176.芸人はモノを食むな~師匠に学んだ酒の美学と反面教育~
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ぼくの師匠(二代目春蝶)がまだ元気だった頃、
パーティーのお供をすることが多々あった。
師匠の自宅に迎えにあがると、
奥さんがいつもどんぶり飯を食べさせてくれた。
「今日は立食パーティーやねんてな」
「はい、そうです」
「ほたら、ご飯いっぱい食べていき」
パーティーの席上、ぼくが腹を空かせないようにという
奥さんの配慮だった。

師匠の家族と共に(右手後ろがぼく。当時20歳頃?)
「芸人は、人前でモノを食むもんやない」
何度も何度も言い聞かされた言葉だ。
会費制のパーティーだったりすると、
「元を取らねば」とばかり、皿にたくさん盛り付けて
ひたすら食べ続ける方をよく見かける。しかし、
「芸人はそんなはしたない姿を他人に見せるもんやない」
ということを、師匠や奥さんだけでなく、
芸界のいろんな師匠連から教わった。
お酒に関してもそうだった。
二代目春團治夫人は割烹を営んでいた。
春團治一門は、よくそこへ踊りの稽古に通ったものだが、
稽古が終わると、
その割烹に来られたお客様のお呼ばれに預かるのが常だった。
二代目夫人はぼくにこう言った。
「六!(当時は蝶六を名乗っていた)、
ぎょうさん(お酒を)頂きや。けど必ず酔うな」
お酒をスマートに頂くのもお稽古のうちだった。

(左から)二代目春團治夫人、ぼく、桂治門
……内弟子の頃は、師匠の自宅に住み込みだったので、
師匠がご帰還するまでは寝るわけにはいかなかった。
仮に寝ていたとしても、
ピンポンという音に、まるで飼い犬のように撥ね起きた。
師匠はそれからまた少し飲み直すことになるのだが、
ある日、ずいぶん具合悪そうにしていた。
「師匠、水を……」
「ああ、おおきに。今日は六代目(松鶴)とお客と飲んでなあ、
そのお客を見送ってすぐ、六代目がぜんざい食べよちゅうねん。
よっぽど腹を空かせてはったんやろなぁ。
わしもそれ食うて、気色悪うて、気色悪うて……」
酔った師匠と六代目が二人、ぜんざいを食べる光景を想像して、
ぼくは思わず笑ってしまった。そのとき、師匠は付け加えて、
「ええか、これが粋(すい)というもんや」
ぼくは「何の粋なもんか」と思ったが、
その言葉をグッと喉の奥にしまい込んだ。
お客の前だからといって、空きっ腹に酒を注がねばならんやなんて、
芸人というものは難儀な商売やなぁとも思った。

二代目桂春蝶(平成5年1月4日没) 撮影:後藤清
世間ではうちの師匠はよほどの大酒飲みで通っていたらしい。
例えば、楽屋入りしてすぐ居酒屋へ駆け込む姿が目立った。
でも、師匠の名誉のためにも、これだけは言わせていただきたい。
あれは「酒好きゆえに」ということではない。
師匠は大病のあと、ある薬の副作用で、
舌がビリビリ痺れるという悩みを抱えていた。
それを押さえる薬もあるにはあったらしいが、
それがまた副作用を生んだ。
だから、師匠は痺れを酒で抑えようとしたのだ。
そんなときの師匠の呑み方は、
呑むというよりも、
お猪口に舌をつけるといった方が正しかった。
楽屋入りして「出番には戻ってくるさかい」という師匠の後を、
ぼくはいつもそっと追いかけた。
居酒屋のカウンターに座る師匠の姿を確認してから、
ぼくはまた楽屋に戻った。
師匠の前の出番の方が高座に上がられると、
ぼくはすぐさま、その店に戻り、
店の入り口から、目で師匠に合図を送った。
そんなとき、弟子にしか見せない師匠の顔があった。
あるとき、ぼくはとある師匠から
「どや?師匠は怖いか?」と聞かれ、
思わず「いえ、可愛いです」と応えてしまったことがある。
そのとき、「師匠を可愛いってどういうこっちゃ?」と
笑われてしまったが、
その瞬間、ぼくの脳裏に浮かんだのは、
この、何ともいえない「すまんなぁ」という師匠の表情だった。
晩年はともかく、若い頃の師匠は食べたい欲求を堪えながら、
無理に酒だけを呑むことが多々あったのだと思う。
酒で死んだと世間はいうが、
ぼくはむしろ美学に生きたと思いたい。
……とはいうものの、ぼくはその点を真似することは出来ない。
少しでも長く落語家を続けたい。身体を気遣い、
肴と酒を美味しくいただきながら生きていきたい。
そんなぼくにとって、とても楽しみな会がある。
大和郡山で創業160年を誇る老舗酒造の米蔵で行う「米蔵寄席」だ。
落語とお酒を味わうこの会では、清酒のルーツ「正暦寺」の
流れを汲む『中谷酒造』の六代目当主を交え、
正しいお酒の選び方、呑み方、お酒のルーツ、酒と流通の歴史…など、
酒にまつわるあれこれをお話いただく予定だ。

