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178.バッハ『農民カンタータ』~せまじきものは宮仕え~

「バッハはんから依頼があってな、
なんでもこのたび新しいご領主さまを迎えることになってな、
そのご領主さまの歓迎パーティーで演奏する曲らしい」
「つまり、お追従、おべんちゃらの詩を書いてほしいということでっか?」
「平たくいえばそういうこっちゃ」

こんな経緯から生まれたのが、バッハの『農民カンタータ』です。
この作品のなかで、農民が税収係をボロカスにけなします。
実は、作詞担当のピガンダー本人の生業が税金徴収係でした。

では、何故、ピガンダーは詩のなかで、
自分の職業をわざわざ自虐的に描きはったんやろ?

今回、ぼくがバッハの演奏会にストーリテラーとして参加させてもらい、
ずっと賦に落ちずに悩んでいたのがまずこの点でした。

バッハ農民カンタータ1

バッハ農民カンタータ5チラシ

去年の『コーヒーカンタータ』に続いて、今年は『農民カンタータ」の語り部に挑戦させて頂きました。
花團治はストーリーテラーとして、楽章のあいまあいまに曲の意味や背景を説明する役割…のはずが、
ついつい興に乗ってしまい脱線の連続。
宴の場面では日本の宴会がそうであるように祝福ソングから下卑た歌まで。
写真は花團治がそんなくだりを解説しているところ。2016年10月16日、天満教会にて。


『農民カンタータ』が発表されたのが1742年。
その頃のドイツは、領主制。
農民にとって上からの命令は絶対です。
貴族の馬車が町中を我がもの顔に走り回り、
歩行者は四六時中、命の危険にさらされていましたが、
それがもう当たり前でした。

その頃、ライプティッヒ郊外にあるクライン・チョハー村では、
新しいご領主さまを迎えるというので、その準備に大わらわ。
宴会場には、酒、肴がところ狭しと並べられます。
この頃のドイツでは、理性を失うほどベロベロに酔っぱらうことで
初めて仲間入りを許されるという、そんな風潮がありました。

酒もすすんで、宴は大盛り上がり。
おおっぴらに、政治批判をする者が出てきます。


「それにしても、あの税収係だけは、ホンマにイヤな奴やで。
金の亡者とはあいつのこっちゃ。
何やいうたら税、税、税。あいつは喘息持ちか。
……毛虫は葉っぱ食うて茎を残すちゅうけど、
わしらとて、せめて茎ぐらいは残してもらわんと、ずんべらぼんじゃ。
毛虫以下ちゅうのはあいつのこっちゃ」
「そうそう、それもすべて、前の領主の奴がいかんかったせいや。
そこへいくと、このたびのご領主さまは尊いお方じゃ」

前のご領主さまや、隣村のご領主さまをボロクソに言う一方で、
今度新しく来られるご領主さまに対しては、ずいぶん”べた褒め”。
『農民カンタータ』が”お追従”だといわれる所以です。

バッハ農民カンタータ2


一方、その頃の日本は徳川8代将軍吉宗公の時代。
目安箱が設置されたのもちょうどこの頃でした。
一部の特権階級が甘い汁を吸っていた時代だからこそ、
ドラマにもなり得たのでしょう。

ちなみに、『農民カンタータ』の発表が1742年ですが、
その四年後の1746年には竹田出雲『菅原伝授手習鑑』が発表されています。

松王丸は藤原時平に仕える身なれども、元は菅原道真の家来。
今だ道真への忠義の心、・恩義を抱き続けています。
そんな松王丸に、道真の息子・秀才の首を取って来いという時平からの命令。
「お前なら道真の息子の顔をよく覚えているであろう」と時平。
「松応丸が自分に対して本当に忠義の気持ちを持っているのか」
それを確かめようという時平の狙いもありました。
松王丸はおおいに悩みます。

その頃、秀才は源蔵の営む寺子屋に匿われていました。
源蔵もまた道真に忠義を抱く一人。
源蔵は庄屋に呼び出され、秀才の首を差し出すように命令されます。
「なんとかして秀才の首を出さずに済む方法はないものか」
源蔵もまた、誰か身代わりの首はないものかと考えます。
しかし、寺子屋に通う生徒達はみんな山育ち。
秀才とは違って、どの子も色が黒くてあか抜けず、
とても身代わりにできそうにない。
そんなとき、たまたま新しく寺子屋に預けられた一人の子ども。
「秀才に勝るとも劣らぬ凛々しき顔。この子なら、きっと身代わりにできるであろう」
あろうことか、源蔵はこの子どもの首を打ち落として、
秀才の首と偽り、松王丸に差し出したのです。

落とした首を検分しに来た松王丸は言います。
「あっぱれ。確かにこれは秀才の首に違いない」

……実は、この首こそが松王丸の息子・小太郎のもの。
つまり、松王丸は我が子が身代わりになるであろうことを見越して、
わざと寺子屋に入門させたのでした。


源蔵が身代わりの首を差し出そうという場面で漏らしたひとことが、
「せまじきものは宮仕え」
主君に仕えるなんて、やるこっちゃないわなぁ。

※せまじき(上方ことば)…やるべきものではない。


これって、税収係のピガンダーと、なんとなく符合しませんか?

バッハ農民カンタータ3リハーサル

バッハ農民カンタータ4リハーサル

門外漢でクラシック音痴なぼくのような輩を、
大阪チェンバーオーケストラの皆さんはとても温かく迎え入れてくださいました。



忠義の有無はともかく、
税収係だったピガンダーも、
「せまじきものは宮仕え」と声を上げたかったのかも。



「わいかて、何も好き好んで取り立て屋をやってるわけやない。
けど、上からの命令やし、しょうがないねん。
わいもな、みんなに嫌われたくない。
けどな、わいは今度の領主さまに期待をかけてんねや。
前の領主は最低やったけど、
今の領主よりは少しぐらいマシになると思うねん。
……ほいでな、今度ご領主さまの歓迎パーティーがあるやろ。
そのときに披露する曲をバッハ様が作曲するんやって。
作詞?それはもちろん、座付き作家であるわいの担当。
ほいでな、そこに税収係がどんだけ大変かってこともさ、
ちょっと織り込んでみようと思うねん。
……え?なんやて?
今回の依頼はご領主さまを称える曲?そんなことぐらいわかってるわいな。
そやから、表向きはそうする。
で、最後は歓迎ムードで明るく高らかな賛美の文句で決まりや。まかしといて。
……ほんに、人に仕える身というものは辛いもんや。するもんやないで」


バッハというと、なんだか重厚な印象をもっていましたが、
『コーヒーカンタータ』『農民カンタータ』の語り部以来、
ぼくのなかのイメージがガラリ変わりました。
ピガンダーのこの心情なんか、まさに落語そのものです。

(とはいえ、ぼくの全くの独断的解釈に過ぎませんが)


さて、12月には、『コーヒーカンタータ』でのコラボを予定しています。
(詳細が分かり次第、花團治HPでもご案内申し上げます)

◆花團治公式サイトはこちらから

◆関西室内楽協会(大阪チェンバーオーケストラ)HPはこちらから


花團治の会、第二回チラシ600



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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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