221.勘違いな「コミュ力」~お喋りにご用心~
聴衆のなかには必ず相槌上手な人がいるものだ。
「ほぉ」「なるほど」「そんなあほな」
……黙っていてもそういうシグナルを適確に送ってくれる人がいる。
話し手にとってこれほどありがたい存在はない。
なかには腕組みの姿勢で口をへの字に不貞腐れたような態度で臨む聴衆もいるが、
そういう人に限って終演後に名刺を携えて寄ってくるから始末に負えない。
つい「壇上からも見えているんですよ」
ということを言いたくなる。
それにしても相槌というものは頃加減がムツカシイ。

先日、落語を習いたいと相談に来られた男性と話していた時のこと。
その方は過剰に相槌を打つ方だった。
おそらく相手に返事を返さねばという意識が強いのであろう。
相槌だけでなく、そこへ絶えず持論を挟み込んでくるので話がなかなか前に進まない。
その方曰く「職業柄、人前で喋ることには慣れてるんです」。
具体的な仕事までは聞かなかったが、
おそらく落語でそのスキルを高めようと思ったのであろう。
お喋り上手を自負する人ほど
得てして聞くのが下手だ。

「笑いは緊張の緩和である」と言ったのは
古くはドイツの哲学者カントであった。
人は笑うとき=すなわち緩和されたときに息を吐くものである。
逆に緊張したときに息を詰める(吸う)。
例えばこんな小咄。
JRのとある駅に置かれていた投書箱に向かって叫んでいる男性を見かけた。
不審に思ってその理由を聞いてみた。「だってこの投書箱に書いてあるから」。
その投書箱にはこう書かれていた。「あなたの声をお聞かせください」。
ジョークとしてオモシロイかどうかはさておき、
この小咄を演じるときの咄家の呼吸はこうである。
「こう書かれていた」と言って軽く息を吸う、
次に「あなたの声を~」では息を吐きながら言う。
一方、聴き手はどうだろう。
「こう書かれていた」で「何と書かれていたのか」を考えつつ息を詰め(緊張)、
「あなたの声を~」を聴いて
「あぁなんだ、そういうことか」と息を吐きつつ笑う(緩和)のである。
つまり、話し手と聴き手の「吸う」「吐く」がぴったり一致してこそ笑いが生まれる。
「イキが合う」とはまさにこのことだ。

落語家としてよく質問されるのが
「どうすればコミュニケーション力を高められるか」という悩み。
むしろこちらが教えて欲しいぐらいだが、
多くのセミナー講師が口にする
「話し上手は聴き上手」というのはもっともなことだと思う。
相手に寄り添う気持ちがなければ会話が一方通行だ。
また、「どうすれば人前で緊張せずに話せるか」という質問も多いが、
そういう時には「深呼吸」というのも理にかなっている。
「意識しながら深呼吸すれば「気」の塊のようなものが
ドンと肚の底に落ちるのが実感できるだろう。
舞い上がっている人や興奮してがなり散らしている人を見れば
「肩から上」で喋っているのが見て取れるように、
落ち着いている人は「肚の底」で喋っている印象がある。
落ち着きのある人はすべからく「イキが深い」。
例えは悪いが、大親分とチンピラの違い。
「イキが深い」人は
「イキの浅い」人にも合わせることができるが、
その逆はどう考えても在り得ない。
そう考えると「イキが合う」云々の前に、
まずは「イキを深く」持って相手の話を「聴く」ことが大事だなぁと思う。

さて、冒頭に紹介したくだんの男性だが
持論をひけらかせるだけひけらかして帰られた。
それほど自信があるにも関わらず、
なぜぼくのもとに相談に来たのか未だ謎が残るが、
彼には全く悪気はなく、ひと言で言うなら「聞く耳を持たない」人ということだろう。
ぼくは相槌さえ打たせてもらえなかった。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
※今回の写真は、イシス編集学校で講演を行った際のものを使わせていただきました。

