219.繊細なコロス~2018M-1グランプリより~
テレビで『M-1グランプリ』を観た。
結成15年までの漫才師のなかから日本一を決めるコンテストである。
現在の世相が色濃く反映されていてとても興味深いものであった。
今、パワハラやセクハラといった言葉を聞かない日はない。
それだけ世間は「言葉」というものに敏感である。
例えば、相方に対して「お前はハーフ顔やな」と持ち上げるように言いながら、
そのあと「東南アジア系のハーフやけどな」と落とすやり方。
以前ならドッと笑いが起きたかも知れないが、おそらく何割かのお客は引いたであろう。
自らのハゲやデブといった容姿を笑いにするといった自虐も諸刃の剣である。
過剰な自虐に対して審査員の一人も苦言を呈した。

2018年11月8日、国立演芸場『花團治の宴』(撮影:相原正明)
人種や容姿、性といった話題は世間のみならず「取り扱い注意」である。
「笑い」の向こうには
少なからず傷つく者がいる。
一方、「殺す」という笑いにそぐわない言葉を使いながらも
嫌悪感を感じさせることなく高得点を獲得したコンビもいた。
何を言っても品があるのだ。世相に対する読みの深さゆえなんだろう。
トーンも含めたニュアンスなど言葉の扱いが実に丁寧で配慮に富んでいた。
個人的には、オシッコやウンコを持ち出しても
決して汚く感じさせることのなかった故・三代目春團治師匠を思い出した。

左から、福團治師匠、ぼく、三代目春團治師匠(撮影:相原正明)
『持参金』という咄がある。
出世を前にした商家の番頭が女中に手を出してはらませてしまったというので、
それを金物屋の佐助さんという人に相談したところ、
「こんなことが旦那さんの耳に入るとよくないので、
その女性をすぐにでも宿下がり(奉公人を故郷元へ帰すこと)させてしまいなさい。
持参金をつけてやれば誰かがもらってくれるでしょう」というヒドイ話。
ぼくも若手の頃に覚えたものの、
かなり後味悪くひとつ間違えばクスリともしない時も多々あった。
東京のある寄席では禁演落語のひとつとされているらしい。
そのことを耳にしたぼくは、最近あえて東京の別の寄席でそれを試みることにした。
ただし、覚えたての頃には考えてもみなかった問題意識が今は少なからずあるつもりだ。
当然、演じ方だって違う。
番頭が女性を引き受けてくれる男性に対して
「傷のこと(お腹に子どもがいること)は承知かい?」と問いかけるのだが、
それに対して「男の腹に子どもがおったら傷でっせ。
女の腹のなかに子どもがおって何が傷でんねん」と
以前のやり方よりかなり憤ってみせた。
「出戻り」「シングルマザー」といった、
世間が一見あまり良しとしないようなことに対して
「それの何が悪いねん!」
としっかり居直ってみせるのも落語の役目である。
東京での反応はすこぶるイイものであった。
「何故この演目が禁演なんでしょうか?」という言葉も頂いた。
手前味噌で申し訳ないが、どのスタンスに立つかで
作品はおおいに変わるということを示せたように思う。

2018年11月8日、国立演芸場『花團治の宴』(撮影:相原正明)
八百屋の店先で見られるような、
「おっちゃん、これ何ぼ?」「ほな500万両貰っときまひょか?」というような
つまらなくともほのぼのとした、相手と自分をつなぐ
平行(ヨコ)につなぐ
コミュニケーションの笑いもあるが、
「笑い」の多くは
どちらかが優位に立つ垂直(タテ)の笑いである。
笑うことで心身ともに元気になれるがときに傷つくこともある。
「毒にも薬にもならない」という言葉があるように、
この手の「笑い」は常に毒のリスクを伴う。

2018年11月8日、国立演芸場『花團治の宴』(撮影:相原正明)
歴史を紐解けば、「芸能者」は社会という組織からはみ出さざるを得なかった、
落ちこぼれの民から生まれたという史実に突き当たる。
はみ出しているがゆえに大衆を外から客観的に見ることができた。
同時に彼らはその立ち位置ゆえに繊細であった。
「昔の漫才の方がおもしろかった」というご年配も多いだろうが、
こと言葉への意識という点において、
若手の漫才は年々「繊細にパワーアップ」して感心させられっぱなしである。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」の連載コラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

