236.ヴィバルディの”虫のこえ”~さて鈴虫は何と鳴く?~
小学一年生の頃、
ぼくは福岡県那珂川にある岩戸小学校に通っていた。
親の転勤ですぐに大阪に越してしまったが、
ぼくのなかで日本の原風景は
今もこのときの想い出のなかにある。
ぬかるんだ田んぼのあぜ道を歩いたり、
夏場はカチコチに乾いた肥溜めの上を
根性試しと称して踏んでみたり…、
確かに春の小川はさらさら流れていた。
あれ松虫が鳴いている チンチロ チンチロ チンチロリン
あれ鈴虫も泣き出した リンリン リンリン リーンリン
秋の夜長を鳴きとおす ああおもしろい虫の声

筆者(撮影:坂東剛志)
「『虫のこえ』ほど日本らしい唱歌はない」という話を聞いた。
「虫の鳴き声を声と聴くのは
日本人だけ」 らしい。
いろいろ調べてみると
東京医科歯科大学の角田忠信教授の著書『日本人の脳』に詳しかった。
角田教授によると、その原因は日本人と西洋人の脳の役割の違いにあるという。
人間の右脳は「音楽脳」とも呼ばれ、
音楽や機械音、雑音を処理するのに対し、
左脳は「言語脳」と呼ばれ、
人間の話す声の理解など論理的知的な処理する。
…と、ここまでは日本人も西洋人も一緒だが、
日本人が「言語脳」で
虫の声を聴くのに対し、
西洋人はこれを
「音楽脳」で処理している。
それで西洋人には松虫のチンチロリンが分からず、
ただの雑音にしか聞こえないのだという。
また、虫の声を言語脳で聴くのは
ハワイやニューギニアに多く住むポリネシア民族にもみられるらしく、
「使用言語に子音で終わる単語がない」という点においても
彼らと日本人は一致している。
そういえば、ウクレレ教室のオーナーをやっている知人が
「ハワイアンの歌はカタカナ表記しやすい」と言っていた。

ところで今、ヴィバルディの「四季」を聴きながらこの原稿を書いている。
実はこの秋に開催される「日本とヴィバルディの四季」というコンサートで、
ぼくはそのナビゲータをすることになったのだ。
しかし正直なところ、ぼくにとってクラシック音楽は全くの門外漢。
ヴィバルディの「四季」だって
冒頭のチャ―チャーチャーチャララ~♪ぐらいしか印象になく、
改めて全編通して聴いたヴィバルディの「四季」はかなり衝撃的だった。
春は穏やかな光景から一変していきなりの豪雨。
夏はいきなり雹から始まり、
ジメジメした小屋のなかでブヨやハエが飛び交う様子。
秋は収穫祭の賑わいから狩りの場面。
命からがら逃げ回る獲物とそれを追う犬。
冬は暖炉が鎮座する暖かい部屋から一歩外へ出ると極寒の様相。
辺り一面スケートリンクと化し、
少しでも油断すると足を滑らせ骨折しかねない。
穏やかな光景は嵐の前の静けさ。
ヴィバルディ「四季」はまさに自然の脅威そのものだった。
日本唱歌の「ピチピチチャプチャプ、ランランラン♪」とは程遠い。

嵐吹きて雲は落ち 時雨降りて日は落ちぬ
もし燈火の漏れ来ずば それと分かじ野辺の里
これは唱歌「冬景色」の三番の歌詞。
嵐のあとの氷雨まじりの陰鬱な空が
人家の灯りの温かさを際立たせている。
この曲から浮かび上がるのは
嵐の凄まじさではなく家庭団らんの幸せ。
もちろん日本人が自然の脅威を知らないわけではなく、
台風や地震、豪雨…イヤというほど身に沁みている。
それでも日本人はとかく自然を愛でようとする。
日本の「八百万の神」信仰と無関係ではなかろう。
ステレオタイプに過ぎるかもしれないが、
農耕民族で自然と共存する日本人と、
遊牧民族で自然と対峙する
ヨーロッパ人の感性の違いかもしれない。
冒頭に「西洋人には虫の声もただの騒音」という話を紹介したが、
ヴィバルディの「四季」においては
この“騒音”が良いアクセントになっている。
汚いブヨやハエの羽音や吹き荒れる雹、犬が泣き叫ぶ様を
ヴァイオリンやヴィオラといった弦楽器が激しく表現する。
日本の唱歌が描く自然とも対比しつつ聴けば、
ヴィバルディの「四季」は
音楽脳のみならず言語脳もいたく刺激してくれる。
自由な外出が制限され、“自然の声”が聞きとりにくい今、
音楽のなかで季節を愛でるのも一興ではなかろうか。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

