126.落語の授業のつくり方

撮影:渡邊隆氏(まちづくり仕掛け人)
渡邊隆氏のホームページ
毎年、この時期になると学生たちのレポートが届けられる。
楽しみでもあるが悩みの種でもある。
成績をつけねばならぬのだ。
落語で学んだコミュニケーション術を
バイト先の居酒屋で実践して褒められた学生、
声が前に出るようになったと喜ぶ学生、
高校時代にクラブで経験した吹奏楽やバスケットのことと
落語を結び付けて論じる学生、
自身のいじめ体験と落語を結び付けて告白する学生、
小学校で落語の授業をどう展開するかを具体的に書いてきた学生、
……落語をそのスキルから見る学生もいれば、
イズムからとらえる学生もいる。

レポートを提出するにあたって、ぼくは学生たちにこう伝えた。
ぼくのブログや他の書物を引用しても構わないが
必ず自身の経験や体験、私見を交えて書くこと。
ぼくのなかにはかつて編集学校で学んだこんな一節がずっと残っていた。
「世の中の全てに方法というものがあり、
それは他のあらゆるものに応用できる」。
言うなれば料理に恋愛、子育て、ビジネスの全てにおいて編集がなされており、
そこには必ず型=方法というものが存在する。
イシス編集学校のサイト
ぼくが大学に出講することになって最初に考えたのは、
「落語」の何を、学生にどう伝えようかということだった。
ここに集う学生たちの多くは将来、
小学校や幼稚園の先生になることが決まっている。
「生徒や園児の前で上手く話せるようになる」は
当然この授業で学んでいただくべきことだが、
それ以上に落語にはもっと伝えたいメッセージがある。

ときには狂言師を迎えて授業を行うこともある
とにかく落語の授業そのものが
学生たちにとって有意義と感じてもらうように展開する必要があった。
そこでぼくはまず「スキル」と「イズム」の二本柱に分けて考えてみた。
① スキルとしての落語:
「大きな声」ではなく「届く声」
「対話」としての落語
「言葉」の粒を立てる、
日本語の声とメロディーなど。
② イズムとしての落語:
怒りを呆れに変える「受容」の精神、
プロパガンダとしての作品、
業の肯定など。
落語の授業を行うにあたって陥りやすいのは、
故事来歴や単に芸能としての紹介だけに終わってしまうことだ。
落語入門書の多くはそこだけに終始している。
(それが目的だから当然の話ではあるが)
ぼく自身、初めて夜間高校で落語の授業を受け持ったときもそんな授業だった。
生徒の多くにそっぽを向かれ、そこからぼくの苦悩が始まった。
「落語を方法として取り出すことで
もっと身近な話題として感じてもらえるのではないだろうか」。
日常の人付き合いや居酒屋のバイトにも役立つ授業。
日々のストレスから解放される授業。
落語はフツーの人々のフツーの暮らしを描いている。
他人に話を聞いてもらうため、落語家の先達たちは多くの工夫を導き出した。
ヒントはいくらでもあった。

撮影:相原正明
写真家・相原正明のサイト
小学校の先生になろうという学生がこんな言葉をレポートに残してくれた。
「子どもにとって楽しい授業ができる教師は、
決して面白いことが言える教師ではない。
話す言葉に表情があることが大切だと考える」。
たとえ台本が同じであっても、落語は演者によって面白くもなり、
逆に本で読むよりつまらないものになることもある。
そういえば、ぼくの尊敬する漫談家、故・若井はやと師匠は
こんなことをおっしゃっていた。
「二流は台本の内容そのものにこだわるんや。
一流はな、台本が二流でもちゃんと芸にしてしまう。
そこが大きな違いや」。
はやと師はまさにその言葉通りの一流であった。
もちろん授業には言葉の表情だけでなく、
笑いを誘うような脱線も含め全体の構成も肝心であろう。
しかし、彼が「落語」の型を授業のスキルとして取り入れようとしていることは十分に窺えた。
さて、今秋からは未来の看護師たちを新たに受け持つことになった。
とりあえずは今、ナイチンゲールの本を読んでいる。
看護の世界に「落語」の何をどう結び付けてみようか。
こんな思案が実に楽しい今日この頃である。
月刊『リフブレ通信』(リフティングブレーン発行)への連載のため、
書き下ろしたものです。
リフティングブレーン社のサイト
蝶六の公式サイト
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