◆『2019新春芸能玉手箱』の詳細はこちらをクリック!
◆『花團治公式サイト』はこちらをクリック!
◆写真家・相原正明のつれづれフォトブログ
結成15年までの漫才師のなかから日本一を決めるコンテストである。
現在の世相が色濃く反映されていてとても興味深いものであった。
今、パワハラやセクハラといった言葉を聞かない日はない。
それだけ世間は「言葉」というものに敏感である。
例えば、相方に対して「お前はハーフ顔やな」と持ち上げるように言いながら、
そのあと「東南アジア系のハーフやけどな」と落とすやり方。
以前ならドッと笑いが起きたかも知れないが、おそらく何割かのお客は引いたであろう。
自らのハゲやデブといった容姿を笑いにするといった自虐も諸刃の剣である。
過剰な自虐に対して審査員の一人も苦言を呈した。

2018年11月8日、国立演芸場『花團治の宴』(撮影:相原正明)
人種や容姿、性といった話題は世間のみならず「取り扱い注意」である。
「笑い」の向こうには
少なからず傷つく者がいる。
一方、「殺す」という笑いにそぐわない言葉を使いながらも
嫌悪感を感じさせることなく高得点を獲得したコンビもいた。
何を言っても品があるのだ。世相に対する読みの深さゆえなんだろう。
トーンも含めたニュアンスなど言葉の扱いが実に丁寧で配慮に富んでいた。
個人的には、オシッコやウンコを持ち出しても
決して汚く感じさせることのなかった故・三代目春團治師匠を思い出した。

左から、福團治師匠、ぼく、三代目春團治師匠(撮影:相原正明)
『持参金』という咄がある。
出世を前にした商家の番頭が女中に手を出してはらませてしまったというので、
それを金物屋の佐助さんという人に相談したところ、
「こんなことが旦那さんの耳に入るとよくないので、
その女性をすぐにでも宿下がり(奉公人を故郷元へ帰すこと)させてしまいなさい。
持参金をつけてやれば誰かがもらってくれるでしょう」というヒドイ話。
ぼくも若手の頃に覚えたものの、
かなり後味悪くひとつ間違えばクスリともしない時も多々あった。
東京のある寄席では禁演落語のひとつとされているらしい。
そのことを耳にしたぼくは、最近あえて東京の別の寄席でそれを試みることにした。
ただし、覚えたての頃には考えてもみなかった問題意識が今は少なからずあるつもりだ。
当然、演じ方だって違う。
番頭が女性を引き受けてくれる男性に対して
「傷のこと(お腹に子どもがいること)は承知かい?」と問いかけるのだが、
それに対して「男の腹に子どもがおったら傷でっせ。
女の腹のなかに子どもがおって何が傷でんねん」と
以前のやり方よりかなり憤ってみせた。
「出戻り」「シングルマザー」といった、
世間が一見あまり良しとしないようなことに対して
「それの何が悪いねん!」
としっかり居直ってみせるのも落語の役目である。
東京での反応はすこぶるイイものであった。
「何故この演目が禁演なんでしょうか?」という言葉も頂いた。
手前味噌で申し訳ないが、どのスタンスに立つかで
作品はおおいに変わるということを示せたように思う。

2018年11月8日、国立演芸場『花團治の宴』(撮影:相原正明)
八百屋の店先で見られるような、
「おっちゃん、これ何ぼ?」「ほな500万両貰っときまひょか?」というような
つまらなくともほのぼのとした、相手と自分をつなぐ
平行(ヨコ)につなぐ
コミュニケーションの笑いもあるが、
「笑い」の多くは
どちらかが優位に立つ垂直(タテ)の笑いである。
笑うことで心身ともに元気になれるがときに傷つくこともある。
「毒にも薬にもならない」という言葉があるように、
この手の「笑い」は常に毒のリスクを伴う。

2018年11月8日、国立演芸場『花團治の宴』(撮影:相原正明)
歴史を紐解けば、「芸能者」は社会という組織からはみ出さざるを得なかった、
落ちこぼれの民から生まれたという史実に突き当たる。
はみ出しているがゆえに大衆を外から客観的に見ることができた。
同時に彼らはその立ち位置ゆえに繊細であった。
「昔の漫才の方がおもしろかった」というご年配も多いだろうが、
こと言葉への意識という点において、
若手の漫才は年々「繊細にパワーアップ」して感心させられっぱなしである。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」の連載コラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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