233.神様・仏様・アマビエ様~よくもわるくも妖怪のせい~
「トイレの神様」という歌がヒットしたのはちょうど10年前のこと。
「トイレには、それはキレイな女神様がいるんやで。
だから毎日キレイにしたら別嬪さんになれるんやで」
という歌詞は今もふと口ずさんでしまう。
この曲がヒットしている頃、
ぼくは講師を務める夜間高校での授業のなかでこれを話題にした。
「神事と芸能」を講義するうえでこれほどタイムリーなツカミはなかった。
しかし、このとき一人の女子学生がふっと笑みを浮かべながら
ぼくにこう言った。
「先生、その考えはクレージーね。
神様は一人に決まってるじゃないですか」
彼女はフィリピン人で敬虔なキリスト教信者だった。
もちろん同じキリスト教でも宗派によって考え方はいろいろあろうが、
彼女の信仰からすれば
世の中のあらゆるものに神が宿っているという
「八百万(やおよろず)の神」といった考え方は受け入れがたいものだった。
このとき、ぼくは
「国や宗教によって文化や思想が異なる」
ということを改めて感じ入った。

ぼくの出講する夜間高校には、10代から70代、国籍も様々な学生たちが集っている。
授業はいつも対話で進めていくのが基本だ。もう20年以上も続けさせてもらっている。
世の中のあらゆるものに神を感じ奉るのは
日本の信仰心のあつさだと誇る向きもあろうが、
その半面、日本人は
人知を超えた災害の責任を
神に押し付けてきた。
神であれば祀る対象だが、
時にはその役割を恐ろしく醜い妖怪に押し付け、忌避の対象にしてきた。
河川の反乱は河童のせいだし、
平安時代に起こった天変地異は
非業の死を遂げた菅原道真の怨霊の祟りだと決めつけた。
また、幼い頃にぼくは
「夜に口笛を吹くと蛇のお化けが出る」と親に脅かされた。
最近になって知ったことだが、
これはかつて日本で人身売買が行われていたことに由来している。
夜中の口笛が売人を招くことから、
お化けに濡れ衣を着せて子供の行為を阻止した。
「ゲゲゲの鬼太郎」の作者としても知られる水木しげる先生は、
『日本妖怪大全』という本のなかで
「加牟波理入道」(かんぱりにゅうどう)という妖怪を
便所の神として紹介している。

水木先生は子どもの頃、
「便所には神様がいるから、帽子をかぶって入ってはいけない」と言われた。
ただ、当時はどこもいわゆるボットン便所で、
下を向いた時に帽子を落としかねない。
妖怪云々関係なしに、帽子をかぶって入るべきではなかったであろう。
妖怪やお化けは
道徳やマナーを守らせるため、
あるいは警告のためのツールでもあった。

今、一番脚光を浴びている妖怪といえばご存じ「アマビエ」。
「アマビエ」という妖怪をイラストや人形やアニメ、ダンス、和菓子など
様々にアレンジして発信するという「アマビエチャレンジ」が流行っている。
つんと尖った口元、長い髪の毛、鱗が胴を覆っているこの妖怪は
江戸時代の文献に残っている。
肥後国では夜ごと海に光りものが現れるというので、
役人が出向いたところ、
「アマビエ」と名乗る妖怪が出現してこのように告げた。
「当年より6年間、
諸国では豊作が続くであろう。
しかし同時に疫病が流行するから、
私の姿を描き写した絵を
人々に早々に見せよ」

サイトで「アマビエチャレンジ」と検索すると、
驚くほど多くのアマビエにお目にかかれる。
おどろおどろしい作品もあるがその多くは見ていて楽しい。
多くの人は「アマビエ」がコロナウイルスを終息させてくれるとは思っていないだろうが、
人々の不安をほんの少しかも知れないが和らげてくれていることは確かだ。
こんな使われ方ならアマビエも大歓迎だろう。
神様、仏様、アマビエ様、どうか早くコロナ禍を鎮めてください…おっと、
何にでも節操なく頼るのも日本人の特性だ。(了)

熊本に住む友人が送ってくれたアマビエ様(イラスト:飯川晃章)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

