209.命懸けの道成寺~能はロックだ!?~
”大鼓”と書いて”おおつづみ”と読みます。
「カーン」という乾いた音色が特徴ですが、
実はこの楽器、「世界で一番硬い楽器」だそうです。
”小鼓”は「ポンポン」と水を含んだような音ですが、
”大鼓”は乾いた高音。
”小鼓”はたえず息を吹きかけたりして湿らせた状態にします。
時折、舞台上で革にハァーしてる姿を見受けます。
余談ですが、モノを冷ますときの息はフゥーで、
温めるときの息はハァーですよね。
ちなみに飲酒検問のときはハァーで、フゥーはNGです。
フゥ―は吐くときに周りの空気を巻き込んでしまうので、
口のなかの湿気をそのまま与えるためにもハァーなんでしょうね。
だから、小鼓の革にもハァー。
一方、”大鼓”は革が乾いている状態でないとイイ音は鳴らない。
能楽堂の楽屋では年中”火鉢”を見かけますが、
これは革を乾燥させるためにあるそうです。
乾きて高鳴る大鼓・湿りて響く小鼓
大鼓と小鼓は、まるで夫婦のような関係ですね。

右が小鼓、左が大鼓。(撮影:相原正明)
ところで、ぼくは夜間高校で「芸能鑑賞」という授業を受け持っています。
ある時、いつも眠そうな学生が、
目をランランと輝かせて
授業の教材ビデオを食い入るように見つめていました。
モニターに映し出されていたのは、
能『道成寺』”乱拍子”のくだり。
熊野参詣に訪れた若僧に、ある女が一目ぼれ。
しかし、その思いは若僧には受け入れてもらえず、
ついに女は蛇に化け、
寺の鐘のなかに隠れた若僧を焼き殺してしまいます。
その後、寺が新しく鋳造した鐘を納めようとした際、
一人の白拍子が舞を奉納させてほしいと申し出ます。
その白拍子、実はあの時蛇に化けた女性で、
いまだその思いをたぎらせ、障害を為そうと鐘のなかに籠ります。
クライマックスは、女をその鐘から追い出そうとする僧の祈りと、
再び蛇に姿を変えた女の情念との一騎打ち。
笛、小鼓、大鼓と、シテの激しい舞。

『道成寺』絵巻より
学生たちはこの場面にすっかり釘付け。
特に、ダンス好きな学生やバンドを組んでる学生の反応が
もう半端じゃありませんでした。
「サブイボが立ちました」
「なんかロック魂を感じるわぁ」
という感想まで飛び出しました。

『蛇と女と鐘』福井栄一著(技報堂出版)
さて、つい先日のことです。
奈良の大和郡山でのイベントで
上方文化評論家・福井栄一先生とご一緒した際、
打ち上げの席上、『道成寺』の話題で盛り上がりました。
花團治「あの能の鐘の舞台装置って、結構重たいもんなんですか?」
福井「鐘自体は細い竹を編んで上から布を貼るんですが、軽すぎるとブラブラ揺れてしまうので、縁に鉛の重しを入れて調整するんです。それに、鐘入りのあとで使用する鬼女の面とか、装束、小道具などが仕込んであるから、総重量は80キロ以上にはなるでしょうね。それが数メートル上から落下してくる」
花團治「ぼくが謡を教わっている水田雄晤先生の父上は、鐘に挟まって大けがをされたそうです」
福井「鐘が下に落ちるタイミングや位置が悪いとシテの命に関わります。頸椎を損傷して半身不随になった方もおられるし…。鐘の中での着替えも、暗く狭い中で短時間で行わねばならず、シテのストレスは相当なものです。」
花團治「道成寺って、数ある能のなかでも、特にシテは大変そうですね」
福井「能楽師はこの曲を披くことでようやく一人前とみなされるんです。能楽師にとっての博士論文みたいなものでしょうか」

左から、大和郡山市の上田清市長、上方唄の三川美恵子師、ぼく、上方文化研究家の福井栄一先生。
……聞けば聞くほど、大変な労力と気力を要する曲です。
実は近日、水田雄晤先生が、この『道成寺』に臨まれます。
水田先生は過去に二回、脳梗塞に襲われながら、
必死のリハビリで克服されました。
その先生が、父上が大けがをされた因縁をもつ演目を
敢えて選んだのは、それが父上の十三回忌追悼公演だからです。
いろんなプレッシャーを押し切って、
水田先生は『道成寺』を披く!と決められたのです。
(能楽師が初めてその能を勤めることを”披き=ひらき”と言います)

舞を舞われる水田雄悟先生。(撮影:相原正明)

水田先生とインタビューをするぼく。能楽のことをいつも分かりやすく丁寧に教えて下さいます。
(撮影:相原正明)

この日の公演は、能とオペラの共演でした。高校の芸能鑑賞会にて。(撮影:相原正明)
今回の『道成寺』の背景には
作品以上のドラマがあります。
公演日の5月20日、ぼくはあいにく高座があり
駆けつけることはできませんが、
水田先生が全身全霊で演じる「道成寺」を、
一人でも多くの方に観ていただきたいです。
イマドキ学生達を唸らせる「ロックな能」。
魂の熱演をぜひご覧ください。


