227.初高座の想い出~師匠のペップトーク~
失敗はむしろ喜ばないかん。
失敗したということは
それだけ広い道を
歩くことになるんやから。
誰が言ったか忘れたがそんな言葉を覚えている。
ぼくもうちの師匠(先代桂春蝶)から
「失敗するな」という言い方をされたことがなかった。
「あれはダメ」「これはするな」と言われたことも記憶がない。
その代わりよく言われたのは
「常にアクションをせい!」だった。

先代春蝶の写真を挟んで、左が現・春蝶、右がぼく。(撮影:相原正明)
ぼくの初高座は弟子入りしてわずか半年後のこと。
ほとんどの咄家は50名も入ればいっぱいになるような
小さな会場で初高座を迎えているが、
ぼくの場合は師匠の判断であえて1000人は入ろうかという
大ホールでのデビューとなった。師匠の独演会である。
それまで味わったことのない拍手の波に挑むように、
ぼくはその大舞台に立った。座布団に座ってふと顔を上げた時、
ぼくの目に飛び込んできたのは高座を照らす大きなライトの光。
おかげで目の前は真っ黄色。ようやくその照明に目が慣れた頃、
ぼくの目に映ったのはいかにもつまらなさそうに
ぼくを見つめる男性の顔だったことは今でも忘れられない。
後でこの時の音源を聞いてみると、お世辞にも上手いとは言えないが、
初高座にしてはなかなか堂々とした話しぶりだった。

桂花團治(撮影:坂東剛志)
高座を終えて楽屋に戻ってきた時、
師匠のマネージャーのO氏が師匠にこう言った。
「初高座をこんな大舞台で堂々と演るなんて、
こいつは心臓に毛が生えてますな」。
しかし、これには伏線があって、ぼくの初高座に対し
最後まで反対していたのはこのO氏だった。
「まだ高座にも上がってない奴が、
師匠の大切な大舞台に出てコケ(失敗)たらどないすんねん。
師匠のことを大事と思うなら、君の方から断らんかい!」。
ぼくもO氏の言うことは尤もだと一旦は辞退を申し出たのだが、
師匠は「わしが決めたことやから堂々と出たらいい」と言ってくれた。
そんな経緯があったものだから、
当日はできるだけO氏と目を合わせないようにしていた。
ただでさえ大舞台のプレッシャーに潰されそうになっているというのに、
O氏の「お前、大丈夫か」「ホンマに出る気か」という視線が冷たく突き刺さった。
ちなみに、この時チラシにぼくの名前は記載されておらず、
もしその時出演を取りやめたとしても何の障りもなかった。

桂花團治(撮影:坂東剛志)
いよいよ出番というその直前、師匠がぼくの耳元でこうささやいた。
あのな、ウケようとか
上手にやろうなんて考えるなよ。
・・・かわいい奴やなぁでも、
元気な奴やなぁでも、
何でもかめへん。
何か印象をひとつだけ残せたら、
今日はそれで良しや!
ぼくは師匠のこの言葉に救われた。
もし、あの時「台詞を間違うなよ」とか、
「ちゃんと笑いを取らなあかんで」などと言われてたら、
余計にガチガチになって高座の上できっと絶句していただろう。

桂花團治(撮影:こいけなおこ)
……そんな思い出を行きつけのバーで
カウンター越しのマスターに語っていたところ、
たまたま隣に居合わせたお客から
「それはまさにペップトークですな」
という言葉が返ってきた。
ペップトークとはスポーツの試合前に監督やコーチが
選手を励ますために行う短い激励のスピーチ。
Pepとは英語で、元気・活気・活力という意味がある。
その男性の趣味は草野球だという。
例えば、バッターボックスに向かう選手に
「低めに手を出すな」と伝えるのと
「好きな球を狙っていけ」というのでは結果がまるで違ってくる。
当然、良い結果を生み出すのは後者だ。
「ミスしてはいけない」という気持ちが
かえって失敗に繋がってしまうことは、ぼくも実感としてよくわかる。
「ミスするな」の代わりに「丁寧にいこう」
「逃げるな」ではなく「前に進め」
というのがペップトークの流儀。
ひょっとしてうちの師匠もペップトークを意識していたのだろうか。
なかでも究極は、ぼくが同期に先に越されて
ひどく落ち込んでいた時にかけてくれたこの言葉。
ヒーローちゅうもんはな、
最初必ず挫折しよんねん。
▶過去ブログ「ヒーローの条件」
おかげでぼくは広い道を歩きつつ、
落語家を辞めずにいる。そして、今もヒーローを夢見ている。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
※花團治公式サイトはこちらをクリック!
失敗したということは
それだけ広い道を
歩くことになるんやから。
誰が言ったか忘れたがそんな言葉を覚えている。
ぼくもうちの師匠(先代桂春蝶)から
「失敗するな」という言い方をされたことがなかった。
「あれはダメ」「これはするな」と言われたことも記憶がない。
その代わりよく言われたのは
「常にアクションをせい!」だった。

