180.親子チンドン~うちの居場所、見つけてん~
「チンドンって、火消しに通じるのよ」

2015年、花團治襲名披露公演の街頭宣伝(撮影:相原正明)
ああっ、また林幸治郎さんが意味不明なことを言い始めた。
声を張るでなく、淡々と、しかもそれまでの脈絡と関係なく。
皆が傍でワァワァ騒いでいる間、
林さんだけはずっと思考モードのままだったのだ。
だから、林さんとの会話はいつも油断がならない。
その日は、近日にせまった「芸術鑑賞会」の打ち合わせ。
ぼくの出講する夜間高校から依頼された催しだ。
今回のテーマは「プロの流儀」。

「格付け」や「一流/二流」など、人の才能に優劣を付ける番組が流行っています。また、SNSでは「幸せに見られたい(リア充)」という欲望から、普段の生活を「盛った」画像の投稿がよく見受けられます。優劣を競い、「よく見せる」ようにするのは芸術・芸能の分野でもありますが、その中で、「高級にならない」ことに注力する芸能があります。それが、今回ご紹介するチンドン屋のパフォーマンスです。
チンドン屋は、演奏や舞踊に対して高い技術を持ちつつも、あえて音程を外したり、失敗したり、ふらふらと歩いたりすることで人を惹き付け、また、街に溶けこみます。それは、劇場やホールではなく「街」を舞台にする芸能ならではのプロの技。日本を代表するチンドン集団「東西屋」の舞台を観て、また彼らならではのプロ意識やエピソードを聞くことで、「優劣」だけではない芸能の魅力・奥深さをぜひ感じてください。(企画制作:ende藤井百々)
林さんは続けた。
「大名行列で毛槍をふる奴さんの運足、
火消しの纏をふる運足、太鼓を担いでの運足、
はたまた歌舞伎の六法や吉原大夫の外八文字、
そして阿波踊りの歩きも同様。
ただ普通に歩くのではなくて、
歩くときの重心移動がミソなんですよ」
なるほど、重心移動を工夫することで、
あの重たいチンドン太鼓も難なく運べるわけだ。
林さんは、演奏ばかりでなく、
踊りの稽古にも余念がないと聞いている。
どの世界もプロというものは様(さま)が決まっている。
かくして当日は、学生たちを舞台に上げて、
それを実践してみせた。
林さんの説明は高度過ぎて
皆はついていくのに必死だったが、その様は
まさに「プロの流儀」だった。


生徒を舞台に上げての芸術鑑賞会。みんなノリノリで参加してくれた。
以前、ぼくが襲名した際のお練りのときも、
林さんはその一行を先導してくれた。
このときの足さばき(=運足)もまさに奴さんだった。

2015年4月・襲名記念お練り(撮影:相原正明)
ところで、今回の「芸術鑑賞会」にはもうひとつ、
印象的なシーンがあった。
学生たちのなかには、これから先の人生に
不安を感じている者も多かろう。
そこで、林さんのお嬢さん・風見花ちゃんに
半生を語ってもらうことにした。
彼女なら10代の学生たちとも年齢が近く、
飾らない言葉で学生たちにメッセージを届けることができるはずと、
見込んでのことだった。
「うちの居場所がなかったんよ」

