231.黒子に魅せられて~家とブロマイドとぼく~
イズム - 2020年04月04日 (土)
歌舞伎の「黒子」は、役者の後ろの方で、
姿勢を低くして目立たぬように早変わりのサポートをしたり、
小道具を渡したり…。
全身を黒で包んで現れているものは、
「存在しないことにする」という約束事。
客も「見えていないもの」として見ている。
一昨年からぼくの落語教室に通ってくるある男性は、
45歳前後だろうか、ぼくより確か一回りほど年下である。
飄々とした雰囲気で、演じる落語も可笑しみに溢れている。
「笑わせてやろう」とか「聞かせてやろう」という
押し付けや我欲がまるでなく、
その油の抜けた感が彼の魅力に繋がっている。
聞けば、彼は数名のスタッフを抱える写真スタジオの経営者で、
彼自身カメラマンだという。

ブロマイド撮影現場
ぼくのなかで写真家といえば、
土門拳、篠山紀信、荒木経惟…といった
個性的な面々を思い浮かべてしまうが、
彼はそのどれにも当てはまらなかった。
ある時、ぼくは彼に
「“どんな写真を撮りたい”とかある?」
と聞いてみると、
彼はやはりいつものように飄々と
「いやぁそれがあんまりないんですよ」と応えた。
ぼくのなかで彼と、
彼の作品に対する興味がますます膨れ上がり、
去年の暮れ、
年賀状に使うぼくのブロマイド写真の撮影を依頼した。
その打ち合わせの段になって、
初めて彼は自分が撮影したという数冊の写真集を見せてくれた。
しかし、その表紙に彼の名前はなく
冊子の末尾に撮影スタッフとして小さく名前が記されているだけ。
その被写体は日本中の誰もが知っている劇団の女優だった。
そんな彼はぼくと打ち合わせをしながら、
「花團治は人からどう見られたいのか」
「どう撮ればこの人は活きるのか」を探っていた。
彼が言った
「どういう写真を撮りたいとか、あんまりないんですよ」
と言った言葉の真意が見えたような気がした。
彼は写真家として黒子に徹していた。

今年の年賀状
ところで、ぼくはこのたび
女房の実家の一階を間借りして住むことになった。
元々事務所として使用していたスペースだったので、
住居用にリノベーションする必要があった。
それでいくつか施工会社を当たってみて、
これはと思うところを選んだ。
決めた理由は納期の問題も大きかったが、
その会社のオフィスのセンスや
そこで働くスタッフの雰囲気や応対が決め手だった。
特に最初のヒアリングを担当してくれた代表の方など、
着ているものから持ち物、
爪の先まで存在自体がおもてなしのような人だった。
現場は若いスタッフに引き継がれることになったが、
彼らも一貫して代表同様、聴き上手、相槌上手で
「寄り添ってくれてるなぁ」という印象を持った。
もちろん言いなりで動いているわけではなく、
こちらの想像を超えた多くの提案もしてくれた。

「こういうのもあるんですが…」とさりげなく示された門灯は、
ぼくの一門の紋である「花菱」だった。
写真家もリノベーション会社もプロとしての黒子だった。
自身の主義や主張にとらわれるあまり、
クライアントの思いとかけ離れてしまう職人や
業者をたくさん見てきたが、
このたびは両者とも見事に寄り添ってくれて心より感謝している。
だからだろうか、最近は歌舞伎を観ながら
「黒子」にばかり目がいってしまうぼくである。

この春から女房の実家の一階を間借りして、マスオさんすることになりました。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
※花團治公式サイトはこちらをクリック!
姿勢を低くして目立たぬように早変わりのサポートをしたり、
小道具を渡したり…。
全身を黒で包んで現れているものは、
「存在しないことにする」という約束事。
客も「見えていないもの」として見ている。
一昨年からぼくの落語教室に通ってくるある男性は、
45歳前後だろうか、ぼくより確か一回りほど年下である。
飄々とした雰囲気で、演じる落語も可笑しみに溢れている。
「笑わせてやろう」とか「聞かせてやろう」という
押し付けや我欲がまるでなく、
その油の抜けた感が彼の魅力に繋がっている。
聞けば、彼は数名のスタッフを抱える写真スタジオの経営者で、
彼自身カメラマンだという。

ブロマイド撮影現場
ぼくのなかで写真家といえば、
土門拳、篠山紀信、荒木経惟…といった
個性的な面々を思い浮かべてしまうが、
彼はそのどれにも当てはまらなかった。
ある時、ぼくは彼に
「“どんな写真を撮りたい”とかある?」
と聞いてみると、
彼はやはりいつものように飄々と
「いやぁそれがあんまりないんですよ」と応えた。
ぼくのなかで彼と、
彼の作品に対する興味がますます膨れ上がり、
去年の暮れ、
年賀状に使うぼくのブロマイド写真の撮影を依頼した。
その打ち合わせの段になって、
初めて彼は自分が撮影したという数冊の写真集を見せてくれた。
しかし、その表紙に彼の名前はなく
冊子の末尾に撮影スタッフとして小さく名前が記されているだけ。
その被写体は日本中の誰もが知っている劇団の女優だった。
そんな彼はぼくと打ち合わせをしながら、
「花團治は人からどう見られたいのか」
「どう撮ればこの人は活きるのか」を探っていた。
彼が言った
「どういう写真を撮りたいとか、あんまりないんですよ」
と言った言葉の真意が見えたような気がした。
彼は写真家として黒子に徹していた。

今年の年賀状
ところで、ぼくはこのたび
女房の実家の一階を間借りして住むことになった。
元々事務所として使用していたスペースだったので、
住居用にリノベーションする必要があった。
それでいくつか施工会社を当たってみて、
これはと思うところを選んだ。
決めた理由は納期の問題も大きかったが、
その会社のオフィスのセンスや
そこで働くスタッフの雰囲気や応対が決め手だった。
特に最初のヒアリングを担当してくれた代表の方など、
着ているものから持ち物、
爪の先まで存在自体がおもてなしのような人だった。
現場は若いスタッフに引き継がれることになったが、
彼らも一貫して代表同様、聴き上手、相槌上手で
「寄り添ってくれてるなぁ」という印象を持った。
もちろん言いなりで動いているわけではなく、
こちらの想像を超えた多くの提案もしてくれた。

「こういうのもあるんですが…」とさりげなく示された門灯は、
ぼくの一門の紋である「花菱」だった。
写真家もリノベーション会社もプロとしての黒子だった。
自身の主義や主張にとらわれるあまり、
クライアントの思いとかけ離れてしまう職人や
業者をたくさん見てきたが、
このたびは両者とも見事に寄り添ってくれて心より感謝している。
だからだろうか、最近は歌舞伎を観ながら
「黒子」にばかり目がいってしまうぼくである。

この春から女房の実家の一階を間借りして、マスオさんすることになりました。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
※花團治公式サイトはこちらをクリック!
- 関連記事
-
- 232.祝うて三度でご出棺~別れの言葉はサヨナラじゃなくて~ (2020/05/08)
- 231.黒子に魅せられて~家とブロマイドとぼく~ (2020/04/04)
- 123.落語のすすめ~きたまえ亭コラム全12編~ (2014/12/30)
- 106.桂春駒兄貴を偲んで~ツンデレの人~ (2014/03/18)