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22.緊張の薦め

今日も楽屋の見習い君たちは緊張の面持ちで先輩師匠方を出迎えます。
私もこの業界に30年ほど勤めているので
彼らは一応「師匠」と呼んでくれてます。
着物を畳んだりお茶を入れたり演目帳に名前を記入したり、
そういった楽屋の用事全般が彼らの仕事です。
彼らはできるだけ先輩方の邪魔にならぬよう、
用事があればすぐに飛んで走れるよう、
全身をアンテナにしながら楽屋の隅や舞台袖に待機しています。

私が入門した頃にはまだ今のような常設の寄席小屋など無く、
師匠のお供などで出かける以外はほとんど師匠宅で過ごしていました。
そんな生活が3年ほど続きました。お休みは年に二日ほどです。
師匠の機嫌は?体調は?・・・
朝起きて来られた時には、今日は水が欲しいのか?お茶が飲みたいのか。
言われなくてもこちらから察する。これが弟子の勤めです。

師匠は私にこんなことをおっしゃいました。
「わしの顔色ひとつ見られずに、200人や300人のお客の前で話せるわけがない」。
落語は覚えたものをそのまま発表すればいいというものではなく、
その時々のお客様の空気を察しながら進めていきます。
今、どういう心境で客席にお座りなのか、どういう笑いを欲しているのか、
それらを瞬時に汲み取ります。
それによって、今日は勢いよく語り出そうとか、
ちょっと引いた感じで話し出そうとか。
これが落語という芸です。

「芸に下手も上手もなかりけり、行く先々の水に合わねば」。

その感覚を得るために内弟子修業=緊張生活というものがあります。
緊張にも色々ありますが、落語家が目指すべきは「リラックスした緊張」でしょう。
例えば、サッカーのゴールキーパーなどは、
球の流れを読んでそれを止めるわけですが、
集中=緊張と同時に身体の柔軟性、瞬発力というものが求められます。

緊張ばかりではいけないし、
風呂上がりにビールを飲んだ時のようなリラックス状態でも困る。
緊張と緩和の同居です。
落語家の見習い君たちが求まれていることと
ゴールキーパーのそれはおそらく似ています。

ご承知の通り、落語は一人で何人もの人物を描き分けていく芸です。
言葉遣いはもちろんのこと、
正坐した状態で掌をどこに置くか。
これだけでも人物がずいぶん変わって見えます。
職人なら膝頭を抱え込むように、
子どもなら掌を人差し指でこねるように。
姿勢ひとつ取っても、ご隠居は身体の重心をやや後ろにずらすのに対して、
喜六という若者は少し身を乗り出すように。

落語は「らしく」演じるものであり類型的に描くものです。
また、瞬時のこの人物転換のためには身体の重心というものも欠かせません。
重心が定まっていない身体では人物転換がスムーズにいかず、
無駄な動きも増え、舞台芸として見苦しいことになってしまいます。
加えて、人物の描き分けは声の高低ということも大事な要素となってきますが、
ここでもやはり身体の重心が肝心です。
ただ喚き散らしただけの高い声は聞き辛いものです。
歌舞伎役者の発する高音が心地よくお客の耳に届くには
やはり秘訣というものがあります。
つまり、芸における全ては「腹」に行き着くのです。

得てして人生の荒波を経験した方ほど「腹が据っている」ものです。
この据わった腹は緊張に揉まれてこそ育まれます。
楽屋仕事と芸とは一見関係なさそうに見えますが、
このように考えていくと
実は密接に関係しているのがお分かりになろうかと思います。
発声、人物転換、所作・・・これらは全て腹と繋がっている。
いや、落語のみならず、腹に意識を持つことは
どの世界にも共通して言えることかも知れません。

昨今、体育会系の方がもてはやされるのは、
案外こういうところにあるのではないでしょうか。(了)
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

http://hanadanji.net/

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