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14.アドリブ考

「アドリブ」という言葉がある。
辞書では「即興」と訳されている。
元々業界用語だが今は一般にもずいぶん馴染みの言葉である。

私はある先輩芸人にこう言われた。
「芸人にとってのアドリブは世間で言うアドリブとは
ちょっと意味が違うんやで」。

世間一般的にアドリブとは突発的にその場の思いつきで
台詞を発する事を指すようだが芸界ではそれでは通用しない
と言うのがその先輩の主張である。

先輩曰く、芸界でのアドリブとはその場の状況に応じ
「あらかじめ用意しておいた言葉」を引き出してくる能力の事。
芸人にとってのアドリブとは突発ではなくかなり確信的な事が多い。
単なる思いつきではない。

これはある恩人から教わった日本の風習。
「仲人の落とし扇」。
結婚が決まると結納を行う。
その儀式が滞りなくお開きになってその帰り際、
お仲人さんが持っていた扇をその家の庭などに
わざとポンと落としていくというのだ。

これは実に日本的な考え方で
「満ちるは欠けるがごとし」という考えに繋がっている。
月は満月になると後は欠けていくもの。
おみくじの大吉もこれ以上はないからかえってよくない。
だから、結納も何事もなく完璧に滞りなく済ましてしまうのは
かえって縁起が悪いというので、お仲人さんがそういう儀式?を行うというのだ。

「何事も完璧すぎるのは良くない」=「仲人の落とし扇」。
私はこの話を聞いた時、きっと何かに使えると思い、
そっと頭の引き出しにしまっておいた。
その機会は意外にすぐに訪れた。
とある会社の周年パーティー。
私はその式典の司会と余興に呼ばれていた。
社長の挨拶に始まり祝辞が続いた。そしていよいよ乾杯である。
ここまでは進行に何の問題もない。会場も祝賀気分に包まれていた。
ところが事件はここで起こったのである。「
乾杯」の発声間際である。
壇上の壁面には日の丸国旗と社旗が並んで張り付けてあった。

その社旗があろうことか「乾杯」と言いかけた瞬間、
ハラリとはがれ落ちてしまったのだ。
会場が一瞬にして凍り付いたのは言うまでもない。
約三〇〇名の視線は一斉に私に注がれた。
「お前、何とかせんかい」という熱い思いのこもった眼差しである。
あのような場面で事を収めるのは必ず司会者の役目である。
そのためにわざわざ高いギャラを払ってまでプロを雇うのだ。

この時、ふと思い出したのがそう
・・・「仲人の落とし扇」である。

スタッフが社旗を直している間、
私は粛々とこの風習の意味を説明申し上げ、
「これも「仲人の落とし扇」という事でどうかご容赦を・・」
という言葉で締めくくった。
会場は万雷の拍手で包まれた。元の祝賀ムードである。
列席者一同もこの気まずい状況を何とか
打破したいと思っていたのだろう。

その日も無事に終わり帰り支度をしていると、
主催の係が私に近づいてきてこうおっしゃった。
「見事なアドリブでしたね」。
そう、これはまさしくアドリブである。
こういう時のためにちゃんと用意しておいた正しいアドリブである。

バラエティー番組などでちょっといい言葉などが発せられると、
受けた相手が「それ貰っておこう」などと
手のひらにメモする所作が時折見られるが、
あれも芸人にとって案外大真面目な行為である。
芸人にとってこれも大切な危機管理なのだ。

どうも日本人は最悪の状況を口にする事を
「縁起でもない」と言って避ける傾向にある。
でも、どんな世界においてもプロはハプニングに強い。
それはいつも最悪の状況を考えているからだろう。
司会でもそうだが上手く行って当たり前。
何かハプニングを処理する場面でも起こらない限り、
一般的にはなかなか評価して貰えないのが司会の仕事だ。
だからハプニングは自分をアピールする絶好のチャンスになる。

いつも縁起でもない事を考えているのは決してマイナス思考ではない。
何か軽いハプニングでも起こらないかと期待しながら
マイクを握る私はとても悪い芸人かも知れない。
しかし、これは究極のプラス思考だと自負している。(了)
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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