※「花團治の会」詳しくはこちらのURLをクリック!
※花團治公式サイトはこちら
「トイレには、それはキレイな女神様がいるんやで。
だから毎日キレイにしたら別嬪さんになれるんやで」
という歌詞は今もふと口ずさんでしまう。
この曲がヒットしている頃、
ぼくは講師を務める夜間高校での授業のなかでこれを話題にした。
「神事と芸能」を講義するうえでこれほどタイムリーなツカミはなかった。
しかし、このとき一人の女子学生がふっと笑みを浮かべながら
ぼくにこう言った。
「先生、その考えはクレージーね。
神様は一人に決まってるじゃないですか」
彼女はフィリピン人で敬虔なキリスト教信者だった。
もちろん同じキリスト教でも宗派によって考え方はいろいろあろうが、
彼女の信仰からすれば
世の中のあらゆるものに神が宿っているという
「八百万(やおよろず)の神」といった考え方は受け入れがたいものだった。
このとき、ぼくは
「国や宗教によって文化や思想が異なる」
ということを改めて感じ入った。

ぼくの出講する夜間高校には、10代から70代、国籍も様々な学生たちが集っている。
授業はいつも対話で進めていくのが基本だ。もう20年以上も続けさせてもらっている。
世の中のあらゆるものに神を感じ奉るのは
日本の信仰心のあつさだと誇る向きもあろうが、
その半面、日本人は
人知を超えた災害の責任を
神に押し付けてきた。
神であれば祀る対象だが、
時にはその役割を恐ろしく醜い妖怪に押し付け、忌避の対象にしてきた。
河川の反乱は河童のせいだし、
平安時代に起こった天変地異は
非業の死を遂げた菅原道真の怨霊の祟りだと決めつけた。
また、幼い頃にぼくは
「夜に口笛を吹くと蛇のお化けが出る」と親に脅かされた。
最近になって知ったことだが、
これはかつて日本で人身売買が行われていたことに由来している。
夜中の口笛が売人を招くことから、
お化けに濡れ衣を着せて子供の行為を阻止した。
「ゲゲゲの鬼太郎」の作者としても知られる水木しげる先生は、
『日本妖怪大全』という本のなかで
「加牟波理入道」(かんぱりにゅうどう)という妖怪を
便所の神として紹介している。

水木先生は子どもの頃、
「便所には神様がいるから、帽子をかぶって入ってはいけない」と言われた。
ただ、当時はどこもいわゆるボットン便所で、
下を向いた時に帽子を落としかねない。
妖怪云々関係なしに、帽子をかぶって入るべきではなかったであろう。
妖怪やお化けは
道徳やマナーを守らせるため、
あるいは警告のためのツールでもあった。

今、一番脚光を浴びている妖怪といえばご存じ「アマビエ」。
「アマビエ」という妖怪をイラストや人形やアニメ、ダンス、和菓子など
様々にアレンジして発信するという「アマビエチャレンジ」が流行っている。
つんと尖った口元、長い髪の毛、鱗が胴を覆っているこの妖怪は
江戸時代の文献に残っている。
肥後国では夜ごと海に光りものが現れるというので、
役人が出向いたところ、
「アマビエ」と名乗る妖怪が出現してこのように告げた。
「当年より6年間、
諸国では豊作が続くであろう。
しかし同時に疫病が流行するから、
私の姿を描き写した絵を
人々に早々に見せよ」

サイトで「アマビエチャレンジ」と検索すると、
驚くほど多くのアマビエにお目にかかれる。
おどろおどろしい作品もあるがその多くは見ていて楽しい。
多くの人は「アマビエ」がコロナウイルスを終息させてくれるとは思っていないだろうが、
人々の不安をほんの少しかも知れないが和らげてくれていることは確かだ。
こんな使われ方ならアマビエも大歓迎だろう。
神様、仏様、アマビエ様、どうか早くコロナ禍を鎮めてください…おっと、
何にでも節操なく頼るのも日本人の特性だ。(了)

熊本に住む友人が送ってくれたアマビエ様(イラスト:飯川晃章)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

※「花團治の会」詳しくはこちらのURLをクリック!
※花團治公式サイトはこちら
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