153.病いはことばから~看護と狂言~
「これまでぼくはなんて独りよがりだったんでしょう」
最後に彼は自身の半生をポツリポツリと語りだした。
大阪青山大学での特別授業でのことだ。
それまでの笑いが渦巻いた雰囲気とはうって変わり、
一言一言を聞き漏らすまいという
学生たちの真剣な眼差しが印象に残った。
「ぼくは入院して良かったと思います」
ちなみにここにいる学生の多くは未来の看護師さんたちだ。



狂言師・金久寛章。
高校生の頃、演劇に出会った。
たいして興味もなかったが友人に誘われてその座に加わった。
ようやく自身を表現する場に出会えたと思った。
大阪芸術大学の舞台芸術学科に入学。
卒業後は「劇団四季」に入団したものの、
すぐに緑内障を患い、三か月の入院を余儀なくされた。
「医者は安静にしてなさいとおっしゃるけど、身体はピンピンしているんです」
暇を持て余すうち、彼の耳に飛び込んできたのは、
看護師さんと患者の会話だった。
「言葉の掛け方ひとつで患者の様子が変わるんです。
演劇人の一人として、いかに言葉が大事か、思い知らされましたね」
来る日も来る日も、その看護師さんの言葉に耳を傾けた。
言葉のトーン、温度、色合い、香り……
まるで味わうように、耳を澄ませた。
そんな入院生活のなかで、俳優を辞めようとさえ思う衝撃が走った。
「本当に小柄な看護師さんがね、大きな男性を全身で支えるようにして用をさせている場面を見てしまったんですよ。ぼくはね、人に感動を与えたいと思って舞台俳優になった。人を元気づけたいと思ってこの世界に飛び込んだ。けど、本当に元気づけたい人は見にも来れないんだなあって。困っている人に身も心もぶつかって働きかけていく看護師さんの姿を見ているうちに、ぼくはなんて独りよがりなんだろうって、ぼくはただ自分のしたいことを追いかけているだけじゃないかって……」
金久は無事退院したものの劇団に戻ることを諦めた。
そんな時、思い出したのが大学で教わった狂言の謡だった。
事故に遭わないように。
病気にならないように。
怪我をしないように。
そんな願いや祈りが芸能の原点であることを彼は師に学んだ。
そのことを思い出した。
春ごとに君を祝いて若菜摘む
我が衣手に降る雪を受くる袖の雪
拂わじ拂わでそのままに
運び重ね雪山を
千代に降れと作らん雪山を
千代に降れと作らん


狂言の稽古場で出会って以来、
かれこれ15年の付き合いになるが、
これほど自分のことをしっかりと語る金久寛章をぼくは初めてみた。
講義を終えた金久は実に清々しい表情だった。
おそらく彼女ら学生たちの眼差しがそうさせたのであろう。
そこにいるのはもう立派な看護師だった。
金久がぼくにこう言った。
「心根の優しい子たちですね」

「金久寛章の狂言教室」はこちらから
「桂花團治の公式サイト」はこちらから
最後に彼は自身の半生をポツリポツリと語りだした。
大阪青山大学での特別授業でのことだ。
それまでの笑いが渦巻いた雰囲気とはうって変わり、
一言一言を聞き漏らすまいという
学生たちの真剣な眼差しが印象に残った。
「ぼくは入院して良かったと思います」
ちなみにここにいる学生の多くは未来の看護師さんたちだ。



狂言師・金久寛章。
高校生の頃、演劇に出会った。
たいして興味もなかったが友人に誘われてその座に加わった。
ようやく自身を表現する場に出会えたと思った。
大阪芸術大学の舞台芸術学科に入学。
卒業後は「劇団四季」に入団したものの、
すぐに緑内障を患い、三か月の入院を余儀なくされた。
「医者は安静にしてなさいとおっしゃるけど、身体はピンピンしているんです」
暇を持て余すうち、彼の耳に飛び込んできたのは、
看護師さんと患者の会話だった。
「言葉の掛け方ひとつで患者の様子が変わるんです。
演劇人の一人として、いかに言葉が大事か、思い知らされましたね」
来る日も来る日も、その看護師さんの言葉に耳を傾けた。
言葉のトーン、温度、色合い、香り……
まるで味わうように、耳を澄ませた。
そんな入院生活のなかで、俳優を辞めようとさえ思う衝撃が走った。
「本当に小柄な看護師さんがね、大きな男性を全身で支えるようにして用をさせている場面を見てしまったんですよ。ぼくはね、人に感動を与えたいと思って舞台俳優になった。人を元気づけたいと思ってこの世界に飛び込んだ。けど、本当に元気づけたい人は見にも来れないんだなあって。困っている人に身も心もぶつかって働きかけていく看護師さんの姿を見ているうちに、ぼくはなんて独りよがりなんだろうって、ぼくはただ自分のしたいことを追いかけているだけじゃないかって……」
金久は無事退院したものの劇団に戻ることを諦めた。
そんな時、思い出したのが大学で教わった狂言の謡だった。
事故に遭わないように。
病気にならないように。
怪我をしないように。
そんな願いや祈りが芸能の原点であることを彼は師に学んだ。
そのことを思い出した。
春ごとに君を祝いて若菜摘む
我が衣手に降る雪を受くる袖の雪
拂わじ拂わでそのままに
運び重ね雪山を
千代に降れと作らん雪山を
千代に降れと作らん


狂言の稽古場で出会って以来、
かれこれ15年の付き合いになるが、
これほど自分のことをしっかりと語る金久寛章をぼくは初めてみた。
講義を終えた金久は実に清々しい表情だった。
おそらく彼女ら学生たちの眼差しがそうさせたのであろう。
そこにいるのはもう立派な看護師だった。
金久がぼくにこう言った。
「心根の優しい子たちですね」

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