229.左利きが抱えるもの~”甘夏とオリオン”の世界にたゆたう~
かつて左利きは縁起が悪いとされ、
矯正するべきという考え方が当たり前だった。
今もご年輩のなかには左利きの者に対して
「何で親は治さなかったのか」と
半ば憐れむような言い方をする人がいる。
かくいうぼくも元は左利きだった。
ぼくの母は血を見るのが
何よりも怖かったぼくの左手の甲にヨードチンキを塗りつけ、
なるべくぼくに左手を使わせないようにした。
その結果、ぼくはペンやお箸を持つ手は右利きになった。
しかし、消しゴムを使うのはなぜか左手でないと消せないし、
何か新しいことを始めるときも自然と左利きになってしまう。
例えば初めて野球のバッターボックスに立ったときがそうだった。
級友から「お前、ひょっとしてぎっちょ(左利き)か?」と
からかわれたことを覚えている。あまり良い気はしなかった。
今では身体的特徴を揶揄しているという理由から
「ぎっちょ」という言葉は放送禁止用語である。
しかし、左利きは日本では今もマイノリティ(社会的少数者)だ。
自動販売機や自動改札、トイレ…
街で見かけるあらゆるものが右利き用にできている。

筆者(撮影:坂東剛志)
最近刊行された本で『甘夏とオリオン』という小説がある。
女性落語家が女性ゆえにその偏見と闘いながら成長していく物語だ。

この小説ではいくつかの落語がモチーフとして使われていて、
そのひとつに『一文笛』という咄がある。
スリの腕前だけでなく、弁でも騙し上手な秀は
仲間内からも一目置かれている。
貧乏長屋の駄菓子屋で子どもたちが
一文笛を買い求めてはしゃいでいるなか、
それすら買えない男の子を不憫に思った秀は、
その姿に自分の幼い頃を重ね、
思わずその一文笛を駄菓子屋からくすねて
男の子の懐に入れてやった。
それが元でその子は泥棒と間違えられ、
ついには井戸に身を投げ意識不明の重体。
責任を感じた秀は「スリを廃業しよう」と
右手の人差し指と薬指を匕首で切断してしまう。
後日、寝たきりの子どもを助けるには大金が必要と聞いた秀は、
医者から財布を抜き取って兄貴分のもとへ。
「兄貴、この金を使ってくれ」
「スリにとって大事な指を落としながら、よくもそれだけの仕事ができたな」
「わい、ぎっちょやねん」。
……子どもの左利きを矯正することが当たり前だった時代に、
親から何ら治されることもなかった秀の「ぎっちょ」。
それは彼が底辺の世界にいたということを示している、
と著者の増山実氏は主人公の甘夏に言わせている。

『甘夏とオリオン』著者の増山実氏(右)とぼく
これはぼくの勝手な推測だが、
秀はその「ぎっちょ」ゆえにスリ名人になれたのかも知れない。
着物の形状からいっても左利きの方が有利だ。
それに、秀という男は言葉巧みに人を操る名人。
最下層の民から芸能が生まれたように、
世間一般から少し外れたところにいるからこそ人と違った見方が生まれ、
洞察力にも長けていったのではないだろうか。
もちろん「スリ名人」は褒められたものではないが、
過酷な出自を乗り越えて、したたかに、しなやかに生きる秀の姿に、
数ある上方落語の中でも
ひときわ魅力あるキャラクターになっているように思われるのは、
ぼくが「ぎっちょ仲間」だからだろうか。
ぼくの娘は現在1歳8か月で、最近になっていたずら描きをするようになった。
その手がいつも左利きだ。
さて、これは矯正するべきか。今、本気で悩んでいる。

大阪城公園を走るわが愛娘
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
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矯正するべきという考え方が当たり前だった。
今もご年輩のなかには左利きの者に対して
「何で親は治さなかったのか」と
半ば憐れむような言い方をする人がいる。
かくいうぼくも元は左利きだった。
ぼくの母は血を見るのが
何よりも怖かったぼくの左手の甲にヨードチンキを塗りつけ、
なるべくぼくに左手を使わせないようにした。
その結果、ぼくはペンやお箸を持つ手は右利きになった。
しかし、消しゴムを使うのはなぜか左手でないと消せないし、
何か新しいことを始めるときも自然と左利きになってしまう。
例えば初めて野球のバッターボックスに立ったときがそうだった。
級友から「お前、ひょっとしてぎっちょ(左利き)か?」と
からかわれたことを覚えている。あまり良い気はしなかった。
今では身体的特徴を揶揄しているという理由から
「ぎっちょ」という言葉は放送禁止用語である。
しかし、左利きは日本では今もマイノリティ(社会的少数者)だ。
自動販売機や自動改札、トイレ…
街で見かけるあらゆるものが右利き用にできている。

筆者(撮影:坂東剛志)
最近刊行された本で『甘夏とオリオン』という小説がある。
女性落語家が女性ゆえにその偏見と闘いながら成長していく物語だ。

この小説ではいくつかの落語がモチーフとして使われていて、
そのひとつに『一文笛』という咄がある。
スリの腕前だけでなく、弁でも騙し上手な秀は
仲間内からも一目置かれている。
貧乏長屋の駄菓子屋で子どもたちが
一文笛を買い求めてはしゃいでいるなか、
それすら買えない男の子を不憫に思った秀は、
その姿に自分の幼い頃を重ね、
思わずその一文笛を駄菓子屋からくすねて
男の子の懐に入れてやった。
それが元でその子は泥棒と間違えられ、
ついには井戸に身を投げ意識不明の重体。
責任を感じた秀は「スリを廃業しよう」と
右手の人差し指と薬指を匕首で切断してしまう。
後日、寝たきりの子どもを助けるには大金が必要と聞いた秀は、
医者から財布を抜き取って兄貴分のもとへ。
「兄貴、この金を使ってくれ」
「スリにとって大事な指を落としながら、よくもそれだけの仕事ができたな」
「わい、ぎっちょやねん」。
……子どもの左利きを矯正することが当たり前だった時代に、
親から何ら治されることもなかった秀の「ぎっちょ」。
それは彼が底辺の世界にいたということを示している、
と著者の増山実氏は主人公の甘夏に言わせている。

『甘夏とオリオン』著者の増山実氏(右)とぼく
これはぼくの勝手な推測だが、
秀はその「ぎっちょ」ゆえにスリ名人になれたのかも知れない。
着物の形状からいっても左利きの方が有利だ。
それに、秀という男は言葉巧みに人を操る名人。
最下層の民から芸能が生まれたように、
世間一般から少し外れたところにいるからこそ人と違った見方が生まれ、
洞察力にも長けていったのではないだろうか。
もちろん「スリ名人」は褒められたものではないが、
過酷な出自を乗り越えて、したたかに、しなやかに生きる秀の姿に、
数ある上方落語の中でも
ひときわ魅力あるキャラクターになっているように思われるのは、
ぼくが「ぎっちょ仲間」だからだろうか。
ぼくの娘は現在1歳8か月で、最近になっていたずら描きをするようになった。
その手がいつも左利きだ。
さて、これは矯正するべきか。今、本気で悩んでいる。

大阪城公園を走るわが愛娘
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
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