228.あの娘を好きになったワケ~態は口ほどにモノを言う~
ずいぶん前の話になるが、俳優スクールで授業をしていた時のこと。
マンツーマンではなく大勢を相手に
落語の台詞を口移しで稽古をつけていた。
その時、ぼくはある一人の女子学生の佇まいが
気になって仕方がなかった。
全員正坐をしていたのだが、
彼女の様子はまるでコンビニの前で深夜たむろしているような、
ぼくの目にはかなりダラしない姿に映った。
腰骨も後ろに倒れ、しかも身体が横に歪んでいるような恰好だった。
「やる気のなさを身体で表現してみよ」と言われれば
きっとこうなるであろう。
愛らしい顔立ちなのにもったいないと感じたぼくは、
彼女に腰骨を立てて正坐するよう指導した
(よく『背筋を伸ばせ』という人がいるがあれはどうもいただけない。
肩など余計なところに力が入り不自然な姿勢になるからだ)。
腰骨を立て、顎を少し引き気味にした彼女は
それだけでずいぶん印象が変わった。
一番驚いていたのは周囲にいた学生たちで、
特に男子がどよめいた。
以来、彼女は自信をつけたのか
日を追うごとに変化していった。
後日、「アドバイスのおかげでオーデションに受かりました」という
嬉しい言葉をもらった。

声優スクールでの授業風景
落語はご承知の通り、一人で
何人もの登場人物を描き分けてストーリーを展開していくが、
人物の描き分けは台詞の言い回しに限ったことではなく、
ちょっとした姿勢や所作がモノを言う。
武士であれば、腰骨を立てた状態で
両手を正坐した足の付け根に近いところに横に向けて置く。
そうすることで肘を張った形になり、
ちょっと威張ったような感じになる。
出入りの職人さんなら、膝頭のあたりで
足と足の間に手を滑り込ませるように置けば、
自然と前屈みになりいかにも木股を履いた感じに見える。
丁稚なれば身体を前に倒し、手慰みをしながら上目遣いで相手を見る。
商家の御寮人は腰骨を立てた方が凛と映って「らしく」なる。
落語というものはステレオタイプとデフォルメ
で成り立っているのだ。

小学校で落語体験講座
落語家の多くが日本舞踊を習うのは、
こういった「態」の感覚を身につけるためでもある。
例えば、女性の演じる方ひとつ取っても
「相手に胸を当てにいくように歩いてごらん」というアドバイスひとつで
うんと色っぽく化けたりもする。

上方落語協会「西川梅十三門弟会」繁昌亭にて
後列中央がぼく
また、気持ち穏やかな時とそうでない時の態の違い。
中身がないのに態度ばかりデカい人の態。
ファッションや身だしなみ以外の外見を落語は「態」によって表現していく。
高座では見られる側の我々落語家も、
客席のお客の表情や姿をしっかり観察している。
大勢のなかにそこだけポッと灯りが灯ったように見えるのは、
決まって姿勢の美しい女性だ。
なかには自宅のリビングでくつろいでいるような、
椅子から少しはみ出してだらけているおじさんも目につくが、
そういうのはこちらのモチベーションが下がりそうなので
そこは出来るだけ見ないようにしている(とはいえ、
実は気になって仕方がないのだが)。

東京・国立演芸場にて(撮影:相原正明)
ぼくが今の女房に惹かれたのは、
ある仕事で共に電車移動している時だった。
何気に腰掛ける姿勢の美しさに惚れたのだ。
聞けば、彼女も以前はだらけて座っていたらしいが、
ある時、目の前に座る女性の姿勢のだらしなさが目について、
ふと自身はどうかと振り返ったのだという。
よくぞ気がついた!
「人は見かけによらない」という言葉は、
言い換えれば「人は見かけで判断している」ということ。
見かけは顔かたちや髪型、服装に限らない。
時には顔より雄弁になる“態”。
ぼくの態は周りに何を語っているだろうか。
知りたいような、怖いような……。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

▶「ねやがわ語楽舞」の詳細はこちらの「花團治公演情報」をクリック!

