184.耳で覚える~落語のお稽古~

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あるとき、ぼくは先輩に稽古をつけてもらっていてこんなことを言われた。
「お前さんは目で覚えようとしてるやろ。
せやから台詞が身体に入れへんねん」。
当時のぼくの落語の覚え方は音源をもとに台詞をノートに書き写し、
ひたすらそれを見ながらブツブツ口にするという方やり方だった。
このときに言われたのが「耳で覚えんかい!」という言葉。
今でも鮮明に覚えている。
例えば20分の落語を師匠が弟子の前で同じように三回繰り返す。
それだけで咄を覚えてしまうというのが「三べん稽古」という方法。
かつて落語家の世界ではこれがごく当たり前だった。
しかし今、それに対応できる咄家はむしろ少数派だろう。
威張っていうことではないが、ぼくにはとうてい無理である。
落語家になって初めて稽古をつけてもらったときも
うちの師匠(先代桂春蝶)は「お前にはどうやら無理そうやな」と
1分ぐらいずつに丁寧に区切って繰り返してくれた。
それでもぼくは悪戦苦闘だった。当時の稽古は録音など許されなかった。
困り果てたぼくは市販されている速記本に助けを求め、
台詞の忘れた部分をこっそり補った。でも師匠は全てお見通し。
「そうやってズルいことをするねやったら、
わしは今後一切お前には稽古をつけん!」

右後ろの若者がぼく、その前の少年が現・三代目春蝶(大助くん)
ところで、現在ぼくは大阪北浜にある「フレイムハウス」という喫茶店で
月に一度、落語講座を開いている。
先日は常連さんの紹介で小学2年生の女の子が母親と共にやってきた。
ちなみにここでは主にビジネスマンが対象だ。
小学校2年生がこれについてこられるかが心配だ、
とはいえ小学生向きに変えるというのは他の受講生の手前、少し抵抗を感じていた。
内心そんなことを思いつつ、まずはいつものように口移しによるお稽古。
大道芸や狂言、落語の立て弁などが題材だ。
「漸うと上がりました私が初席一番叟でござります。
お次が二番叟、三番叟に四番叟、五番叟にお住持に旗に天蓋銅鑼に妙鉢影灯籠に白張とこない申しますとこら葬礼の方でござりますが……」。
これは「東の旅」という咄の発端部分。
ここからおよそ3分のくだりを何度か繰り返す。
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大阪北浜のオフィスビルのなかで、まるでタイムスリップしたようなフレイムハウス。
さて、くだんの小学生はとみると、最前列でしっかりぼくについてきてくれていた。
しかも途中からは台本を閉じてぼくの目と口元と声だけに集中。
大人でさえ難しい単語の連続にもかかわらず、
5回も繰り返した頃には彼女はすっかり台詞を覚えてしまっていた。
ぼくもこれまで小学生のワークショップは何度も経験しているが
これほど飲み込みの早い子は初めてだった。
大人顔負けというよりそれ以上(少なくともぼくよりは)はるかに優秀である。
講座が終わって、彼女の母親にいろいろ話を聞いてみた。
家ではよく母親が彼女に読み聞かせをしているということだった。
また、自宅にテレビは置いていない という。
本人もまた「ラジオは聞くけど、テレビはうるさくてかなわない」らしい。
落語もツボツボでよく笑ってくれたが、
彼女の集中力や想像力の源はきっとこんな環境からだろう。

「落語講座」に参加してくれた小学生とその母親と共に。
このとき「耳で覚えろ」という先輩の教えがぼくの脳裏に蘇ってきた。
俳優の誰だか忘れたが、
当時まだテレビがなかった頃にラジオから流れてきた落語を聴いて、
次の日に小学校の教室でそれを演じたという逸話がある。
またその頃、講談の席ではライバルがこっそり客席に潜り込んではネタを盗み、
次の日には全く同じものを別の席で演じるというようなことも多々あったらしい。
もちろん録音機器など珍しい時代である。
「昔の人はスゴイなぁ」と済ませてしまえばそれまで。
しかし、これぐらいの記憶力はきっと驚くことではない。
オギャーと生まれて3歳ともなればちょっとした会話は当たり前。
ぼくにもあったこの学習能力は一体どこへ消えてしまったのか。
このたびは小学生の彼女がぼくにいろんなことを気づかせてくれた。
とりあえずつけっぱなしのテレビは消しておこう。
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花團治は4月9日(日)と、千秋楽30日(日)の両日に出演します。
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