173.生きてはったら75歳~寝小便もお家芸のうち~
ぼくが二代目春蝶の家に住み込みをしていた頃。
師匠の長男・大助君の寝小便ぶとんを干すのが毎朝の日課でした。
ぼくの年季が明け、大助が小学5年生になってもなお、
彼の寝小便は続いていました。
ぼくは彼に言いました。
「大助、実はぼくも6年生まで寝小便が治れへんかってん。
だから心配せんでも大丈夫。そのうちに絶対、治るわ」
すると、それを横で聞いていた師匠が少し強い口調で、
「蝶六!(当時のぼくの名前)、
お前は何をエラそうに言うとんねん!!!」
ビクッと構えるぼくに、師匠は今度は静かに
こうおっしゃいました。
「わしは中学1年までじゃ」
寝小便たれが武勇伝に変わった瞬間でした。
大助とは、そう、現・三代目桂春蝶です。

二代目春蝶のご家族と共に。右手手前が大助(現・三代目春蝶)、その後ろにぼく。
大助には、当時ずいぶん泣かされました。
例えば、家の掃除は弟子の役目なのですが、
部屋を片付ける尻から、
彼はどんどん散らかしてまわるのです。
だからぼくは一日中、片づけばかりやっていました。
きっと、彼はその様子を楽しんでいたに違いありません。
でも、大助にされるがままかというと、
そうではありません。
時にはぼくが叱りつけることもありました。
それは「師匠公認」でした。
……ぼくが入門して間もない頃でした。
師匠の留守中、仕事の電話が入りました。
メールなど無い時代です。
用件はその場でしっかり聞きとらねばなりません。
ところが、その横で騒ぐ大助と妹の恵子ちゃん。
ぼくは、先方にちょっと待ってもらい、
受話器を押さえつつ、大助に言いました。
「大ちゃん、今な、お父さんの大事な仕事の電話やねん。
頼むから、ちょっとだけ静かにしてくれる?」
でも、ぼくの頼みを聞き入れるような
兄妹ではありませんでした。
何とか用件を聞き終えたぼくは、
受話器を切って、つい怒鳴ってしまいました。
「なんで静かにでけへんねん!」
「だって……」と言い訳する大助。
気がつけば、ぼくは彼の頭をコツンとこづいていました。
涙目でぼくを睨みつける大助。
それからしばらくして師匠が帰って来られました。
用事を済まし、弟子部屋にいると、
師匠がぼくを呼ぶ声がします。
「はい、何でしょうか?」
「ここへ坐れ……お前、今日、大助の頭をどついたそうやな」
「は、はい。すみません」
ぼくは一週間足らずで破門になるんだな。
そう観念して、頭を下げていると、
師匠はこうおっしゃいました。
「うん、それでええ。弟子はな、どうしても師匠の子どもには甘くなんねん。何でもいうことを聞いてな。……それでは、子どもの教育にもよくない。そやからな、これからもアカンことはアカンと、ちゃんとこいつに教えたってほしいねん」
師匠のそういう教育方針のおかげか、
今では立派すぎるぐらい立派な三代目です。

ぼくと、三代目春蝶(右)
ところで今回、「春蝶生誕祭」という催しを立ち上げました。
ぼくは企画について一蝶兄に相談しました。
兄は電話の向こうで重々しく、ぼくにこう言いました。
「そらええと思う。けどな、ひとつだけ、頼みがある」
「はぁ、何でしょうか?」
「大助を、当代を、若を、
必ずトリ(番組の最後)に据えること!」
あんたは春蝶家の御家老か!と
思わず吹きそうになりましたが、
ぼくも同感でした。

右から春蝶、一蝶、ぼく。大ちゃん、頼むでぇ~
三代目春蝶は、今回の催しで
「エルトゥールル号物語」という自作を披露します。
父親と自身の関係、また父親を語るうえで、
彼自身が、もっとも相応しい咄と判断してのことです。
先代の形を踏襲するのもひとつのやり方ですが、
先代とは違う切り口で時代を切り開いていく、
というのも、名を背負う者の覚悟の証。
おそらく先代は今の三代目の活躍を
目を細めながら見ておられるでしょう。
師匠は生前、少し自嘲気味に弱気な様子で、
一度だけ、ぼくにこんなことを漏らしました。
「わしが死んだら、みんな、
わしのことなんかすぐに忘れてしまうんやろな」
……そんなことあるわけない。でも、そのためには、
誰かが先代の偉業や生き様をきちんと語り継ぐことが大切です。
遺された弟子や、次代・次々代の春蝶が活躍することも大事です。
そんなわけで「春蝶生誕祭」、繁昌亭でお待ちしております。