▶「西川梅十三門弟会」の詳細をこちらの「花團治公演情報」をクリック!

▶「花團治・文華ふたり会」の詳細はこちらの「花團治公演情報」をクリック!
◆花團治公式サイトはこちらをクリック!
マンツーマンではなく大勢を相手に
落語の台詞を口移しで稽古をつけていた。
その時、ぼくはある一人の女子学生の佇まいが
気になって仕方がなかった。
全員正坐をしていたのだが、
彼女の様子はまるでコンビニの前で深夜たむろしているような、
ぼくの目にはかなりダラしない姿に映った。
腰骨も後ろに倒れ、しかも身体が横に歪んでいるような恰好だった。
「やる気のなさを身体で表現してみよ」と言われれば
きっとこうなるであろう。
愛らしい顔立ちなのにもったいないと感じたぼくは、
彼女に腰骨を立てて正坐するよう指導した
(よく『背筋を伸ばせ』という人がいるがあれはどうもいただけない。
肩など余計なところに力が入り不自然な姿勢になるからだ)。
腰骨を立て、顎を少し引き気味にした彼女は
それだけでずいぶん印象が変わった。
一番驚いていたのは周囲にいた学生たちで、
特に男子がどよめいた。
以来、彼女は自信をつけたのか
日を追うごとに変化していった。
後日、「アドバイスのおかげでオーデションに受かりました」という
嬉しい言葉をもらった。

声優スクールでの授業風景
落語はご承知の通り、一人で
何人もの登場人物を描き分けてストーリーを展開していくが、
人物の描き分けは台詞の言い回しに限ったことではなく、
ちょっとした姿勢や所作がモノを言う。
武士であれば、腰骨を立てた状態で
両手を正坐した足の付け根に近いところに横に向けて置く。
そうすることで肘を張った形になり、
ちょっと威張ったような感じになる。
出入りの職人さんなら、膝頭のあたりで
足と足の間に手を滑り込ませるように置けば、
自然と前屈みになりいかにも木股を履いた感じに見える。
丁稚なれば身体を前に倒し、手慰みをしながら上目遣いで相手を見る。
商家の御寮人は腰骨を立てた方が凛と映って「らしく」なる。
落語というものはステレオタイプとデフォルメ
で成り立っているのだ。

小学校で落語体験講座
落語家の多くが日本舞踊を習うのは、
こういった「態」の感覚を身につけるためでもある。
例えば、女性の演じる方ひとつ取っても
「相手に胸を当てにいくように歩いてごらん」というアドバイスひとつで
うんと色っぽく化けたりもする。

上方落語協会「西川梅十三門弟会」繁昌亭にて
後列中央がぼく
また、気持ち穏やかな時とそうでない時の態の違い。
中身がないのに態度ばかりデカい人の態。
ファッションや身だしなみ以外の外見を落語は「態」によって表現していく。
高座では見られる側の我々落語家も、
客席のお客の表情や姿をしっかり観察している。
大勢のなかにそこだけポッと灯りが灯ったように見えるのは、
決まって姿勢の美しい女性だ。
なかには自宅のリビングでくつろいでいるような、
椅子から少しはみ出してだらけているおじさんも目につくが、
そういうのはこちらのモチベーションが下がりそうなので
そこは出来るだけ見ないようにしている(とはいえ、
実は気になって仕方がないのだが)。

東京・国立演芸場にて(撮影:相原正明)
ぼくが今の女房に惹かれたのは、
ある仕事で共に電車移動している時だった。
何気に腰掛ける姿勢の美しさに惚れたのだ。
聞けば、彼女も以前はだらけて座っていたらしいが、
ある時、目の前に座る女性の姿勢のだらしなさが目について、
ふと自身はどうかと振り返ったのだという。
よくぞ気がついた!
「人は見かけによらない」という言葉は、
言い換えれば「人は見かけで判断している」ということ。
見かけは顔かたちや髪型、服装に限らない。
時には顔より雄弁になる“態”。
ぼくの態は周りに何を語っているだろうか。
知りたいような、怖いような……。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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