207.叩きとバランス~相撲と合気道に落語を教わった~
先日の大相撲三月場所(大阪場所)中、
ある相撲部屋で行われたちゃんこ鍋会に参加させてもらった。
最近、整骨院通いをしていることもあって、
アスリートの身体の使い方や「バランス」に興味津々のぼくが
力士達を質問攻めにすると、一人の力士が懇切丁寧に教えてくれた。
「相撲もバランスなんですよ」
相撲は単に力技ではなく、
いかに相手のバランスを崩して勝利に導く頭脳戦の側面もあるのだ。
小兵であっても大きい力士をひょいと倒せるのは「バランス」の為せる技が大きい。


中川部屋の大阪宿舎にて
ところで、ぼくの主宰する落語塾では「叩き」の実習を必修にしている。
張り扇と小拍子と呼ばれる木切れで、
座布団の前に置かれた見台と呼ばれる小机を
小刻みにパンパン叩きながら台詞を言うというものだが、
大阪の落語家の多くは手習としてまず初めにこれを落語「東の旅」で身につける。
「漸うと上がりました私が初席一番隻でございます(パパパパン)
お次が二番隻(パパパパン)三番隻に四番隻(パパパパン)
五番隻にお住持に旗に天蓋、銅鑼に妙鉢、影灯篭に白張りと……」
口が回るようにもなるし、
リズム感を養うためにもこれはとてもよく出来たテキストである。
しかし、最初からそう簡単には身につくはずもなく、塾生全員が悪戦苦闘している。

そんななか、塾生の一人がこんなことを言いだした。
「師匠は叩くとき、
動かすのは手首から先だけで、
身体は全く動かないんですね」
腕や肘を使わず、手首を起点にして動かすことで、
身体を揺らすこと無く安定した姿勢を保つことが出来ることに気がついたらしい。
ちなみに彼は合気道の達人である。合気道も「手首」が肝心だという。
合気道との共通点に気付いた彼の「叩き」は急激に上手くなった。
それに、ぼくもまた彼のこの言葉におおいに気がつかされた。
確かに「叩き」はリズム感を養うだけでなく、
声を発しやすい身体づくりにも繋がっている。
見台を叩くときの姿勢は腰がちゃんと据わっていなければならない。
また、叩く手の位置によって自然に胸が開くようになるが、
この姿勢を習得することの有効性は
発声に関する多くのプロが口にすることだ。
そんなことを思ううち、
「叩き」ほど語り手の身体をつくるに適したものはないと思えるようになった。

『愚か塾』の塾生たちと、稽古場にて。
冒頭の力士も「肩に力が入るようではいけない」ということを言っていた。
そう言えば、以前こんな記事を目にしたことがある。
横綱の白鵬が名誉会長を務める少年相撲大会が東京・両国国技館で行われ、
小学3年生の部に出場した白鵬の長男・真羽人君(9)が大会初勝利を挙げたのだが、
出番前に父である白鵬から「ジャンプをして肩の力を抜くように」とアドバイスを受け、
それが勝利につながったという内容だった。
「叩き」とて、肩に力が入っていては小刻みに自然に叩くことはまず不可能である。
「リラックスした緊張」という言葉がある。
これはサッカーのゴールキーパの例が分かりやすい。
どこにボールが飛んでくるかを見極める集中力も必要だろうし、
瞬発的に動くしなやかな身体も欠かせない。
お相撲さんが「四股」「てっぽう」「股割り」「すり足」で身体を作っていくように、
それぞれの世界に伝統的な基本トレーニングというものが存在する。
それらに共通するのは、同時に身体の無駄な力をそぎ落としていくということである。

整体に通うようになって、身体のバランスがとても気になるようになりました。(大阪鴫野・城東整骨院にて)
桂枝雀師匠は生前、
「笑いは緊張の緩和である」ということをよく言われた。
聴き手にある思い込みをさせておいて、ヒョイと意表をつく。
相手に息をつめさせておいた後、あるきっかけで「なぁんだ」とフッと息を抜かせる。
つまり相手をズッコケさせる。
それによってこちらの目的が果たせる。
落語は笑いにつなげるため、相撲は相手を倒すため、
目的こそ違えども両者はどこか似ている。
そのためにもしっかりプロとしての身体の使い方を習得する必要がある。
撮影:相原正明
……あぁ、もっと稽古しなくっちゃ!
※この原稿は熊本のリフティングブレーン社が発行する『リフブレ通信』に連載させて頂いているコラム
「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

