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149.弟子の決断・師匠の覚悟(新聞コラム版)

当時、奥様は35歳。
小学1年生の男の子と幼稚園に通い出したばかりの女の子。
そんな平穏な家庭にどこの骨とも分からぬ20歳の男がいきなり転がり込み、
奇妙な共同生活が始まった。

ヘマばかりを繰り返す男。
それでも奥様は嫌な顔ひとつ見せず、行儀や礼儀作法の一から教え始めた。
この「男」とは、つまりぼくのこと。
師匠と一つ屋根の暮らしは緊張の連続だったが、
傍にずっといられるという喜びでいっぱいだった。

スキャン_20151015
師匠(先代桂春蝶)の右手に長男(現・桂春蝶)、その後ろにぼく


今なら分かる。

本当に緊張を強いられていたのは師匠や奥様、
そして子どもたちではなかったか。

家族団らんの場を奪い、ぼくが原因で夫婦喧嘩が引き起こされることも度々。
「ちょっと聞いてよ、今日、蝶六さんったら」と憤る奥さん。
「まあまあ……」となだめにかかる師匠。
逆に師匠の機嫌を損ねた時にはいつも奥さんがぼくを庇ってくれた。

内弟子の年季が明けた後、腹が減って死にそうなときは決まって師匠宅へ。
「あら、蝶六さん、どうしたの?」「あ、奥さん。今日はちょっと御礼奉公に」。
庭掃除と窓ガラス拭きに掛かるのがいつもの決まり。
そうしてぼくは久しぶりのご馳走にありついた。
「これタクシー代や。ええから、今日はタクシーで帰り」。
もちろんぼくはタクシーなど使わず、来た道を歩いて帰った。

師匠は全てお見通しだった。

飯を食わせて、商売の種である咄を授け、
たまには小遣いを渡したり・・・・・・師匠には見返りもない。

「わしも師匠の春団治(三代目)にそうしてもうた。お前もいずれせなあかん」。

春蝶、立ち切れ、縮小版


最近、師匠の息子の三代目桂春蝶くんと会話する機会が増えた
。「君が小さい頃、寝小便布団を干すのがぼくの日課やった」
「蝶六兄さんも隠れて煙草吸ってましたよね」

……あの頃、ぼくはずいぶん泣いた。でも、今となってはその全てが笑い話。


師匠と出会わなかったら、
ぼくはいったいどうなっていただろう。


師匠の年齢を超えた今も、師匠や奥さんの覚悟には到底及ばない。(了)


大阪日日新聞コラム「澪標」より
2014年11月

恋雅亭用、春蝶と。
春蝶くん(濱田大助)とぼく

○繁昌亭の楽屋、春蝶と花團治の談笑
襲名披露落語会の楽屋風景(撮影:相原正明)



桂花團治公式サイトはこちらから
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コメント
42:良いお話 by souu on 2015/10/18 at 12:01:33 (コメント編集)

立派になられた桂花團治さんを師匠はきっと喜んで
いらっしゃいますね。
今、あのお船は賣太神社近くの平和公民館にありますが
今日は公民館祭りで大勢の人に披露されています。

プロフィール

蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

http://hanadanji.net/

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