お薦めの写真↓
▶「能とオペラの共演」
(相原正明つれづれフォトグラフ)
是非、こちらをクリックして
迫真の舞台風景をごらんください。
▶「花團治公式サイト」はこちらをクリック!
「カーン」という乾いた音色が特徴ですが、
実はこの楽器、「世界で一番硬い楽器」だそうです。
”小鼓”は「ポンポン」と水を含んだような音ですが、
”大鼓”は乾いた高音。
”小鼓”はたえず息を吹きかけたりして湿らせた状態にします。
時折、舞台上で革にハァーしてる姿を見受けます。
余談ですが、モノを冷ますときの息はフゥーで、
温めるときの息はハァーですよね。
ちなみに飲酒検問のときはハァーで、フゥーはNGです。
フゥ―は吐くときに周りの空気を巻き込んでしまうので、
口のなかの湿気をそのまま与えるためにもハァーなんでしょうね。
だから、小鼓の革にもハァー。
一方、”大鼓”は革が乾いている状態でないとイイ音は鳴らない。
能楽堂の楽屋では年中”火鉢”を見かけますが、
これは革を乾燥させるためにあるそうです。
乾きて高鳴る大鼓・湿りて響く小鼓
大鼓と小鼓は、まるで夫婦のような関係ですね。

右が小鼓、左が大鼓。(撮影:相原正明)
ところで、ぼくは夜間高校で「芸能鑑賞」という授業を受け持っています。
ある時、いつも眠そうな学生が、
目をランランと輝かせて
授業の教材ビデオを食い入るように見つめていました。
モニターに映し出されていたのは、
能『道成寺』”乱拍子”のくだり。
熊野参詣に訪れた若僧に、ある女が一目ぼれ。
しかし、その思いは若僧には受け入れてもらえず、
ついに女は蛇に化け、
寺の鐘のなかに隠れた若僧を焼き殺してしまいます。
その後、寺が新しく鋳造した鐘を納めようとした際、
一人の白拍子が舞を奉納させてほしいと申し出ます。
その白拍子、実はあの時蛇に化けた女性で、
いまだその思いをたぎらせ、障害を為そうと鐘のなかに籠ります。
クライマックスは、女をその鐘から追い出そうとする僧の祈りと、
再び蛇に姿を変えた女の情念との一騎打ち。
笛、小鼓、大鼓と、シテの激しい舞。

『道成寺』絵巻より
学生たちはこの場面にすっかり釘付け。
特に、ダンス好きな学生やバンドを組んでる学生の反応が
もう半端じゃありませんでした。
「サブイボが立ちました」
「なんかロック魂を感じるわぁ」
という感想まで飛び出しました。

『蛇と女と鐘』福井栄一著(技報堂出版)
さて、つい先日のことです。
奈良の大和郡山でのイベントで
上方文化評論家・福井栄一先生とご一緒した際、
打ち上げの席上、『道成寺』の話題で盛り上がりました。
花團治「あの能の鐘の舞台装置って、結構重たいもんなんですか?」
福井「鐘自体は細い竹を編んで上から布を貼るんですが、軽すぎるとブラブラ揺れてしまうので、縁に鉛の重しを入れて調整するんです。それに、鐘入りのあとで使用する鬼女の面とか、装束、小道具などが仕込んであるから、総重量は80キロ以上にはなるでしょうね。それが数メートル上から落下してくる」
花團治「ぼくが謡を教わっている水田雄晤先生の父上は、鐘に挟まって大けがをされたそうです」
福井「鐘が下に落ちるタイミングや位置が悪いとシテの命に関わります。頸椎を損傷して半身不随になった方もおられるし…。鐘の中での着替えも、暗く狭い中で短時間で行わねばならず、シテのストレスは相当なものです。」
花團治「道成寺って、数ある能のなかでも、特にシテは大変そうですね」
福井「能楽師はこの曲を披くことでようやく一人前とみなされるんです。能楽師にとっての博士論文みたいなものでしょうか」

左から、大和郡山市の上田清市長、上方唄の三川美恵子師、ぼく、上方文化研究家の福井栄一先生。
……聞けば聞くほど、大変な労力と気力を要する曲です。
実は近日、水田雄晤先生が、この『道成寺』に臨まれます。
水田先生は過去に二回、脳梗塞に襲われながら、
必死のリハビリで克服されました。
その先生が、父上が大けがをされた因縁をもつ演目を
敢えて選んだのは、それが父上の十三回忌追悼公演だからです。
いろんなプレッシャーを押し切って、
水田先生は『道成寺』を披く!と決められたのです。
(能楽師が初めてその能を勤めることを”披き=ひらき”と言います)

舞を舞われる水田雄悟先生。(撮影:相原正明)

水田先生とインタビューをするぼく。能楽のことをいつも分かりやすく丁寧に教えて下さいます。
(撮影:相原正明)

この日の公演は、能とオペラの共演でした。高校の芸能鑑賞会にて。(撮影:相原正明)
今回の『道成寺』の背景には
作品以上のドラマがあります。
公演日の5月20日、ぼくはあいにく高座があり
駆けつけることはできませんが、
水田先生が全身全霊で演じる「道成寺」を、
一人でも多くの方に観ていただきたいです。
イマドキ学生達を唸らせる「ロックな能」。
魂の熱演をぜひご覧ください。


お薦めの写真↓
▶「能とオペラの共演」
(相原正明つれづれフォトグラフ)
是非、こちらをクリックして
迫真の舞台風景をごらんください。
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