中谷酒造

中谷酒造六代目当主とぼく
秋の夜長、先達との思い出を肴に
うまい酒をじっくり味わいたい。
三川美恵子師による「上方唄」もございます。

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ぼくの師匠(二代目春蝶)がまだ元気だった頃、
パーティーのお供をすることが多々あった。
師匠の自宅に迎えにあがると、
奥さんがいつもどんぶり飯を食べさせてくれた。
「今日は立食パーティーやねんてな」
「はい、そうです」
「ほたら、ご飯いっぱい食べていき」
パーティーの席上、ぼくが腹を空かせないようにという
奥さんの配慮だった。

師匠の家族と共に(右手後ろがぼく。当時20歳頃?)
「芸人は、人前でモノを食むもんやない」
何度も何度も言い聞かされた言葉だ。
会費制のパーティーだったりすると、
「元を取らねば」とばかり、皿にたくさん盛り付けて
ひたすら食べ続ける方をよく見かける。しかし、
「芸人はそんなはしたない姿を他人に見せるもんやない」
ということを、師匠や奥さんだけでなく、
芸界のいろんな師匠連から教わった。
お酒に関してもそうだった。
二代目春團治夫人は割烹を営んでいた。
春團治一門は、よくそこへ踊りの稽古に通ったものだが、
稽古が終わると、
その割烹に来られたお客様のお呼ばれに預かるのが常だった。
二代目夫人はぼくにこう言った。
「六!(当時は蝶六を名乗っていた)、
ぎょうさん(お酒を)頂きや。けど必ず酔うな」
お酒をスマートに頂くのもお稽古のうちだった。

(左から)二代目春團治夫人、ぼく、桂治門
……内弟子の頃は、師匠の自宅に住み込みだったので、
師匠がご帰還するまでは寝るわけにはいかなかった。
仮に寝ていたとしても、
ピンポンという音に、まるで飼い犬のように撥ね起きた。
師匠はそれからまた少し飲み直すことになるのだが、
ある日、ずいぶん具合悪そうにしていた。
「師匠、水を……」
「ああ、おおきに。今日は六代目(松鶴)とお客と飲んでなあ、
そのお客を見送ってすぐ、六代目がぜんざい食べよちゅうねん。
よっぽど腹を空かせてはったんやろなぁ。
わしもそれ食うて、気色悪うて、気色悪うて……」
酔った師匠と六代目が二人、ぜんざいを食べる光景を想像して、
ぼくは思わず笑ってしまった。そのとき、師匠は付け加えて、
「ええか、これが粋(すい)というもんや」
ぼくは「何の粋なもんか」と思ったが、
その言葉をグッと喉の奥にしまい込んだ。
お客の前だからといって、空きっ腹に酒を注がねばならんやなんて、
芸人というものは難儀な商売やなぁとも思った。

二代目桂春蝶(平成5年1月4日没) 撮影:後藤清
世間ではうちの師匠はよほどの大酒飲みで通っていたらしい。
例えば、楽屋入りしてすぐ居酒屋へ駆け込む姿が目立った。
でも、師匠の名誉のためにも、これだけは言わせていただきたい。
あれは「酒好きゆえに」ということではない。
師匠は大病のあと、ある薬の副作用で、
舌がビリビリ痺れるという悩みを抱えていた。
それを押さえる薬もあるにはあったらしいが、
それがまた副作用を生んだ。
だから、師匠は痺れを酒で抑えようとしたのだ。
そんなときの師匠の呑み方は、
呑むというよりも、
お猪口に舌をつけるといった方が正しかった。
楽屋入りして「出番には戻ってくるさかい」という師匠の後を、
ぼくはいつもそっと追いかけた。
居酒屋のカウンターに座る師匠の姿を確認してから、
ぼくはまた楽屋に戻った。
師匠の前の出番の方が高座に上がられると、
ぼくはすぐさま、その店に戻り、
店の入り口から、目で師匠に合図を送った。
そんなとき、弟子にしか見せない師匠の顔があった。
あるとき、ぼくはとある師匠から
「どや?師匠は怖いか?」と聞かれ、
思わず「いえ、可愛いです」と応えてしまったことがある。
そのとき、「師匠を可愛いってどういうこっちゃ?」と
笑われてしまったが、
その瞬間、ぼくの脳裏に浮かんだのは、
この、何ともいえない「すまんなぁ」という師匠の表情だった。
晩年はともかく、若い頃の師匠は食べたい欲求を堪えながら、
無理に酒だけを呑むことが多々あったのだと思う。
酒で死んだと世間はいうが、
ぼくはむしろ美学に生きたと思いたい。
……とはいうものの、ぼくはその点を真似することは出来ない。
少しでも長く落語家を続けたい。身体を気遣い、
肴と酒を美味しくいただきながら生きていきたい。
そんなぼくにとって、とても楽しみな会がある。
大和郡山で創業160年を誇る老舗酒造の米蔵で行う「米蔵寄席」だ。
落語とお酒を味わうこの会では、清酒のルーツ「正暦寺」の
流れを汲む『中谷酒造』の六代目当主を交え、
正しいお酒の選び方、呑み方、お酒のルーツ、酒と流通の歴史…など、
酒にまつわるあれこれをお話いただく予定だ。

中谷酒造

中谷酒造六代目当主とぼく
秋の夜長、先達との思い出を肴に
うまい酒をじっくり味わいたい。
三川美恵子師による「上方唄」もございます。

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