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124.パンソリ・浪曲・落語のピッチ

「あれ?調子笛を使われるんですね?」と、
浪曲師の春野恵子さん。

「ええ、ピッチが下がると
お客さんが離れてしまうもんで」と、
パンソリの安聖民さん。


浪曲とパンソリは、それぞれ日本と韓国を代表する「語り物音楽」。

安聖民、交わりの学校


春野恵子、交わりの学校
昨年12月、コリアタウン御幸森小学校で開催されたパンソリ・浪曲・落語による三人会。(上から、パンソリ、浪曲)

聖民さんは続けてこう言った。

「パンソリを唱い続けていると
段々声が嗄れてくるんです。
そうなると、ピッチが下がってきます。
でも、ピッチが下がっていくと、
それにつれて、物語も下降していき、
見事にお客さんが離れていくんですよね」。


それは確か五、六年前のこと、
コリアタウンの一画、安聖民さんの稽古場でのやり取りだった。

浪曲には三味線を持った曲師がつくが、
パンソリにはチャンゴと呼ばれる太鼓をもった鼓手(コス)がつく。
三味線のような旋律楽器がつかないパンソリだからこその調子笛であった。

金光敏、安聖民、春野恵子、交わりの学校
去年の公演での打ち上げ:左から仕掛け人の金光敏さん(コリアNGOセンター事務局長)、曲師の一風亭初月さん、浪曲師の春野恵子さん、パンソリの安聖民さん、ぼく


そう言えば、狂言を習っていた頃、
「二字上がり」という技法を学んだ。

「二字上がり」とは、
各文節の二字目にメリハリをつけて発声する手法である。
これにより、台詞に感情移入しやすくなり、
台詞の下降を防ぐことができる。

台詞の下降は、物語の下降を意味する。
それはきっと全ての「語り芸」にいえることだ。

森五六九、狂言、胸突き、出会え
かつてぼくは、発声のコンプレックスから狂言のお稽古に通っていた。

パンソリの公演を初めて観に行った時、
その迫力にぼくは思わず目を伏せてしまった。

それにはこんな理由があった。

安聖民さんは、最前列にいたぼくの目を
じっと見つめたまま語り出したのだ。


しかも、彼女が登場人物を演じているにも関わらずである。
落語ではまずありえない。

落語で登場人物が話すとき、
お客と目が合わない工夫をしている。


も、パンソリでは違っていた。
ぼくがまるでその物語のなかの一人物でなったような錯覚を覚えた。


このことについて安聖民さんに直接問うてみた。

「ええ、目の前にいる観客を
物語のなかの相手に見立てて語るんです」。

やっぱりそうか。。。

落語においては、お客と直接目が合うのは、
マクラの時など演者自身として語るときに限っている。

芸種が違えば、手法が変わるのは当たり前だが、
ぼくにはそのことがとても興味深く面白かった。


パンソリ、浪曲、落語・・・・・・
それぞれの芸能を並べてみた時、
それぞれの芸能の特徴や共通点が際立って見えてくる。

ぼくにとって、パンソリ・浪曲との出逢いは、
「落語再発見」の一日でもあった。

交わりの学校、新聞記事
公演の新聞記事


こちらの過去ブログも是非ご覧ください。
パンソリについて書いています。
風の丘を越えて


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Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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