2014年、「大須大道芸まつり」の楽屋にて親子三代。
手前に孫と遊ぶ林幸治郎さん、奥に幸治郎さんの娘・風見花さん。
風見花さんはステージで中学時代のことを振り返り始めた。
「朝帰りを繰り返していて……
学校では先生と全然話が通じなくて。
気がついたら(別れて暮らしていた)
お父さんの事務所に来てたの」。
「色んな道があると思うの。
うちは音楽や踊りが好きやったから、
そればかり一生懸命やってたら、
いつしか道が開けてきたの。
自暴自棄になったこともあったけど、
あきらめずに生きてたら、
絶対ええことあるもん」
彼女と父親である林幸治郎さんのことを
これまでずっと傍らで見守り続けてきたジャージ川口さんは、
その日の打ち上げで
「風見花ちゃんがあれほど舞台で喋ったのは初めて見た」と言った。
ぼくも彼女の話に、思わず涙しそうになった。
彼女のストレートなメッセージは学生の心に強く響いたと思う。
若者は身を乗り出し、年配の男性は何度も涙を拭っていた。
おおいに盛り上がった鑑賞会だったが、
そこにいる皆がもっとも聴き入ったのがこの瞬間だった。
彼女は見事に期待に応えてくれたのだ。
風見花さんも
「なんだかね、お客さんが喋らせてくれたんよ。
……最初にうちらが入場してきたときと、
最後に演奏しながら帰るときのお客さんの反応が全然違っていて、
それがすごく嬉しかった」と感想を述べた。

拍手喝さいのなか、舞台をあとにする風見花さん

地域プロデューサーの渡邊隆氏(ピューパ代表)や、コリアNGOセンター事務局長の金光敏氏も駆けつけてくれた。

ちんどん通信社・林幸治郎氏と、コリアNGOセンター事務局長・金光敏氏の文化対談は周囲も興味津々で聴き入った。
林氏の横には、娘の風見花さん。

当日の楽屋風景
また、今回の舞台で、
ぼくは林さんの新たな一面を見ることができた。
それは風見花さんのトークの際。
彼女が言葉に詰まると、俄然饒舌になって、
なんとかフォローをしようとする。
それはまさしく父親としての姿だった。
マイペースで訥々と語る林さんとはかけ離れていて、
いつもの林さんではなかった。
林さんとは、かれこれ30年近いお付き合いになるが、
まだまだ氏には未知の部分が大きい。
まったく人を飽きさせないお方だ。
そんな父に寄り添う風見花さんがいじらしい。
微笑ましくもあり、今回もいろんな意味で充実した舞台。
これからもずっと『ちんどん通信社』とご一緒したい。

2016年9月27日、東京・国立演芸場にて(撮影:相原正明)
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2015年、花團治襲名披露公演の街頭宣伝(撮影:相原正明)
ああっ、また林幸治郎さんが意味不明なことを言い始めた。
声を張るでなく、淡々と、しかもそれまでの脈絡と関係なく。
皆が傍でワァワァ騒いでいる間、
林さんだけはずっと思考モードのままだったのだ。
だから、林さんとの会話はいつも油断がならない。
その日は、近日にせまった「芸術鑑賞会」の打ち合わせ。
ぼくの出講する夜間高校から依頼された催しだ。
今回のテーマは「プロの流儀」。

「格付け」や「一流/二流」など、人の才能に優劣を付ける番組が流行っています。また、SNSでは「幸せに見られたい(リア充)」という欲望から、普段の生活を「盛った」画像の投稿がよく見受けられます。優劣を競い、「よく見せる」ようにするのは芸術・芸能の分野でもありますが、その中で、「高級にならない」ことに注力する芸能があります。それが、今回ご紹介するチンドン屋のパフォーマンスです。
チンドン屋は、演奏や舞踊に対して高い技術を持ちつつも、あえて音程を外したり、失敗したり、ふらふらと歩いたりすることで人を惹き付け、また、街に溶けこみます。それは、劇場やホールではなく「街」を舞台にする芸能ならではのプロの技。日本を代表するチンドン集団「東西屋」の舞台を観て、また彼らならではのプロ意識やエピソードを聞くことで、「優劣」だけではない芸能の魅力・奥深さをぜひ感じてください。(企画制作:ende藤井百々)
林さんは続けた。
「大名行列で毛槍をふる奴さんの運足、
火消しの纏をふる運足、太鼓を担いでの運足、
はたまた歌舞伎の六法や吉原大夫の外八文字、
そして阿波踊りの歩きも同様。
ただ普通に歩くのではなくて、
歩くときの重心移動がミソなんですよ」
なるほど、重心移動を工夫することで、
あの重たいチンドン太鼓も難なく運べるわけだ。
林さんは、演奏ばかりでなく、
踊りの稽古にも余念がないと聞いている。
どの世界もプロというものは様(さま)が決まっている。
かくして当日は、学生たちを舞台に上げて、
それを実践してみせた。
林さんの説明は高度過ぎて
皆はついていくのに必死だったが、その様は
まさに「プロの流儀」だった。


