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164.暴力に屈しない~生きててよかった~

暴力追放講演


「まあ、とりあえず、
親に顔でも見せに帰ったり」


内弟子の年季が明けた日のことだった。
師匠の言うように、ぼくはまず実家に戻ることにした。
3000円もあればタクシーで帰れる距離だった。
それぐらいは小遣いやラジオのギャラなどで少し貯えがあったので、
その日だけはちょっと贅沢することにした。

親とはもう一年以上、連絡を取っていない。
師匠の家に住み込みしてから休暇は年に二日ほど。
その休みも実家には帰らず、
中退した大学を訪れたりしていた。

春蝶の家族と共に
師匠と、そのご家族と共に(手前の坊やが現・三代目春蝶)


タクシーに乗って20分ほどで実家のあるマンションに着いた。
小学生の頃から師匠宅に住み込みするまでずっとここだった。
ぼくは一気にマンションの二階に駆け上がった。

でも、そこには見慣れた表札がなかった。
チャイムを押しても人の気配すらしなかった。
ぼくは途方にくれた。
隣のおばちゃんを訪ねてみた。

「あぁ、タカちゃんかいな。
なんやしらんけど、急に引っ越ししはったみたい。
おばちゃんも、ようわからんねやわ」。

夜逃げだった。
それには心当たりがあった。



まだ、暴対法などなかった時代である。
借金取りが家の前で罵声を挙げたり、
ドアを蹴り上げたりが当たり前だった。
ぼくが中学生の頃から度々そういうことがあった。
人のいい父親は知人の保証人になっていたのだ。

つまり、ぼくは
そういう現実に目をそむけて、
落語家に逃げたのであった。



今、思い出しても
申し訳なくて情けなくて……



それからぼくは、とりあえず師匠の家に戻った。

「なんや、どうしたんや?」
「いえ、あの、もうちょっとここに住まわせてもらえませんか?」
「けったいなやっちゃなぁ。年季が明けたらみな喜んで出ていくもんやけど」


師匠はなにかを察してくれたのか、
それ以上は何も聞かず、
「おりたいだけおったらええ」とだけ
言ってくれた。



「まぁ一応、年季は明けたわけやし、酒を飲んでもかめへん」


春團治一門では、内弟子の間、
「酒」「煙草」「女」はご法度だった。
とはいえ、ぼくは隠れ煙草に隠れ酒の常習犯だった。
でも、これからは公認で酒が呑めるということだ。

それから半年間、
師匠の家で、奥さんの晩酌のお供をしながら、
師匠の帰りを待つというような、奇妙な生活が始まった。

「そのうち、ご両親かて電話してきはるんとちゃう」と奥さん。
携帯電話などなかった時代である。
師匠の家の電話だけがぼくの唯一の連絡先でもあった。
奥さんも、ぼくに対してずいぶん気遣ってくださった。



……あれからもう30年以上が経つ。
両親も健在だ。
弟が滋賀にマンションを購入したので、
両親もその近くに住み移り穏やかに暮らしている。

そこに至るまでにはいろいろあった。
借金のことでヤクザに脅されたこともあった。
父親がその事務所に監禁され、
ぼくがそこに出向いたこともあった。

今でもはっきり覚えているのが、
ヤクザの事務所に行く途中のことである。
鶴橋の辺りをフラフラ歩いているぼくを、
露の新治兄が見つけてくれた。

「おい、蝶六、どうしてん。君、何か変やで。
時間あるか?まぁ、とりあえず飯でも食いに行けへんか」

新治兄にぼくはそれまでの経過を全て話した。

「日本という国は法治国家や。
ちゃんと法律が守ってくれる。
生きなあかんで」


新治兄のその言葉にどれほど勇気づけられたことか。
あの言葉がなかったら、今頃ぼくはどうなっていただろう。

新治兄と
左から、ぼく、露の新治兄



襲名披露の当日、
1200人の拍手を背に下りてくると、
そこには少し涙目の新治兄が立っていた。



花團治襲名披露口上




「良かったな。君は間違ってなかった。
君が生きてきたその答えが今日や。
ぼくも勇気をもらったよ」



その言葉はどんなコトバよりも重みがあった。
生きててよかった。
あのときのことが一気に脳裏を駆け巡った。
二人にしかわからない喜びがあった。
あの時、ばったり新治兄に出会えて本当によかった。

花團治襲名披露、暖簾から花團治



スキャン_20160411
講演と落語:暴力に屈しない。今は「暴対法」がしっかり守ってくれます。今年もこのテーマで、岐阜で講演予定です。


👉👉👉 全国暴力追放運動推進センターのサイトはこちらから

👉👉👉 桂花團治公式サイトはこちらから

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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

http://hanadanji.net/

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