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215.指南・考~導く方向・見つける方法~

師匠のもとに入門してまもない、まだ芸名すらもらっていない頃だった。
師匠の鞄を持って新幹線の新大阪駅まで同行することになった。
駅につくと、二番弟子の桂蝶太兄(昭和63年没、享年36)が待っていた。
師匠とはそこで別れたのだが、そのあと兄弟子と二人で喫茶店に入った。
今思えば、師匠がわざわざ兄弟子を呼び寄せたのであろう。
蝶太兄は芸界のしきたりについて色々教えてくれた。
挨拶の仕方に始まって、誰を「師匠」と呼び、誰を「兄さん」と呼ぶのかなど、
事細かに教示してくれた。そんななかで一番印象に残っているのはこんなひと言だった。

「うちの師匠は
いちいち教えることの少ない人やからな。
まぁ、これまでの学校とは違うんやから、
しっかり自分で盗んでいかなあかんで」
 

それに、蝶太兄によると師匠は天才肌で
感覚的に何でも器用にこなしてしまう人なので
「なぜ弟子がそれをできないか?」については少し疎いところがあるという。
「野球選手に例えるなら長嶋さんかな」とも言った。


春蝶、立ち切れ、縮小版
撮影:後藤清



ぼくが入門してちょうど10年目、師匠が亡くなると
今度は筆頭弟子の桂昇蝶兄がよく稽古をつけてくれるようになった。
それは生前、師匠につけてもらった咄のおさらいから始まった。
兄弟子はぼくにこう言った。

「あのなぁ、お前、師匠の咄を
ちゃんと聞いてなかったやろ?
師匠はそんなふうにしてたか?」


兄弟子の稽古は息の詰め方や声のピッチに至るまで実に丁寧に教えてくれた。
それは「春蝶(先代)落語」の分析でもあった。
目から鱗の連続にぼくはただただ感嘆するばかりだった。


春蝶の家族と共に
師匠のご家族と共に撮った写真はこれ一枚きりである。
奥さんが「あんたも入りなさい」と言ってくれたので写真に納まることができた。
師匠の右手の男の子が現・三代目春蝶。



あれは「天満天神繁昌亭」という落語専門の定席小屋ができてすぐの頃だから、
今から12年程前のことだ。
高座を下りてきたぼくを同門の春駒兄(平成25年没、享年62)が舞台袖へと手招きした。

「あのな、あそこの台詞やけど、
なんで押すねん。
引いたらもっとウケるのに。
お前さんは肝心なところで押してしまうやろ。
引きが大事やで」。


そのあと、春駒兄はニヤリとしながらこう付け加えた。

「…ということを、ぼくは春蝶兄から学んだ」


春駒遺影
桂春駒(享年62)



そんな兄弟子らに共通していえるのは、
それらの「春蝶(先代)落語論」が手取り足取り教えてもらったわけではなく、
それぞれが自ら気付いて導き出したものであった。

誤解のないように断っておくが、
うちの師匠が「教える」ことにいい加減だったわけではない。

「自分で考えさせる」ということに一貫していたのだろう。

それは弟子の叱り方に見てとれる。
まず弟子の失敗に対して懇々と説教を加えることはしない。
自分の何が悪かったかを述べさせ、これからどう改めるかを聞き、
最後に「次はないぞ」の言葉で締めくくるのが常だった。

かつてぼくがウェブ上の編集学校に学んだとき、
そこでは「指導」でも「教育」でもなく「指南」という言葉を使っていた。
おそらくこれに近いものがある。

※ウェブ上の編集学校(イシス編集学校)


「指南」の語源は、古代中国における「指南車」というものに由来している。
馬が引く車の上には仙人のような人形を取り付けられていて、
その人形が方位磁石によって常に南を指さすという仕掛けが施されていた。
その車のことを「指南車」という。そこから転じて「導く」ことを「指南」と言うようになった。

師匠は弟子が進むべき「方向」を示唆する存在。まさに「指南車」。
あれこれ悩ませることで具体的な「方法」は自ら導き出させる、

そんな意図がこの言葉には含まれているような気がする。



「これまでの学校とは違うんやから、
しっかり自分で盗んでいかなあかんで」

お盆が近いからなのか、ふと蝶太兄のことを思い出した。


※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」の連載コラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。


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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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