「二代目春蝶生誕祭」の詳細はここをクリックしてください。
東京の公演では、ぼくが先代ゆずりの「立ちきれ」を演じます。
こちらもどうかよろしくお願いします。

「花團治の宴」の詳細はここをクリックしてください。
「花團治公式サイト」は
ここをクリックしてください。
師匠の長男・大助君の寝小便ぶとんを干すのが毎朝の日課でした。
ぼくの年季が明け、大助が小学5年生になってもなお、
彼の寝小便は続いていました。
ぼくは彼に言いました。
「大助、実はぼくも6年生まで寝小便が治れへんかってん。
だから心配せんでも大丈夫。そのうちに絶対、治るわ」
すると、それを横で聞いていた師匠が少し強い口調で、
「蝶六!(当時のぼくの名前)、
お前は何をエラそうに言うとんねん!!!」
ビクッと構えるぼくに、師匠は今度は静かに
こうおっしゃいました。
「わしは中学1年までじゃ」
寝小便たれが武勇伝に変わった瞬間でした。
大助とは、そう、現・三代目桂春蝶です。

二代目春蝶のご家族と共に。右手手前が大助(現・三代目春蝶)、その後ろにぼく。
大助には、当時ずいぶん泣かされました。
例えば、家の掃除は弟子の役目なのですが、
部屋を片付ける尻から、
彼はどんどん散らかしてまわるのです。
だからぼくは一日中、片づけばかりやっていました。
きっと、彼はその様子を楽しんでいたに違いありません。
でも、大助にされるがままかというと、
そうではありません。
時にはぼくが叱りつけることもありました。
それは「師匠公認」でした。
……ぼくが入門して間もない頃でした。
師匠の留守中、仕事の電話が入りました。
メールなど無い時代です。
用件はその場でしっかり聞きとらねばなりません。
ところが、その横で騒ぐ大助と妹の恵子ちゃん。
ぼくは、先方にちょっと待ってもらい、
受話器を押さえつつ、大助に言いました。
「大ちゃん、今な、お父さんの大事な仕事の電話やねん。
頼むから、ちょっとだけ静かにしてくれる?」
でも、ぼくの頼みを聞き入れるような
兄妹ではありませんでした。
何とか用件を聞き終えたぼくは、
受話器を切って、つい怒鳴ってしまいました。
「なんで静かにでけへんねん!」
「だって……」と言い訳する大助。
気がつけば、ぼくは彼の頭をコツンとこづいていました。
涙目でぼくを睨みつける大助。
それからしばらくして師匠が帰って来られました。
用事を済まし、弟子部屋にいると、
師匠がぼくを呼ぶ声がします。
「はい、何でしょうか?」
「ここへ坐れ……お前、今日、大助の頭をどついたそうやな」
「は、はい。すみません」
ぼくは一週間足らずで破門になるんだな。
そう観念して、頭を下げていると、
師匠はこうおっしゃいました。
「うん、それでええ。弟子はな、どうしても師匠の子どもには甘くなんねん。何でもいうことを聞いてな。……それでは、子どもの教育にもよくない。そやからな、これからもアカンことはアカンと、ちゃんとこいつに教えたってほしいねん」
師匠のそういう教育方針のおかげか、
今では立派すぎるぐらい立派な三代目です。

ぼくと、三代目春蝶(右)
ところで今回、「春蝶生誕祭」という催しを立ち上げました。
ぼくは企画について一蝶兄に相談しました。
兄は電話の向こうで重々しく、ぼくにこう言いました。
「そらええと思う。けどな、ひとつだけ、頼みがある」
「はぁ、何でしょうか?」
「大助を、当代を、若を、
必ずトリ(番組の最後)に据えること!」
あんたは春蝶家の御家老か!と
思わず吹きそうになりましたが、
ぼくも同感でした。

右から春蝶、一蝶、ぼく。大ちゃん、頼むでぇ~
三代目春蝶は、今回の催しで
「エルトゥールル号物語」という自作を披露します。
父親と自身の関係、また父親を語るうえで、
彼自身が、もっとも相応しい咄と判断してのことです。
先代の形を踏襲するのもひとつのやり方ですが、
先代とは違う切り口で時代を切り開いていく、
というのも、名を背負う者の覚悟の証。
おそらく先代は今の三代目の活躍を
目を細めながら見ておられるでしょう。
師匠は生前、少し自嘲気味に弱気な様子で、
一度だけ、ぼくにこんなことを漏らしました。
「わしが死んだら、みんな、
わしのことなんかすぐに忘れてしまうんやろな」
……そんなことあるわけない。でも、そのためには、
誰かが先代の偉業や生き様をきちんと語り継ぐことが大切です。
遺された弟子や、次代・次々代の春蝶が活躍することも大事です。
そんなわけで「春蝶生誕祭」、繁昌亭でお待ちしております。

「二代目春蝶生誕祭」の詳細はここをクリックしてください。
東京の公演では、ぼくが先代ゆずりの「立ちきれ」を演じます。
こちらもどうかよろしくお願いします。

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