を示す人々。
実はかつてのぼくがそうだった。
中学生の頃、BCL(ラジオ放送を聴取して楽しむ趣味)にはまった。
遠く北海道から沖縄まで電波を受信しては悦に入っていた。
そこによく割って入ってきたのが、落語である。
でも、ぼくはそれが入ってくるや否や、
すぐさま、受信を他の局に切り替えた。
「落語なんて、お爺ちゃんの趣味」。
そんな印象を持っていた。
落語でさえそうなのだから、能やオペラなんてなおさらだった。
「言葉が分からない」「敷居が高そう」
そんなかつてのぼくがいつしか落語家になっていた。
でも、能狂言は食わず嫌い。
能と狂言の違いすら分かっていなかった。
狂言との出逢いは、
あるミュージシャンのコラボレーション企画だった。
インストゥルメンタルの曲に、
狂言、人形劇、そして落語のぼくが加わった。
ぼくは狂言の師に言われた。
「蝶六くん、
君はちょっと発声の仕方を考えた方がいいですね」。
以来、ぼくは20年間、狂言の稽古場に通い続けた。

狂言の師から学んだことのひとつ。
「西洋の"天に昇る声"・日本の"地を這う声"」
ところで、ぼくが出講する夜間高校では、
毎年様々なコラボレーションを楽しむ。
そこで、今年は「能」と「オペラ」を提案してみた。
言葉が理解できなくても楽しめるのが、長い年月によっ
て磨き上げられた古典芸能の底力。たとえば「天に昇る
声」と言われるオペラと「地を這う声」と言われる能。
二つの声の響きやリズムに身を委ねてみれば、「好き/
嫌い」だけではない何かを感じることができるのではな
いだろうか。
今回は、「とっつきにくいと思われがちな」芸能を次の
世代につなげていこうという奮闘しているアーティスト
を招き、その芸能を実演いただくとともに、そこに宿る
想いや歴史、そして独特の歌唱法やリズムを「和」と「洋」
で比較しながら分かりやすく紹介していただく。頭では
なく心に届くメッセージを感じて頂きたい。

「能」からは、
シテ方:水田雄晤(観世流)、笛:赤井要佑(森田流)、
小鼓:久田陽春子(大倉流)、太鼓:山本寿弥(大倉流)、
太鼓:中田弘美(金春流)
「オペラ」からは、
テノール歌手:橋本恵史、ピアノ:辻村ゆずといったメンバーが参加した。
双方ともにワークショップはお手のものだ。
普段の授業では見られないほどの学生たちの活気があった。
「どなたか、ちょっと前に出てきてもらっていいですかぁ」
橋本氏の呼びかけに、さっと手を挙げたのは、
いつも教室の隅でよく居眠りをしている学生だった。
この時、ぼくは嬉しいという気持ちや驚きよりも、
ちょっと反省モードになった。
「こういう授業を
せんといかんわなぁ」
サプライズとして、オペラ歌手による謡曲『髙砂』。
これを全くのテノール唱法で唱ってもらった。
太鼓、小鼓、笛、ピアノがそれに寄り添った。


