218.思いやりの破門~死に際に見せた師匠の流儀~
「お前ら三人ともみんな出ていけ!
わしは弟子なんかいらん」
それまでにも何度か「破門」をくらっていたが、
この時ばかりはこれまでとは違う何かしら重みを感じた。
師匠(先代桂春蝶)の芸にはどこか哀愁みたいなものがあって、
「これでもか」と押して笑いを獲りにいくのではなく、
フッと零れ落ちるさりげないひと言に可笑しみがあった。
いわゆる浪花の代名詞のようなコテコテとは対極で、
ある評論家は師匠のそれを指して「引きの芸」と称した。
また、師匠の生前の咄のマクラ(本題へ導入するための世間ばなしや小咄)には
自虐的ともとれる内容が多々見受けられた。

東京・国立演芸場にて、当代春蝶とともに先代春蝶について語らせていただきました。
2018年11月8日、花團治の宴にて (撮影:相原正明)
「この間、弟子に稽古つけましてな。口移ししますねん。
わたしと同じように喋ってもらいますねんけど、
わたし、弟子に言いましてん。
『お前は何でそんなに下手くそやねん』。
そしたら弟子が『わたし、師匠の通りにやってますねん」
…それを語る師匠の何ともいえない表情が聴衆の笑いを誘った。
ちなみに、この弟子とはぼくのことである。
また、こんなマクラも印象に残っている。
「(客人の前で)あんまり弟子が無口なもんやから、
ちょっとぐらい何か喋ったらどうやと言うたら
『わたし人前で喋るの好きやないんです』。
それで弟子入りの理由を聞いたら、
口下手が解消できたらいいなぁと思いまして。
…なんやうちをカルチャーセンターみたいに思うてる」
ここでも弟子を馬鹿にするのではなく自虐的な笑いだった。

当代春蝶の言いたい放題に場内大爆笑。彼と舞台上で対談するのは初めて。(撮影:相原正明)

後列左端が内弟子時代のぼく、その前が三代目桂春蝶。
二代目春蝶のご家族と共に。
自身に起こったちょっとした不幸や残念、災難を
あたかも第三者のように見立て笑い飛ばすことを
「当事者離れの笑い」というが、
師匠はこれに長けた人だった。
不摂生がたたったのか、師匠は51の若さであの世に旅立ってしまった。
亡くなる半年前には大阪ミナミの繁華街でその姿があちらこちらで目撃されている。
「うちの店にフラッと入って来ましてな、
ずいぶん久しぶりでこちらもびっくりしたんやけど、
『マスター、えらい世話になったなぁ』と言うて、
チップだけ置いて出ていかはりましてん」
思えば、弟子全員が理不尽ともいえる冒頭の「破門」をくらったのもこの頃だった。
このとき感じた違和感は、「破門」を言い渡した後の師匠の言葉からもきていた。
「どうしても咄家を続けたいと
いうのやったら、(三代目)春團治に
預かってもらえるように、わしから頼んだる」
三代目春團治は師匠の師匠にあたる人だ。
師匠は我々が路頭に迷わぬように考えてくれていたのだろう。
それでも結局、弟子三人は今まで通り師匠の弟子として残ることになったが、
その頃すでに師匠は自分の残りわずかな時間と懸命に向き合っていたのである。
そのうえで、自分の家族や周囲の行く末ばかりを案じていたのであろう。
余名いくばくもない女性がフィアンセの将来を憂いて
別れを切り出すという展開が映画にもあったが、これにも符合している。

手前から、桂小春團治、三代目春蝶、ぼく、柳家花ごめ(撮影:相原正明)
先述した「当事者離れ」は自身を客観的に見つめることにも繋がっているが、
師匠は自分の死期すら客観的に見つめていた。
「自分を笑う」ということは、自分を相手より低い位置に持ってくることであり、
同時に弱者の立場に立つということでもある。
少なくとも「相手を笑う」ばかり考える輩にはできない芸当だ。
加えて、自分を離れたところから客観的に眺めるということ。
だからこそ、師匠は自分の死に向き合いながらも
周囲の行く末を案じずにはいられなかったのだろう。
今になって師匠の優しさが身に染みてよく分かる。
昨今は自身の主張を通せる者がデキル人として持てはやされる風潮だが、
自身を「阿呆だ、馬鹿だ」と笑い飛ばせる、相手よりへりくだれる人を
もっと評価していいのではないだろうか。
こういう人ほど物ごとを客観的に見ている。
「前へ前へ」の気持ちで歩むということも大事だが、
「一歩引いて」俯瞰的に見るということも
大事なんじゃないか。
あの頃、師匠はどんなことを考えていたのだろう。
師匠の見た風景が気になっている。

『第3回・花團治の会』終演、東京・国立演芸場にて(撮影:相原正明)

お茶子を務めてくれたのは、柳亭市若くん、市馬師匠のお弟子さんです。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」の連載コラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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