253.学校のいごこち~彼らがいたからぼくは不登校にならずにすんだ~
ぼくが夜間高校に出講するようになって
かれこれ20年以上の月日が経つ。
最近になって学校の雰囲気はずいぶん変わった。
いかにも指導者然としてモノを言う先生が
ほとんど見受けられなくなったかわりに、
生徒と談笑する姿をよく見かけるようになった。
ヤンチャな生徒が減っておとなしい生徒が増えたということかもしれないが、
文科省の方針について調べてみて合点がいった。
令和元年に文科省は「不登校児童生徒への支援は、
学校に登校するという結果のみを目標にするのではなく、
児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて、
社会的に自立することを目指す必要があること」と打ち出していた。
従来の「とにかく登校させる」という方針を大きく転換させたのだった。

出講する夜間高校の授業風景
ぼくに不登校の経験はないが、
小中学校での楽しい思い出はほとんど記憶にない。
いわゆるいじめられっ子で、
小学校ではマットにグルグル巻きにされ死ぬ思いをした。
先生に助けを乞うも、その担任はなぜかぼくに蔑んだような一瞥を送り、
フッと溜め息をつくだけ。
皆の前で「森(ぼくの本名)くんは
普通の子やないから放っとき」
とも言われたこともある。
ぼくのなかでイジメの総元締めはこの担任だった。
それでもかろうじて学校に通い続けることができたのは、
ある一人のガキ大将のおかげである。
そいつは喧嘩がめっぽう強くて皆から一目おかれていたが、
放課後はもっぱらぼくと二人で過ごした。
どんな事情があったのかは知らないが、
周囲の大人たちは「あの子とは遊んではいけない」と
自分の子どもに言い聞かせていた。
ぼくの両親も同様だったが、そんなことはおかまいなしで
ぼくは毎日のように彼と自転車を二人乗りして遠出した。
ペダルを漕ぐのはいつもぼくの役だがそれでも楽しい時間だった。
彼とぼくは学校で会話を交わすことなどほとんどなく、
イジメから救い出してもくれることもなかったが、
それでも彼の存在はなんとも心強かった。
中学に入ってからは、入れ替わるように
別の喧嘩の強い級友がぼくを守ってくれた。
テストがあると彼より少し勉強のできたぼくは、
真後ろに座る彼のために用紙をずらしてはカンニングをさせていた。
その甲斐あって、不良グループに囲まれあわやリンチに遭いそうになったとき、
そのリーダーでもあった彼が
「森にだけは手を出すな」と言ってかばってくれた。
もしあの頃、彼らの存在がなかったら
ぼくは間違いなく不登校になっていた。

幼稚園時代のぼく(右)と弟
高校生になってからは落語がぼくを守ってくれた。
上方落語ではおなじみの喜六という男。
おっちょこちょいでスカタンばかり繰り返すこの人物を
町内の隠居である甚兵衛さんや兄貴分の清八が
「相も変わらずオモシロイ男やな」
と言って温かく受けとめる。
ぼくはこの喜六と自分とを重ねていた。
ぼくにとって落語はシェルターだった。
そこに潜り込むことで楽になれた。
落語家になってからは、師匠(先代桂春蝶)が甚兵衛さんや清八になった。
「お前、何をしとんねん!」という戒めの言葉につい笑ってしまい、
さらに叱られたことがあったが、
それは可笑しかったからではなく嬉しかったから。
「師匠はぼくのことを見てくれている」という安心感に包まれた。
亡くなってからずいぶん経つが、
ふと「あぁこんなことをしてたら師匠に叱られる」と思ってしまうのは、
今なおぼくのなかに師匠が生きているという証しかもしれない。

師匠宅に住み込み時代(中央が師匠、前列右が現・春蝶、その後ろにぼく)
ぼくが見た最近の夜間高校での光景も落語世界を彷彿させるものだった。
戒めつつも「しゃあないやっちゃ」と生徒を受け止める教師は甚兵衛さんや清八。
「わし、お前のことをちゃんと見てるで」という眼差し。
甚兵衛さんや清八が見守る学校はなんともいごこちがいい。
最近、世間では物騒な事件が頻発しているが、
彼らに「いごこちのいい場所」があったら
犯罪は防げたのではないだろうかと考えてしまう。
ぼくの居場所を作ってくれたガキ大将や不良の彼の存在は大きかった。
いつかお礼を言いたいなぁ。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
_convert_20211115121848s.jpg)
※ピースおおさか平和寄席の詳細はここをクリック!
12月5日は、大阪空襲と、襲名後わずか一年目で
その犠牲になった先代花團治にちなんだ創作落語を予定しています。
その思いについてブログにまとめています。
ぜひ下記URLをクリックしてご一読くださいませ。
※大阪空襲と二代目花團治

※ドン・キホーテ木之本公演の詳細はここをクリック!

