201.知らないことからアハ体験~落語の授業にて~
自分が「知っていて当たり前」
と思っていることが、
相手にとって当たり前とは限らない。
大学・高校などでぼくが講師を務める「落語の授業」では、
幾度となくそういう場面に直面してきた。

夜間高校の授業風景。10代から70代までが集っている。
例えば、『道具屋』という落語。
夜店の古道具屋を覗いた客が笛に指を突っ込んだところ、
指が抜けなくなってしまった。
「抜けないなら買ってもらわなければ仕方がない」という店主に
客が値段を尋ねたところ、法外な値段を吹っかけられた。
「人の足元を見やがって」と言う客に、
店主が「いいえ、手元を見ています」。
……この咄を聞いた学生から寄せられたのが、
「なぜ店主は客の足元を見たんですか?」という質問。
ご承知の通り、「足元を見る」とは「相手の弱みにつけ込む」という意味だが、
なるほどこれが分からなければ、オチを聞いてもチンプンカンプンになるだろう。
ここでのぼくの授業の目的は
まず「学び」そのものを楽しいと感じてもらうことだ。
幸いなことに「落語の授業」には「これを教えなければならない」という
決まったカリキュラムがない。
それに、落語には自身が虜になった時がそうであったように、
腑に落ちた(=分かった)ときの快感がある。
ちなみに、ぼくが初めて生で聴いた落語は
高校の先輩が演じた『壺算』という咄だった。
ずる賢い男が瀬戸物屋で店員を上手く騙して壺を安く買い取るという話だが、
最後に店員が算盤をはじきながら訳が分からなくなって
「計算が分からなくなってしまいました」と泣き出してしまう。
それを見た男が「それがこっちの思う壺(企んだ通り)や」。
……ぼくはこの落語初体験の時、先輩に対して思わずこんな言葉を発した。
「よく分かりました!」
これに対して先輩は少し怪訝な表情を見せたが、
ぼくにとってこの「分かりました」は
「嬉しい」や「気持ちイイ」と同義語だった。
冒頭に紹介した『道具屋』でチンプンカンプンだった学生も
「足元を見る」意味を理解するなり、とても嬉しそうな顔で応えてくれた。
最近流行りの言葉でいえば「アハ体験」にはまったということだろう。
「知らない」ことは「アハ体験」のタネ。
この快感さえ覚えれば「学び」の意欲は勝手に伸びていくと確信している。

撮影:相原正明(敦賀落語の会にて)
授業では「謎掛け」を作って遊ぶこともある。
当初は「難しすぎてできるわけない」と消極的だった学生も
「方法」さえ知れば驚くほどはまってくれる。
「謎掛け」はまずそのお題から関連する言葉を抜き出すところから始めるが、
漠然と考えてもなかなか浮かんでこない。
そこで持ち出すのが、以前ぼくが『イシス編集学校』で学んだ
「編集工学」の手法の応用。
_convert_20160918164147.jpg)
ぼくの憧れ「イシス編集学校」校長・松岡正剛先生と。
与えられたお題に「要素・機能・属性」という三つのフィルターを掛けて
言葉を引っ張り出すというものだが、意外にこの方法が役立つ。
テーマなしに作文を書くのがムツカシイのと同様である。
例えば、「リンゴ」というお題であれば、
要素として「芯、種、赤い、リンゴ追分……」、
機能として「リンゴジュース、デザート、歯茎から血……」、
属性として「青森、無農薬、箱入り……」といった具合。
後は抜き出した情報に当てはまる言葉を考えれば意外に簡単である。
「リンゴとかけて武士道と解く/その心は、真ん中に芯が通っています」
「リンゴとかけて信号と解く/その心は青いと思えば黄色くなったり赤くなったり」
「リンゴとかけて四谷怪談と解く/その心はお岩け~」
「リンゴと掛けて18番と解く/その心はコースの最後に楽しみます」……。
※過去ブログ【謎掛けのつくり方】はこちらから
このときスラスラ解きだした学生が自慢げにぼくにこう言った。
「俺は自分でアホやと思ってたけど、
意外にそうでもないかな?」
それに対してぼくはこう応えた。
「その通り!
君は方法を知らんかっただけや!!」
勉強嫌いな学生の多くは、ぼく自身がそうであったように、
「何でこんなことも分からないのか」というような、
先生から浴びせられる心ない言葉からそうなっていることが多い。
いかに「アハ体験」に繋げていくか。
これはもう「落語の授業」に課せられた任務である。

イシス編集工学研究所で開催された落語講座にて
※この原稿は、熊本の人材派遣会社「リフティングブレーン」社が発行する社報誌「リフブレ通信」に
掲載された連載コラム「落語の教え」に加筆したものです。

▶「桂花團治の咄して観よ会」の詳細はここをクリック!

