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23.態は口ほどにモノを言い

 最近、とみに他人の姿勢が気になって仕方がない。
電車で見かけるお嬢さん方の大半はその姿勢で損をしてらっしゃる。
お能の面がその微妙な角度で表情を変えるように、
姿勢ひとつで表情もその印象もガラリと変わってしまうものだ。

私は俳優学校の教壇に立ち、そこでも落語を教えている。
当然、授業は正坐ということになるが、
最初から綺麗に坐れる学生はほぼ皆無に近い。
まるでお婆さんが日向ぼっこをしているかのように背中を丸める学生。
あるいは一見シャンと坐っているように見えるが、
肩に力が入っていて緊張感がもろに伝わってくるような姿勢。
手のひらを膝に置いた状態で、そこにそのまま身体を預けるものだから、
その腕がつっかえ棒みたいになっていかり肩になった状態の姿勢。
これらはあまり美しいとはいえない。

姿勢を正す時に「背筋を伸ばせ」「胸を張って」などと言うが、
個人的にはこれはお薦めしない。
そのようにすればどこか身体に不自然さが生じ、
どうしたって魅力的ではない。
また、どこかに緊張を抱えたような身体や、
反対にだらけきった身体からはそれなりの声しか響かず、
発声から見ても全く良くない。

では、どうすればいいのか。
私が言うのは「腰を立てましょう」。これだけである。
背筋を伸ばそうと思うでなく、胸を張ろうと思うでなく、腰を立てるだけ。
そうすれば自然な形で、背筋が伸び、身体が丸くならない。

何年か前に、顔立ちはいいのだが、顔の気配がもうひとつといった学生がいた。
彼女の場合、私に対する抗議なのか、
正坐こそしているがだらけきった身体で
「こんな授業面白くないよ」という声が聞こえてきそうな姿勢をしていた。
深夜のコンビニの前でよく見かける態だ。
俳優というのは見られる職業だから、
このような態が日常になっているようでは不適格だ。

私は彼女に皆の前に出てきてもらってひとつの実験を試みた。
まずやってもらったのは、背中を丸めだらけきった休めの姿勢。
次に腰を立て真っ直ぐに正面を見つめるような姿勢。
学生、特に男子の反応は顕著だった。
思わずオオッという声が上がったのである。
姿勢は顔つきを変えるという分かりやすい一例だった。
「凜として」という言葉を辞書で引くと「容貌・態度・声などのりりしいさま」とある。
付け加えるなら、お高く止まっているというでなく、虚勢を張るでなく、
自然な形で醸し出す雰囲気とでも言おうか。

容貌と態度、声は一対である。
化粧品と違ってタダなのに実に勿体ない。
姿勢や表情も相手に対する立派なメッセージだ。
気持ちを伝えるのは何も言葉に限ったものではない。
こんな当たり前のことをおざなりにしているようでは
彼女の俳優としての未来はない。
おかげで彼女は男子学生の「オオッ」という声に後押しされたのか、
今は見違えるほど凛とした女性として舞台でも活躍している。

たとえ作った笑顔であったとしても、
そういう表情で発すれば声の質だって陽に転ずる。
昔、竹中直人という役者が笑顔で怒った声を出すという芸を披露していたが、
表情と声は連動しているものだからこそ、あれが芸として成り立った。
落語においても、
お武家さんの姿勢で子どもらしい発声をするのはやはり無理がある。

姿勢と声、人格も連動している。一度、私塾において子どもの姿勢で旦さんを、旦さんの姿勢で子どもを、またお武家さんの姿勢で女房というように落語をして見せたことがあるが、
これもまた珍芸として成立するやも知れないとその時思った。
「目は口ほどにモノを言い」という言葉があるが、
その横に「態は口ほどにモノを言い」という言葉も並べておきたい。

態とその人格。
そのあり様を落語は見事に示唆してくれている。(了)
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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