先代春蝶の写真を挟んで、左が現・春蝶、右がぼく。(撮影:相原正明)
ぼくの初高座は弟子入りしてわずか半年後のこと。
ほとんどの咄家は50名も入ればいっぱいになるような
小さな会場で初高座を迎えているが、
ぼくの場合は師匠の判断であえて1000人は入ろうかという
大ホールでのデビューとなった。師匠の独演会である。
それまで味わったことのない拍手の波に挑むように、
ぼくはその大舞台に立った。座布団に座ってふと顔を上げた時、
ぼくの目に飛び込んできたのは高座を照らす大きなライトの光。
おかげで目の前は真っ黄色。ようやくその照明に目が慣れた頃、
ぼくの目に映ったのはいかにもつまらなさそうに
ぼくを見つめる男性の顔だったことは今でも忘れられない。
後でこの時の音源を聞いてみると、お世辞にも上手いとは言えないが、
初高座にしてはなかなか堂々とした話しぶりだった。

桂花團治(撮影:坂東剛志)
高座を終えて楽屋に戻ってきた時、
師匠のマネージャーのO氏が師匠にこう言った。
「初高座をこんな大舞台で堂々と演るなんて、
こいつは心臓に毛が生えてますな」。
しかし、これには伏線があって、ぼくの初高座に対し
最後まで反対していたのはこのO氏だった。
「まだ高座にも上がってない奴が、
師匠の大切な大舞台に出てコケ(失敗)たらどないすんねん。
師匠のことを大事と思うなら、君の方から断らんかい!」。
ぼくもO氏の言うことは尤もだと一旦は辞退を申し出たのだが、
師匠は「わしが決めたことやから堂々と出たらいい」と言ってくれた。
そんな経緯があったものだから、
当日はできるだけO氏と目を合わせないようにしていた。
ただでさえ大舞台のプレッシャーに潰されそうになっているというのに、
O氏の「お前、大丈夫か」「ホンマに出る気か」という視線が冷たく突き刺さった。
ちなみに、この時チラシにぼくの名前は記載されておらず、
もしその時出演を取りやめたとしても何の障りもなかった。

桂花團治(撮影:坂東剛志)
いよいよ出番というその直前、師匠がぼくの耳元でこうささやいた。
あのな、ウケようとか
上手にやろうなんて考えるなよ。
・・・かわいい奴やなぁでも、
元気な奴やなぁでも、
何でもかめへん。
何か印象をひとつだけ残せたら、
今日はそれで良しや!
ぼくは師匠のこの言葉に救われた。
もし、あの時「台詞を間違うなよ」とか、
「ちゃんと笑いを取らなあかんで」などと言われてたら、
余計にガチガチになって高座の上できっと絶句していただろう。

桂花團治(撮影:こいけなおこ)
……そんな思い出を行きつけのバーで
カウンター越しのマスターに語っていたところ、
たまたま隣に居合わせたお客から
「それはまさにペップトークですな」
という言葉が返ってきた。
ペップトークとはスポーツの試合前に監督やコーチが
選手を励ますために行う短い激励のスピーチ。
Pepとは英語で、元気・活気・活力という意味がある。
その男性の趣味は草野球だという。
例えば、バッターボックスに向かう選手に
「低めに手を出すな」と伝えるのと
「好きな球を狙っていけ」というのでは結果がまるで違ってくる。
当然、良い結果を生み出すのは後者だ。
「ミスしてはいけない」という気持ちが
かえって失敗に繋がってしまうことは、ぼくも実感としてよくわかる。
「ミスするな」の代わりに「丁寧にいこう」
「逃げるな」ではなく「前に進め」
というのがペップトークの流儀。
ひょっとしてうちの師匠もペップトークを意識していたのだろうか。
なかでも究極は、ぼくが同期に先に越されて
ひどく落ち込んでいた時にかけてくれたこの言葉。
ヒーローちゅうもんはな、
最初必ず挫折しよんねん。
▶過去ブログ「ヒーローの条件」
おかげでぼくは広い道を歩きつつ、
落語家を辞めずにいる。そして、今もヒーローを夢見ている。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
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