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月に一度、大阪北浜にある「フレイムハウス」にて落語講座を開催しています。
ここでは全員での落語の声出しの他、落語に関するあれこれを語らせて頂いてます。
一回完結型なので、初めての方もお気軽にご参加できます。
今後の予定は、11月15日(水)、12月13日(水)です。
▶「フレイムハウス落語講座」の詳細はここをクリック!
▶桂花團治公式サイトはここをクリック!
と思っていることが、
相手にとって当たり前とは限らない。
大学・高校などでぼくが講師を務める「落語の授業」では、
幾度となくそういう場面に直面してきた。

夜間高校の授業風景。10代から70代までが集っている。
例えば、『道具屋』という落語。
夜店の古道具屋を覗いた客が笛に指を突っ込んだところ、
指が抜けなくなってしまった。
「抜けないなら買ってもらわなければ仕方がない」という店主に
客が値段を尋ねたところ、法外な値段を吹っかけられた。
「人の足元を見やがって」と言う客に、
店主が「いいえ、手元を見ています」。
……この咄を聞いた学生から寄せられたのが、
「なぜ店主は客の足元を見たんですか?」という質問。
ご承知の通り、「足元を見る」とは「相手の弱みにつけ込む」という意味だが、
なるほどこれが分からなければ、オチを聞いてもチンプンカンプンになるだろう。
ここでのぼくの授業の目的は
まず「学び」そのものを楽しいと感じてもらうことだ。
幸いなことに「落語の授業」には「これを教えなければならない」という
決まったカリキュラムがない。
それに、落語には自身が虜になった時がそうであったように、
腑に落ちた(=分かった)ときの快感がある。
ちなみに、ぼくが初めて生で聴いた落語は
高校の先輩が演じた『壺算』という咄だった。
ずる賢い男が瀬戸物屋で店員を上手く騙して壺を安く買い取るという話だが、
最後に店員が算盤をはじきながら訳が分からなくなって
「計算が分からなくなってしまいました」と泣き出してしまう。
それを見た男が「それがこっちの思う壺(企んだ通り)や」。
……ぼくはこの落語初体験の時、先輩に対して思わずこんな言葉を発した。
「よく分かりました!」
これに対して先輩は少し怪訝な表情を見せたが、
ぼくにとってこの「分かりました」は
「嬉しい」や「気持ちイイ」と同義語だった。
冒頭に紹介した『道具屋』でチンプンカンプンだった学生も
「足元を見る」意味を理解するなり、とても嬉しそうな顔で応えてくれた。
最近流行りの言葉でいえば「アハ体験」にはまったということだろう。
「知らない」ことは「アハ体験」のタネ。
この快感さえ覚えれば「学び」の意欲は勝手に伸びていくと確信している。

撮影:相原正明(敦賀落語の会にて)
授業では「謎掛け」を作って遊ぶこともある。
当初は「難しすぎてできるわけない」と消極的だった学生も
「方法」さえ知れば驚くほどはまってくれる。
「謎掛け」はまずそのお題から関連する言葉を抜き出すところから始めるが、
漠然と考えてもなかなか浮かんでこない。
そこで持ち出すのが、以前ぼくが『イシス編集学校』で学んだ
「編集工学」の手法の応用。
_convert_20160918164147.jpg)
ぼくの憧れ「イシス編集学校」校長・松岡正剛先生と。
与えられたお題に「要素・機能・属性」という三つのフィルターを掛けて
言葉を引っ張り出すというものだが、意外にこの方法が役立つ。
テーマなしに作文を書くのがムツカシイのと同様である。
例えば、「リンゴ」というお題であれば、
要素として「芯、種、赤い、リンゴ追分……」、
機能として「リンゴジュース、デザート、歯茎から血……」、
属性として「青森、無農薬、箱入り……」といった具合。
後は抜き出した情報に当てはまる言葉を考えれば意外に簡単である。
「リンゴとかけて武士道と解く/その心は、真ん中に芯が通っています」
「リンゴとかけて信号と解く/その心は青いと思えば黄色くなったり赤くなったり」
「リンゴとかけて四谷怪談と解く/その心はお岩け~」
「リンゴと掛けて18番と解く/その心はコースの最後に楽しみます」……。
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このときスラスラ解きだした学生が自慢げにぼくにこう言った。
「俺は自分でアホやと思ってたけど、
意外にそうでもないかな?」
それに対してぼくはこう応えた。
「その通り!
君は方法を知らんかっただけや!!」
勉強嫌いな学生の多くは、ぼく自身がそうであったように、
「何でこんなことも分からないのか」というような、
先生から浴びせられる心ない言葉からそうなっていることが多い。
いかに「アハ体験」に繋げていくか。
これはもう「落語の授業」に課せられた任務である。

イシス編集工学研究所で開催された落語講座にて
※この原稿は、熊本の人材派遣会社「リフティングブレーン」社が発行する社報誌「リフブレ通信」に
掲載された連載コラム「落語の教え」に加筆したものです。

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一回完結型なので、初めての方もお気軽にご参加できます。
今後の予定は、11月15日(水)、12月13日(水)です。
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