◆「春團治まつり」
アゼリアホールサイトはこちらをクリック
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ある相撲部屋で行われたちゃんこ鍋会に参加させてもらった。
最近、整骨院通いをしていることもあって、
アスリートの身体の使い方や「バランス」に興味津々のぼくが
力士達を質問攻めにすると、一人の力士が懇切丁寧に教えてくれた。
「相撲もバランスなんですよ」
相撲は単に力技ではなく、
いかに相手のバランスを崩して勝利に導く頭脳戦の側面もあるのだ。
小兵であっても大きい力士をひょいと倒せるのは「バランス」の為せる技が大きい。


中川部屋の大阪宿舎にて
ところで、ぼくの主宰する落語塾では「叩き」の実習を必修にしている。
張り扇と小拍子と呼ばれる木切れで、
座布団の前に置かれた見台と呼ばれる小机を
小刻みにパンパン叩きながら台詞を言うというものだが、
大阪の落語家の多くは手習としてまず初めにこれを落語「東の旅」で身につける。
「漸うと上がりました私が初席一番隻でございます(パパパパン)
お次が二番隻(パパパパン)三番隻に四番隻(パパパパン)
五番隻にお住持に旗に天蓋、銅鑼に妙鉢、影灯篭に白張りと……」
口が回るようにもなるし、
リズム感を養うためにもこれはとてもよく出来たテキストである。
しかし、最初からそう簡単には身につくはずもなく、塾生全員が悪戦苦闘している。

そんななか、塾生の一人がこんなことを言いだした。
「師匠は叩くとき、
動かすのは手首から先だけで、
身体は全く動かないんですね」
腕や肘を使わず、手首を起点にして動かすことで、
身体を揺らすこと無く安定した姿勢を保つことが出来ることに気がついたらしい。
ちなみに彼は合気道の達人である。合気道も「手首」が肝心だという。
合気道との共通点に気付いた彼の「叩き」は急激に上手くなった。
それに、ぼくもまた彼のこの言葉におおいに気がつかされた。
確かに「叩き」はリズム感を養うだけでなく、
声を発しやすい身体づくりにも繋がっている。
見台を叩くときの姿勢は腰がちゃんと据わっていなければならない。
また、叩く手の位置によって自然に胸が開くようになるが、
この姿勢を習得することの有効性は
発声に関する多くのプロが口にすることだ。
そんなことを思ううち、
「叩き」ほど語り手の身体をつくるに適したものはないと思えるようになった。

『愚か塾』の塾生たちと、稽古場にて。
冒頭の力士も「肩に力が入るようではいけない」ということを言っていた。
そう言えば、以前こんな記事を目にしたことがある。
横綱の白鵬が名誉会長を務める少年相撲大会が東京・両国国技館で行われ、
小学3年生の部に出場した白鵬の長男・真羽人君(9)が大会初勝利を挙げたのだが、
出番前に父である白鵬から「ジャンプをして肩の力を抜くように」とアドバイスを受け、
それが勝利につながったという内容だった。
「叩き」とて、肩に力が入っていては小刻みに自然に叩くことはまず不可能である。
「リラックスした緊張」という言葉がある。
これはサッカーのゴールキーパの例が分かりやすい。
どこにボールが飛んでくるかを見極める集中力も必要だろうし、
瞬発的に動くしなやかな身体も欠かせない。
お相撲さんが「四股」「てっぽう」「股割り」「すり足」で身体を作っていくように、
それぞれの世界に伝統的な基本トレーニングというものが存在する。
それらに共通するのは、同時に身体の無駄な力をそぎ落としていくということである。

整体に通うようになって、身体のバランスがとても気になるようになりました。(大阪鴫野・城東整骨院にて)
桂枝雀師匠は生前、
「笑いは緊張の緩和である」ということをよく言われた。
聴き手にある思い込みをさせておいて、ヒョイと意表をつく。
相手に息をつめさせておいた後、あるきっかけで「なぁんだ」とフッと息を抜かせる。
つまり相手をズッコケさせる。
それによってこちらの目的が果たせる。
落語は笑いにつなげるため、相撲は相手を倒すため、
目的こそ違えども両者はどこか似ている。
そのためにもしっかりプロとしての身体の使い方を習得する必要がある。

……あぁ、もっと稽古しなくっちゃ!
※この原稿は熊本のリフティングブレーン社が発行する『リフブレ通信』に連載させて頂いているコラム
「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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