舞台ではオペラ歌手は靴を履くが、能楽師は足袋はだし。打ち合わせでオペラ歌手に脱いでもらうことも一瞬考えたが、違いを見せるのも大切。それで、あえて「靴履きでお願いします」と伝えた。それに靴履きでないと演技にも少し影響が出るという。
ジャンルの違う奏者たちの
真剣な眼差しと笑顔がそこに並んだ。
学生たちも気持ち良さそうに帰っていった。
あれから、校内で学生に声を掛けられる機会が増えた。
「能とオペラん時に
司会をやってたおっちゃんやんなぁ」
彼らの能・オペラに対する偏見は
どうやらちゃんときれいに取り払われたようだ。
今回も写真は、相原正明先生にお願いをしました。
相原正明のつれづれフォトブログ
桂蝶六の公式サイト
拒否反応を示す人々。
実はかつてのぼくがそうだった。
中学生の頃、BCL(ラジオ放送を聴取して楽しむ趣味)にはまった。
遠く北海道から沖縄まで電波を受信しては悦に入っていた。
そこによく割って入ってきたのが、落語である。
でも、ぼくはそれが入ってくるや否や、
すぐさま、受信を他の局に切り替えた。
「落語なんて、お爺ちゃんの趣味」。
そんな印象を持っていた。
落語でさえそうなのだから、能やオペラなんてなおさらだった。
「言葉が分からない」「敷居が高そう」
そんなかつてのぼくがいつしか落語家になっていた。
でも、能狂言は食わず嫌い。
能と狂言の違いすら分かっていなかった。
狂言との出逢いは、
あるミュージシャンのコラボレーション企画だった。
インストゥルメンタルの曲に、
狂言、人形劇、そして落語のぼくが加わった。
ぼくは狂言の師に言われた。
「蝶六くん、
君はちょっと発声の仕方を考えた方がいいですね」。
以来、ぼくは20年間、狂言の稽古場に通い続けた。

狂言の師から学んだことのひとつ。
「西洋の"天に昇る声"・日本の"地を這う声"」
ところで、ぼくが出講する夜間高校では、
毎年様々なコラボレーションを楽しむ。
そこで、今年は「能」と「オペラ」を提案してみた。
言葉が理解できなくても楽しめるのが、長い年月によっ
て磨き上げられた古典芸能の底力。たとえば「天に昇る
声」と言われるオペラと「地を這う声」と言われる能。
二つの声の響きやリズムに身を委ねてみれば、「好き/
嫌い」だけではない何かを感じることができるのではな
いだろうか。
今回は、「とっつきにくいと思われがちな」芸能を次の
世代につなげていこうという奮闘しているアーティスト
を招き、その芸能を実演いただくとともに、そこに宿る
想いや歴史、そして独特の歌唱法やリズムを「和」と「洋」
で比較しながら分かりやすく紹介していただく。頭では
なく心に届くメッセージを感じて頂きたい。

「能」からは、
シテ方:水田雄晤(観世流)、笛:赤井要佑(森田流)、
小鼓:久田陽春子(大倉流)、太鼓:山本寿弥(大倉流)、
太鼓:中田弘美(金春流)
「オペラ」からは、
テノール歌手:橋本恵史、ピアノ:辻村ゆずといったメンバーが参加した。
双方ともにワークショップはお手のものだ。
普段の授業では見られないほどの学生たちの活気があった。
「どなたか、ちょっと前に出てきてもらっていいですかぁ」
橋本氏の呼びかけに、さっと手を挙げたのは、
いつも教室の隅でよく居眠りをしている学生だった。
この時、ぼくは嬉しいという気持ちや驚きよりも、
ちょっと反省モードになった。
「こういう授業を
せんといかんわなぁ」
サプライズとして、オペラ歌手による謡曲『髙砂』。
これを全くのテノール唱法で唱ってもらった。
太鼓、小鼓、笛、ピアノがそれに寄り添った。


舞台ではオペラ歌手は靴を履くが、能楽師は足袋はだし。打ち合わせでオペラ歌手に脱いでもらうことも一瞬考えたが、違いを見せるのも大切。それで、あえて「靴履きでお願いします」と伝えた。それに靴履きでないと演技にも少し影響が出るという。
ジャンルの違う奏者たちの
真剣な眼差しと笑顔がそこに並んだ。
学生たちも気持ち良さそうに帰っていった。
あれから、校内で学生に声を掛けられる機会が増えた。
「能とオペラん時に
司会をやってたおっちゃんやんなぁ」
彼らの能・オペラに対する偏見は
どうやらちゃんときれいに取り払われたようだ。
今回も写真は、相原正明先生にお願いをしました。
相原正明のつれづれフォトブログ
桂蝶六の公式サイト
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