生徒を舞台に上げての芸術鑑賞会。みんなノリノリで参加してくれた。
以前、ぼくが襲名した際のお練りのときも、
林さんはその一行を先導してくれた。
このときの足さばき(=運足)もまさに奴さんだった。

2015年4月・襲名記念お練り(撮影:相原正明)
ところで、今回の「芸術鑑賞会」にはもうひとつ、
印象的なシーンがあった。
学生たちのなかには、これから先の人生に
不安を感じている者も多かろう。
そこで、林さんのお嬢さん・風見花ちゃんに
半生を語ってもらうことにした。
彼女なら10代の学生たちとも年齢が近く、
飾らない言葉で学生たちにメッセージを届けることができるはずと、
見込んでのことだった。
「うちの居場所がなかったんよ」

2014年、「大須大道芸まつり」の楽屋にて親子三代。
手前に孫と遊ぶ林幸治郎さん、奥に幸治郎さんの娘・風見花さん。
風見花さんはステージで中学時代のことを振り返り始めた。
「朝帰りを繰り返していて……
学校では先生と全然話が通じなくて。
気がついたら(別れて暮らしていた)
お父さんの事務所に来てたの」。
「色んな道があると思うの。
うちは音楽や踊りが好きやったから、
そればかり一生懸命やってたら、
いつしか道が開けてきたの。
自暴自棄になったこともあったけど、
あきらめずに生きてたら、
絶対ええことあるもん」
彼女と父親である林幸治郎さんのことを
これまでずっと傍らで見守り続けてきたジャージ川口さんは、
その日の打ち上げで
「風見花ちゃんがあれほど舞台で喋ったのは初めて見た」と言った。
ぼくも彼女の話に、思わず涙しそうになった。
彼女のストレートなメッセージは学生の心に強く響いたと思う。
若者は身を乗り出し、年配の男性は何度も涙を拭っていた。
おおいに盛り上がった鑑賞会だったが、
そこにいる皆がもっとも聴き入ったのがこの瞬間だった。
彼女は見事に期待に応えてくれたのだ。
風見花さんも
「なんだかね、お客さんが喋らせてくれたんよ。
……最初にうちらが入場してきたときと、
最後に演奏しながら帰るときのお客さんの反応が全然違っていて、
それがすごく嬉しかった」と感想を述べた。

拍手喝さいのなか、舞台をあとにする風見花さん

地域プロデューサーの渡邊隆氏(ピューパ代表)や、コリアNGOセンター事務局長の金光敏氏も駆けつけてくれた。

ちんどん通信社・林幸治郎氏と、コリアNGOセンター事務局長・金光敏氏の文化対談は周囲も興味津々で聴き入った。
林氏の横には、娘の風見花さん。

当日の楽屋風景
また、今回の舞台で、
ぼくは林さんの新たな一面を見ることができた。
それは風見花さんのトークの際。
彼女が言葉に詰まると、俄然饒舌になって、
なんとかフォローをしようとする。
それはまさしく父親としての姿だった。
マイペースで訥々と語る林さんとはかけ離れていて、
いつもの林さんではなかった。
林さんとは、かれこれ30年近いお付き合いになるが、
まだまだ氏には未知の部分が大きい。
まったく人を飽きさせないお方だ。
そんな父に寄り添う風見花さんがいじらしい。
微笑ましくもあり、今回もいろんな意味で充実した舞台。
これからもずっと『ちんどん通信社』とご一緒したい。

2016年9月27日、東京・国立演芸場にて(撮影:相原正明)
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