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167.岡目八目、離見の見~自分ドラマを楽しむ~

桂三度さんを取材した記事にこんな一節がありました。

ボクって、哀しいことがあったとしても
『俺の人生ドラマチックやなぁ』って
思うようにしているんですね。
で、数年前に自分の人生を振り返った時に
あんまり面白くないなぁって思ってたんですけど、
落語家になって
『あ、自伝の内容みえた!』って(笑)。


「桂三度、落語家転身の真相を明かす」より


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右が三度さん。左がぼく。

「ジャリズム」という漫才コンビで活躍し、
ピン芸人に転向してからも
「世界のナベアツ」としてブレーク。
「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになります」が有名です。

その日の繁昌亭の楽屋番は三度さんでした。
楽屋番の仕事は、先輩の着物を畳んだり、お茶を汲んだり、
演目帳をつけたり、太鼓を叩いたり、
……とにかく楽屋における一切合切が楽屋番の仕事です。

それを40歳過ぎの、
しかもメディアで顔も売れている彼が
大真面目にその仕事をこなしているではありませんか。

落語家の世界は年功序列。
一日でも先に入門した方が「兄さん」であり、
その関係は生涯変わりません。
楽屋の隅の方では、
20歳以上年下の先輩からイロイロ注意を受けながら
平身低頭な三度さんの姿がありました。

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楽屋の奥で正座しているのが、三度さんです。繁昌亭の楽屋にて。


彼は芸人としても構成作家としても売れっ子でした。
周囲に聞くとかなりの収入があったそうです。
それをかなぐり捨てての入門。
今から5年前の2011年のことでした。

「とにかくすごい可能性の眠っているジャンルが
落語やったんです」と三度さん。
その時、六代桂文枝師匠からは
「構成作家を続けながら落語家の修行をすればいい」との
お墨付きまで頂いたらしいのですが、
「昨日は楽屋で落語家の一番若手として働いていたのに、
今日は構成作家として芸人にダメ出しをする」というギャップに耐えかね、
落語家に専念するという道を選んだのです。



……冒頭の記事を読んで、
ぼくはふと「岡目八目」というコトバを思いだしました。
これは、囲碁の対局で対局している二人よりも、
それを傍で見ている人の方が
どう打ったらよいかがよくわかるという意味です。

自分のことは見えないけれど
相手のことはよく分かるという人は多い。
だったら、自分のことを
いっそ他人に見立ててやればいい。


また、世阿弥『風姿花伝』には、
「離見の見」というコトバがあります。
自分を客観的に、客席から見える自分を考えて、
能を舞いなさいという教えです。
「目前心後」も同様の教えです。


少し前から、ぼくはある人に薦められ、
自身の半生記や日記を書き綴っています。
決して褒められた人生ではありませんが、
書くことで少しは自分を客観視できるようになった気がします。
「お前はホンマにあかんやっちゃのう」と
自分で自分にツッコミを入れる余裕が少し芽生えました。
自分で自分を笑うということは、
「哀しい自分とサヨナラ」することにつながります。


話は変わりますが、
笑福亭鶴瓶師匠が六代目笑福亭松鶴師匠に入門したとき、
そのすぐ上に小学6年生の兄弟子がいました。
いくら鶴瓶師匠の方が10歳上だからといっても、兄弟子は兄弟子。
その頃のエピソードは、今も師のネタになっています。。

「ランドセル背負った小学生が
すぐ上の兄弟子や。
ジュース買いに行かされたりな、
二十歳すぎの俺が
小学生の使いっ走りやで。ガハハ」。


おそらく鶴瓶師匠はその頃から、
そんな自分の姿を客観的に眺めつ楽しんでおられたのでしょう。
その少年落語家とは、笑福亭手遊(おもちゃ)さんです。

鶴瓶師匠とツーショット

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左が横山信治氏(元・笑福亭手遊)、左がぼく。


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横山信治氏の著には、落語家当時のエピソードがちりばめてあります。

横山信治氏
1971年10月、12歳で六代目笑福亭松鶴の門をたたき、同年少年落語家としてデビュー。
当時のテレビ番組「23時ショー」で初舞台を踏んだ。
デビュー当初は天才落語家少年として持て囃されるものの、
成長により「子供」という個性が埋没していった。
その後中学卒業に伴い、大学受験を目指して進学校へと入学。1976年に廃業。
その後は順調に高校から大学へ進学し、
1982年、日本信販株式会社(後にUFJニコス)を経て、現三菱UFJニコスに入社。
2001年2月ソフトバンクファイナンスに転職し、
日本初のモーゲージバンク・SBIモーゲージ(株)設立。
当初4人でスタートした会社を、従業員250名、店舗数191店舗の上場会社へ成長させる。
東証1部上場の金融グループにて役員、社長を経て、2014年4月独立。
株式会社オフィス・フォー・ユー代表取締役  


ウィキペディア「横山信治」より


どんな状況でも自分を客観的に見られる人は、
その瞬間から苦労を喜びのタネにしてしまいます。
三度さんの平身低頭の態度が、ちっとも卑屈に
見えないのはそのせいでしょうか。


「あなたは
自分の姿が見えていますか?」と、
自分に問いかけてみました。


この原稿は、
熊本の人材派遣「リフティングブレーン」社さんの発行する
月刊社報誌「リフブレ通信」の原稿をブログ用に加工したものです。



桂花團治公式サイトはこちらです。

花團治の会20160724


愚か塾0731チラシ

優劣を競うのではなくて、「落語をいかに生活に、社会に生かすか」が愚か塾のテーマです。
現在、20代から70代まで、OL、サラリーマン、古本屋経営者、住職、大学教授、市役所にお勤めの方、
パン屋経営、ブティック店員、学童保育の先生、学生、フリーター、郵便局勤務
・・・・・・職業も年齢もバラバラ。現在、20余名の塾生が集ってお稽古を重ねています。


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Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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