▶第20回「春團治まつり」の詳細はこちらをクリックして「いけだ文化振興財団」のサイトをご参照くださいませ。

▶「祝・新元号」の詳細はこちらをクリックして「花團治公式サイト」をご参照くださいませ。
◆「花團治公式サイト」はこちらをクリック!
「ほぉ」「なるほど」「そんなあほな」
……黙っていてもそういうシグナルを適確に送ってくれる人がいる。
話し手にとってこれほどありがたい存在はない。
なかには腕組みの姿勢で口をへの字に不貞腐れたような態度で臨む聴衆もいるが、
そういう人に限って終演後に名刺を携えて寄ってくるから始末に負えない。
つい「壇上からも見えているんですよ」
ということを言いたくなる。
それにしても相槌というものは頃加減がムツカシイ。

先日、落語を習いたいと相談に来られた男性と話していた時のこと。
その方は過剰に相槌を打つ方だった。
おそらく相手に返事を返さねばという意識が強いのであろう。
相槌だけでなく、そこへ絶えず持論を挟み込んでくるので話がなかなか前に進まない。
その方曰く「職業柄、人前で喋ることには慣れてるんです」。
具体的な仕事までは聞かなかったが、
おそらく落語でそのスキルを高めようと思ったのであろう。
お喋り上手を自負する人ほど
得てして聞くのが下手だ。

「笑いは緊張の緩和である」と言ったのは
古くはドイツの哲学者カントであった。
人は笑うとき=すなわち緩和されたときに息を吐くものである。
逆に緊張したときに息を詰める(吸う)。
例えばこんな小咄。
JRのとある駅に置かれていた投書箱に向かって叫んでいる男性を見かけた。
不審に思ってその理由を聞いてみた。「だってこの投書箱に書いてあるから」。
その投書箱にはこう書かれていた。「あなたの声をお聞かせください」。
ジョークとしてオモシロイかどうかはさておき、
この小咄を演じるときの咄家の呼吸はこうである。
「こう書かれていた」と言って軽く息を吸う、
次に「あなたの声を~」では息を吐きながら言う。
一方、聴き手はどうだろう。
「こう書かれていた」で「何と書かれていたのか」を考えつつ息を詰め(緊張)、
「あなたの声を~」を聴いて
「あぁなんだ、そういうことか」と息を吐きつつ笑う(緩和)のである。
つまり、話し手と聴き手の「吸う」「吐く」がぴったり一致してこそ笑いが生まれる。
「イキが合う」とはまさにこのことだ。

落語家としてよく質問されるのが
「どうすればコミュニケーション力を高められるか」という悩み。
むしろこちらが教えて欲しいぐらいだが、
多くのセミナー講師が口にする
「話し上手は聴き上手」というのはもっともなことだと思う。
相手に寄り添う気持ちがなければ会話が一方通行だ。
また、「どうすれば人前で緊張せずに話せるか」という質問も多いが、
そういう時には「深呼吸」というのも理にかなっている。
「意識しながら深呼吸すれば「気」の塊のようなものが
ドンと肚の底に落ちるのが実感できるだろう。
舞い上がっている人や興奮してがなり散らしている人を見れば
「肩から上」で喋っているのが見て取れるように、
落ち着いている人は「肚の底」で喋っている印象がある。
落ち着きのある人はすべからく「イキが深い」。
例えは悪いが、大親分とチンピラの違い。
「イキが深い」人は
「イキの浅い」人にも合わせることができるが、
その逆はどう考えても在り得ない。
そう考えると「イキが合う」云々の前に、
まずは「イキを深く」持って相手の話を「聴く」ことが大事だなぁと思う。

さて、冒頭に紹介したくだんの男性だが
持論をひけらかせるだけひけらかして帰られた。
それほど自信があるにも関わらず、
なぜぼくのもとに相談に来たのか未だ謎が残るが、
彼には全く悪気はなく、ひと言で言うなら「聞く耳を持たない」人ということだろう。
ぼくは相槌さえ打たせてもらえなかった。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
※今回の写真は、イシス編集学校で講演を行った際のものを使わせていただきました。

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