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194.叱るむつかしさ・叱られるありがたさ~落語の授業にて~

その瞬間、ぼくは
「ああ、またやってしまった」と後悔した。


出講するマスコミ系の専門学校で、
思わず学生の一人を怒鳴りつけてしまったのだ。
事の発端はこうだ。
ぼくの授業は最初に皆で大道芸の口上を口にするのが決まりで、
その日もかなり大きく発声していた。
とその時、他のクラスの学生の一人が焦った表情で教室に入って来た。
「教室の前でドラマのロケをやっていますので静かにしてください!」。
あちらも実習ならこちらも授業である。
おまけに事前の連絡も無し。そんな一方的な言い分に従う義務はない。

しかし、そこはこれ以上事を荒げるのも大人げないと口をつむった。

「分かりました。ではどれぐらい時間を要するのかな?」と尋ねた。
一旦、外へ出た彼がまた戻ってきて「一分間です」と答えた。
ぼくは「分かりました」と言って、声を抑えながら授業を続けた。
それから十分近くが経過した。

その教室はガラス張りなので外の様子がよく見える。
カメラなど機材がどんどん撤収されていった。明らかにロケは終わっている。
ぼくは教室の外へ出て、アシスタント役らしい先ほどの彼にところへ駆け寄った。

「もうロケは終わったよな?」「はい、終わってます」
「じゃあ、ひと言、言いに来なあかんのと違うか?」。
それでも彼がキョトンとしているので、ぼくはついつい怒鳴ってしまったのだ。

「あのな、こちらは君が言いに来るのを
待ってたんやで。
『ロケは無事に終わりました。
ご協力ありがとうございました』
ぐらいのことが言えんか!」。

蝶六、仁王変顔
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沸点に達した怒りを一旦クールダウンするべく、
ぼくはそのまま一旦教室を離れ、
教務課に足を運び事の次第を説明し、
思わず怒鳴りつけてしまったことを報告した。
幸いなことに教務課の先生方は
「よくぞ叱ってくれました。後はこちらで本人にもフォローしておきます」
と言ってくれたので、
ぼくも心を鎮めて授業に戻ることができた。


ぼくがここまで怒ってしまった背景には苦い思い出があった。
かつてぼくも情報番組のレポーターとして走り回っていたことがある。
街頭などでロケの都合上、
通行人の足止めをするのはアシスタントディレクター(AD)の役目だった。

ほとんどのアシスタントさんは第三者である通行人に対して丁重にお願いするのだが、
あるロケでのADは違った。「ここ、通らないでください!」と上から目線で言うのだ。

当然、相手はぶ然とした表情でこちらを睨みつけてくる。
そのため、時にはぼくが代わりに頭を下げに行くこともあった。

特にこういうロケは周囲の協力無しではなりたたない。
撮影の技術を習得するのはもちろん大事なことだが、
マナーや礼儀をわきまえないでどうするんだ!という思いが強くあった。


教室に戻ったぼくは授業を中座したことを学生らに詫びた。
事の成り行きは彼らも見ていたのでいつもと違う緊張感が漂った。
「まあ、ぼくもたまには怒鳴ることもあるということや」というぼくの言葉に彼らは神妙だった。

DSCF5950 (2)
お笑い芸人コースの面々。彼らの中から必ず明日のスターが生まれてくることだろう。それぞれの表情に特徴があってオモシロイ。
彼らはそれぞれ自分の持ち味を理解している。将来が楽しみだ。



「あ、それから言うとくけどな、これから君らも現場に行って叱ってくれる先輩にはどんどん甘えていきや。見込みを感じてくれるから叱ってもくれる。反対に優しすぎるスタッフには注意が必要やで。レギュラー番組を切るときなんか、番組プロデューサーは妙に優しかったりするもんや」「え、先生もそんな経験あるんですか?」「あるある。いっぱいある。みんな満面の笑みで冷たく切りよんねん」。

ようやく学生らにいつもの笑みが戻った。
その晩、ぼくはバーでたまたま隣り合わせた年配の知人にこの話をした。

「ほうでっか?けどよろしいな。若い者は叱ってもらえて。わしなんか、叱ってくれる人なんか、もう誰もおりまへんで。師匠、すまんけどいっぺんわしも叱ってもらえまへんか?」。


……アハハと笑いながら、ぼくはその言葉に切なさと優しさを感じた。



この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンの発行する社報誌
『リフブレ通信』に連載中のコラム『落語の教え』をもとに加筆したものです。


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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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