※詳しくはここをクリックして
アゼリアホールサイトを
ご参照くださいませ。
◆花團治公式サイトは
ここをクリックして
ご覧くださいませ。
ぼくは福岡県那珂川にある岩戸小学校に通っていた。
親の転勤ですぐに大阪に越してしまったが、
ぼくのなかで日本の原風景は
今もこのときの想い出のなかにある。
ぬかるんだ田んぼのあぜ道を歩いたり、
夏場はカチコチに乾いた肥溜めの上を
根性試しと称して踏んでみたり…、
確かに春の小川はさらさら流れていた。
あれ松虫が鳴いている チンチロ チンチロ チンチロリン
あれ鈴虫も泣き出した リンリン リンリン リーンリン
秋の夜長を鳴きとおす ああおもしろい虫の声

筆者(撮影:坂東剛志)
「『虫のこえ』ほど日本らしい唱歌はない」という話を聞いた。
「虫の鳴き声を声と聴くのは
日本人だけ」 らしい。
いろいろ調べてみると
東京医科歯科大学の角田忠信教授の著書『日本人の脳』に詳しかった。
角田教授によると、その原因は日本人と西洋人の脳の役割の違いにあるという。
人間の右脳は「音楽脳」とも呼ばれ、
音楽や機械音、雑音を処理するのに対し、
左脳は「言語脳」と呼ばれ、
人間の話す声の理解など論理的知的な処理する。
…と、ここまでは日本人も西洋人も一緒だが、
日本人が「言語脳」で
虫の声を聴くのに対し、
西洋人はこれを
「音楽脳」で処理している。
それで西洋人には松虫のチンチロリンが分からず、
ただの雑音にしか聞こえないのだという。
また、虫の声を言語脳で聴くのは
ハワイやニューギニアに多く住むポリネシア民族にもみられるらしく、
「使用言語に子音で終わる単語がない」という点においても
彼らと日本人は一致している。
そういえば、ウクレレ教室のオーナーをやっている知人が
「ハワイアンの歌はカタカナ表記しやすい」と言っていた。

ところで今、ヴィバルディの「四季」を聴きながらこの原稿を書いている。
実はこの秋に開催される「日本とヴィバルディの四季」というコンサートで、
ぼくはそのナビゲータをすることになったのだ。
しかし正直なところ、ぼくにとってクラシック音楽は全くの門外漢。
ヴィバルディの「四季」だって
冒頭のチャ―チャーチャーチャララ~♪ぐらいしか印象になく、
改めて全編通して聴いたヴィバルディの「四季」はかなり衝撃的だった。
春は穏やかな光景から一変していきなりの豪雨。
夏はいきなり雹から始まり、
ジメジメした小屋のなかでブヨやハエが飛び交う様子。
秋は収穫祭の賑わいから狩りの場面。
命からがら逃げ回る獲物とそれを追う犬。
冬は暖炉が鎮座する暖かい部屋から一歩外へ出ると極寒の様相。
辺り一面スケートリンクと化し、
少しでも油断すると足を滑らせ骨折しかねない。
穏やかな光景は嵐の前の静けさ。
ヴィバルディ「四季」はまさに自然の脅威そのものだった。
日本唱歌の「ピチピチチャプチャプ、ランランラン♪」とは程遠い。

嵐吹きて雲は落ち 時雨降りて日は落ちぬ
もし燈火の漏れ来ずば それと分かじ野辺の里
これは唱歌「冬景色」の三番の歌詞。
嵐のあとの氷雨まじりの陰鬱な空が
人家の灯りの温かさを際立たせている。
この曲から浮かび上がるのは
嵐の凄まじさではなく家庭団らんの幸せ。
もちろん日本人が自然の脅威を知らないわけではなく、
台風や地震、豪雨…イヤというほど身に沁みている。
それでも日本人はとかく自然を愛でようとする。
日本の「八百万の神」信仰と無関係ではなかろう。
ステレオタイプに過ぎるかもしれないが、
農耕民族で自然と共存する日本人と、
遊牧民族で自然と対峙する
ヨーロッパ人の感性の違いかもしれない。
冒頭に「西洋人には虫の声もただの騒音」という話を紹介したが、
ヴィバルディの「四季」においては
この“騒音”が良いアクセントになっている。
汚いブヨやハエの羽音や吹き荒れる雹、犬が泣き叫ぶ様を
ヴァイオリンやヴィオラといった弦楽器が激しく表現する。
日本の唱歌が描く自然とも対比しつつ聴けば、
ヴィバルディの「四季」は
音楽脳のみならず言語脳もいたく刺激してくれる。
自由な外出が制限され、“自然の声”が聞きとりにくい今、
音楽のなかで季節を愛でるのも一興ではなかろうか。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

※詳しくはここをクリックして
アゼリアホールサイトを
ご参照くださいませ。
◆花團治公式サイトは
ここをクリックして
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