※あやめ・花團治ふたり会の詳細はここをクリック!
◆花團治出演情報はここをクリック!
◆花團治公式サイトはここをクリック!
かれこれ20年以上の月日が経つ。
最近になって学校の雰囲気はずいぶん変わった。
いかにも指導者然としてモノを言う先生が
ほとんど見受けられなくなったかわりに、
生徒と談笑する姿をよく見かけるようになった。
ヤンチャな生徒が減っておとなしい生徒が増えたということかもしれないが、
文科省の方針について調べてみて合点がいった。
令和元年に文科省は「不登校児童生徒への支援は、
学校に登校するという結果のみを目標にするのではなく、
児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて、
社会的に自立することを目指す必要があること」と打ち出していた。
従来の「とにかく登校させる」という方針を大きく転換させたのだった。

出講する夜間高校の授業風景
ぼくに不登校の経験はないが、
小中学校での楽しい思い出はほとんど記憶にない。
いわゆるいじめられっ子で、
小学校ではマットにグルグル巻きにされ死ぬ思いをした。
先生に助けを乞うも、その担任はなぜかぼくに蔑んだような一瞥を送り、
フッと溜め息をつくだけ。
皆の前で「森(ぼくの本名)くんは
普通の子やないから放っとき」
とも言われたこともある。
ぼくのなかでイジメの総元締めはこの担任だった。
それでもかろうじて学校に通い続けることができたのは、
ある一人のガキ大将のおかげである。
そいつは喧嘩がめっぽう強くて皆から一目おかれていたが、
放課後はもっぱらぼくと二人で過ごした。
どんな事情があったのかは知らないが、
周囲の大人たちは「あの子とは遊んではいけない」と
自分の子どもに言い聞かせていた。
ぼくの両親も同様だったが、そんなことはおかまいなしで
ぼくは毎日のように彼と自転車を二人乗りして遠出した。
ペダルを漕ぐのはいつもぼくの役だがそれでも楽しい時間だった。
彼とぼくは学校で会話を交わすことなどほとんどなく、
イジメから救い出してもくれることもなかったが、
それでも彼の存在はなんとも心強かった。
中学に入ってからは、入れ替わるように
別の喧嘩の強い級友がぼくを守ってくれた。
テストがあると彼より少し勉強のできたぼくは、
真後ろに座る彼のために用紙をずらしてはカンニングをさせていた。
その甲斐あって、不良グループに囲まれあわやリンチに遭いそうになったとき、
そのリーダーでもあった彼が
「森にだけは手を出すな」と言ってかばってくれた。
もしあの頃、彼らの存在がなかったら
ぼくは間違いなく不登校になっていた。

幼稚園時代のぼく(右)と弟
高校生になってからは落語がぼくを守ってくれた。
上方落語ではおなじみの喜六という男。
おっちょこちょいでスカタンばかり繰り返すこの人物を
町内の隠居である甚兵衛さんや兄貴分の清八が
「相も変わらずオモシロイ男やな」
と言って温かく受けとめる。
ぼくはこの喜六と自分とを重ねていた。
ぼくにとって落語はシェルターだった。
そこに潜り込むことで楽になれた。
落語家になってからは、師匠(先代桂春蝶)が甚兵衛さんや清八になった。
「お前、何をしとんねん!」という戒めの言葉につい笑ってしまい、
さらに叱られたことがあったが、
それは可笑しかったからではなく嬉しかったから。
「師匠はぼくのことを見てくれている」という安心感に包まれた。
亡くなってからずいぶん経つが、
ふと「あぁこんなことをしてたら師匠に叱られる」と思ってしまうのは、
今なおぼくのなかに師匠が生きているという証しかもしれない。

師匠宅に住み込み時代(中央が師匠、前列右が現・春蝶、その後ろにぼく)
ぼくが見た最近の夜間高校での光景も落語世界を彷彿させるものだった。
戒めつつも「しゃあないやっちゃ」と生徒を受け止める教師は甚兵衛さんや清八。
「わし、お前のことをちゃんと見てるで」という眼差し。
甚兵衛さんや清八が見守る学校はなんともいごこちがいい。
最近、世間では物騒な事件が頻発しているが、
彼らに「いごこちのいい場所」があったら
犯罪は防げたのではないだろうかと考えてしまう。
ぼくの居場所を作ってくれたガキ大将や不良の彼の存在は大きかった。
いつかお礼を言いたいなぁ。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
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12月5日は、大阪空襲と、襲名後わずか一年目で
その犠牲になった先代花團治にちなんだ創作落語を予定しています。
その思いについてブログにまとめています。
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※大阪空襲と二代目花團治

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