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18.古を稽ふる

十数年ぶりに再会した彼はすっかりみちがえっていた。
あれほど猫背でどこかに暗い影を落としていた彼が
すっくと立ち、誰よりも周りに光を放つ存在になっていた。
今は立派に日本舞踊の名手としてその名を知られている。

私と初めて出会った頃、
彼は大学生で芸術関係の道を
目指していたものの将来に関して
まだ漠然としていた時期であった。
大学の教官から紹介された私は、
落語会の裏方などを時折手伝ってもらっていた。
「あの頃、蝶六さんからは芸の道を歩む厳しさというものを教わりました」。
そう言えば、彼には何でも喋っていたような気がする。
会を運営する資金繰りのことから動員の難しさまで・・・
でも、その大半は私にとって単なる愚痴であった。
なのにそれを教えと受け止める彼の姿勢に
私は改めてその器の大きさを知った。

その再会からしばらく経ったある日、
私は彼を食事に連れ出した。
彼は天羽流という日本舞踊の二代目となり
現在は後進の指導に当たっている。

彼をこの道へと導いたのはある一冊の本だった。
それから日本舞踊に興味を抱き、
大学院においては日本舞踊における細部の振り付け比較の
研究で芸術文化博士の称号を手にした。

・・・彼が長らく私の前に顔を現さなかったのは
学生時代から内弟子生活に入りそれどころではなかったのであろう。
お互いが転居を繰り返したということもある。

ところで、彼の日本舞踊家としての名前は天羽祥魁という。
師匠は天羽祥瑞である。
「日本舞踊には大勢の師匠方がおられますけど、
僕は師匠の踊りが一番好きなんです。
身体をしっかり使っていて、品があって・・・」
師のことを本当に嬉しそうに語る。

「僕は元々猫背ですからすぐにこう胸が閉まって姿勢が悪くなる。
だから最初は大きくしっかり踊りなさいと教えられました。
でも、今は全く正反対のことも言われます」。

師匠は弟子のその時の状況に応じてアドバイスを変えていく。
師匠はその生涯を通じて弟子を見続けるのである。
ここに、単に先生と生徒という関係ではない“師弟”ということの意味がある。

「師匠から一番学んだことは心のあり方ですね。
先日も自惚れは舞台に出ますよというお叱りを受けました」。
叱られてなおどこか嬉しそうだ。

師を語る彼を見ていると
何だかこちらまで無性に嬉しくなってくる。

私もさっそく彼のいう一冊の本を手に入れた。
湯浅泰雄の著した「身体論~東洋的心身論と現代」である。

「東洋思想の伝統では身体と心を
一体不可分のものとしてとらえる傾向が見出される。
したがって修行は、身体の訓練を通じて精神の訓練と
人格の向上を目指す実践的な企てという意味を帯びてくる」。

ここまで読んで彼の生き様と照らし合わせ、
その変貌の理由がよく分かった。
この一冊と天羽祥瑞師はしっかり繋がっていたのである。
その「心身一如」への道を師に見つけたということだろう。

ちなみに日本の文化芸能では“練習”という言葉は使わない。
“稽古”である。
つまり古(いにしえ)を稽ふ(かんがふ=かんがえる)である。

・・・出会いは偶然ではなく必然だ。
毎日、数え切れない人々と顔を合わせているが、
ちゃんと繋がっていく人はその中でもほんのわずかにしか過ぎない。
たとえ出会ったとしても単なるゆきずりで終わることの方が多い。
きっと同じベクトルでしか人は繋がっていかないのだろう。
「出会うべくして出会った」という言葉もある。
それこそ私の自惚れかも知れないが
どうやら彼とはこれからも長い付き合いになりそうだ。
十数年ぶりという長い年月を経たからこそ良かった面もあろう。
近いうちにきっと彼と何か興そう。

再会した日がその記念日になることを望んでいる。(了)
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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