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192.芸人の危機管理~アドリブとは備えのことなり~

あれは30年以上前、タクシーでの移動中だった。
師匠がポソッとこんなことを漏らした。

「あいつなぁ、普段は腐った魚みたいな目ェしとるのに、
こういうことがあると俄然イキイキしよる」

あいつとは、師匠のマネージャーのこと。
こういうこととは、仕事上のあるトラブルのことだった。


この時はダブルブッキング(同じ時間帯に仕事が重なること)だったが、
マネージャーのトラブル処理は目を見張るものがあり、
臨機応変に動いてはみごとにトラブルの火種を消していく。
本来ならアクシデントを起こさない方が優秀なマネージャーなのだが、
あまりの手腕の鮮やかさに、このマネージャー氏だけは、
アクシデントの数だけ評価に繋がっていた。

突発的な対応にこそ、人の真価があらわれるものだということを
ぼくはこのマネージャーから教わった。

春蝶の家族と共に
師匠(先代春蝶)の家族と共に。右後ろがぼく、その前の少年が現・三代目春蝶。


ところで、ぼくは毎年、天神祭の船渡御の案内人として
船に乗り込んで司会を仰せつかっている。
ある年の天神祭。
出航してしばらく、それまで雲ひとつなかった空が、
急に曇り出し、ポツリと雨粒が落ちた。
そこからザアザア降りに変わるまではあっという間だった。
いわゆる通り雨である。
屋根のない船、そのうえ乾杯を終えて
乗客が弁当を広げたその瞬間を狙ったかのようなタイミング。
雨はすぐに上がったものの、
口にすることなく水びたしになった弁当を前に乗客は怒り心頭。

皆の視線は
一斉に司会であるぼくに注がれた。


とその時、思い出したのが天神祭の儀式であった。


古来、船渡御は人の形にくり抜いた紙と鉾を大川に流し、
それが漂着した地を御旅所強調文として、
そこまで御霊を送るというのが習わしだった。
今は地盤沈下の影響もあって
船渡御のコースは天神橋と飛翔橋の間と決められているが、
この「鉾流し神事」の儀式自体は今も続けられている。
この人型の紙を流すのは
「身に降りかかった悪事災難をこの神に託して流す」という
意味合いも含まれている。


そこで、ぼくはこの儀式を引き合いに出してこう続けた。


「ただいま雨に遭われたということは、
紙に託さずして、
悪事災難を洗い流していただいた
ということになります」


もちろんこれは全くの作り話。

この時ばかりは「ふざけるな!」という声を覚悟したが、
意外にもノリの良いお客様方で、
「なるほど、そう考えたら、これは最高の天神祭やないかい!」
という声にも助けられ、船のなかは大盛り上がり。

実はこれ、「もしも船渡御が途中でひどい大雨に見舞われたら」
というリスク管理の観点で、事前に準備していたコメントのひとつだった。

芸人の大先輩から聞いた忘れられない言葉がある。

芸人にとってのアドリブというのは
単に即興ということやない。
頭のなかにたくさんの引き出しを持って、
その場に応じた引き出しを
的確に開ける能力。
これをアドリブと言う。



天神祭船2

天神祭船3
天神祭り船渡御の模様


……天神祭りが近づくたびにこの大先輩の言葉と、
師匠のマネージャーの対応力を思い出し、
つい、ぼくは自身のアドリブばなしを自慢したくなる。

「アドリブとは備えのことなり」



この原稿は、「大阪保険医雑誌」に連載中のエッセイ『落語的交遊録』から抜粋、補筆したものです。





第三回「花團治の会」では、大川の船遊びを舞台にした「船弁慶」を、
桂文也師に演じていただきます。

0724花團治500
※一階席は完売しました。二階席のみのご案内となります。

◆『花團治の会』の詳細はこちらをクリックくださいませ!



浅田飴、落語と狂言500
こじんまりした会場です。どうかお早目のご予約を。

◆『落語と狂言の夕べ』の詳細はこちらをクリックくださいませ。



花團治の宴2500

◆『花團治の宴-en-』の詳細はこちらをクリックくださいませ。




◆『花團治公式サイト』は、
こちらをクリックくださいませ。



花團治の会3、花團治1
撮影:相原正明
◆『相原正明つれづれフォトブログ』はこちらをクリックくださいませ。










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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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