255.雪駄とサンダル~なぜ踵を出して歩くのか~
ずいぶん前の話になるが、呉服屋の店主に
新発売だという雪駄を薦められた。確かに軽く、デザインもいい。
思わず財布の紐がゆるみそうになったが、
店主の「サンダルみたいに履けますよ」というひと言に
一気に興醒めしてしまい、何も買わずそそくさと店を後にした。
雪駄とサンダルは似て非なるもので、
やはり着物には雪駄だからだ。
このことを家に帰って嫁はんにぼやくと
「何で?サンダルみたいに楽に履けるってええやん」と
全く賛同を得られないばかりか、
「ちょっと頭、固すぎるんと違う?」とボロクソに言われてしまった。
しかし、しかしである。ぼくが雪駄にこだわるのは
大学でのこんなやり取りが背景にあったのである。

大学での授業風景
ぼくの大学での講義は落語の実演をまじえながら
進めていくスタイルなのでたいてい着物姿だ。
その授業の最中にふとした会話から学生の一人が
こんなことを言いだした。
「センセのサンダル、
足のサイズに合ってない。小さいんと違う?」
それに対してぼくは
「いや、これはサンダルではなくて雪駄というもんや」と答えた。
これをきっかけに学生らによる質問が始まった。
「雪駄って何?」
「草履と雪駄は違うのん?」
「何で雪駄は足のかかとをはみ出して履くのん?」
「着物にサンダルはあかんの?」
情けないことにそういった質問に即答できるだけの知識を
ぼくは持ち合わせていなかった。
回答は次週に持ち越しということになり、ぼくなりにいろいろ調べてみた。

花團治愛用の雪駄
雪駄というのは草履の一種で、
つま先の底と足が触れる天面が直接付いている草履を雪駄と呼んでいる。
また、雪駄は裏面に革が張られていて多少の悪路でもそのまま歩くことができる。
雪駄という言葉も雪の上でも歩けるということからきているらしい。
サンダルと草履の大きな違いはまず鼻緒の位置であろう。
サンダルの鼻緒の芯は内側にあるのに対し、
草履の鼻緒の芯は草履の真ん中にある。
つまり、サンダルは左右が決まっているが、
草履には左右の決まりがない。
草履は鼻緒が真ん中にあることで
小指が外側へはみ出してしまうことになる。
慣れない人はこれに違和感を覚えるらしい。
では、なぜ雪駄は踵を出して歩くのか。
ひと言で言えば、雪駄は和服のための履物だからということになる。
和服と洋服では歩き方が当然異なる。
着物と雪駄で現代ウォーキングをすれば、着物は着崩れるし、
鼻緒が足指に食い込むことになりすぐにちぎれてしまう。
着物の際の歩き方は大股で歩かず
摺り足で鼻緒を引っ掛けるように、
というのが正しい(というか、着物に草履であれば自然にそうなっている)
このとき、摺り足がゆえに雑踏などで後ろを踏まれて
ひっくり返ってしまうリスクが高くなる。
また、草履はつま先と足の横にかかる鼻緒だけで支えて履くので
踵や足全体に重心を置く靴とは違い、
つま先に近い部分に重心がくる。
このとき、足のサイズより大きい草履だと
踵の部分をパカパカしながら歩くことになり
見た目に美しくないうえに、
悪路だと泥が後ろに跳ね上がって他人に迷惑が及ぶことになる。

桂花團治(撮影:坂東剛志)
さて、冒頭に述べた「サンダルのように履ける雪駄」だが、
やはり少し気になったのでこっそり取り寄せてみた。
なるほどこのサンダル雪駄の履き心地は実に良かった。
パカパカする踵の部分に反りを入れて足にフィットするようになっている。
鼻緒の芯もサンダルのように内側に寄っている。
「着物で摺り足」にもさほど支障がなさそうだ。
厳密に言えば、所作に多少の違いが生まれるかも知れないが
特に問題は感じなかった。
要は従来のサンダルのように歩かなければいいのだ。
あくまでも雪駄なのだから。
ぼくはきっと「雪駄よりもサンダルの方が履物として優れている」と
言わんばかりのモノ言いにカチンときたのだ。
「サンダルみたいに」というひと言さえなければ
おそらくあの場で購入していただろう。
…やはりぼくは頭が固いのだろうか。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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◆花團治公式サイトはこちらをクリック!
新発売だという雪駄を薦められた。確かに軽く、デザインもいい。
思わず財布の紐がゆるみそうになったが、
店主の「サンダルみたいに履けますよ」というひと言に
一気に興醒めしてしまい、何も買わずそそくさと店を後にした。
雪駄とサンダルは似て非なるもので、
やはり着物には雪駄だからだ。
このことを家に帰って嫁はんにぼやくと
「何で?サンダルみたいに楽に履けるってええやん」と
全く賛同を得られないばかりか、
「ちょっと頭、固すぎるんと違う?」とボロクソに言われてしまった。
しかし、しかしである。ぼくが雪駄にこだわるのは
大学でのこんなやり取りが背景にあったのである。

大学での授業風景
ぼくの大学での講義は落語の実演をまじえながら
進めていくスタイルなのでたいてい着物姿だ。
その授業の最中にふとした会話から学生の一人が
こんなことを言いだした。
「センセのサンダル、
足のサイズに合ってない。小さいんと違う?」
それに対してぼくは
「いや、これはサンダルではなくて雪駄というもんや」と答えた。
これをきっかけに学生らによる質問が始まった。
「雪駄って何?」
「草履と雪駄は違うのん?」
「何で雪駄は足のかかとをはみ出して履くのん?」
「着物にサンダルはあかんの?」
情けないことにそういった質問に即答できるだけの知識を
ぼくは持ち合わせていなかった。
回答は次週に持ち越しということになり、ぼくなりにいろいろ調べてみた。

花團治愛用の雪駄
雪駄というのは草履の一種で、
つま先の底と足が触れる天面が直接付いている草履を雪駄と呼んでいる。
また、雪駄は裏面に革が張られていて多少の悪路でもそのまま歩くことができる。
雪駄という言葉も雪の上でも歩けるということからきているらしい。
サンダルと草履の大きな違いはまず鼻緒の位置であろう。
サンダルの鼻緒の芯は内側にあるのに対し、
草履の鼻緒の芯は草履の真ん中にある。
つまり、サンダルは左右が決まっているが、
草履には左右の決まりがない。
草履は鼻緒が真ん中にあることで
小指が外側へはみ出してしまうことになる。
慣れない人はこれに違和感を覚えるらしい。
では、なぜ雪駄は踵を出して歩くのか。
ひと言で言えば、雪駄は和服のための履物だからということになる。
和服と洋服では歩き方が当然異なる。
着物と雪駄で現代ウォーキングをすれば、着物は着崩れるし、
鼻緒が足指に食い込むことになりすぐにちぎれてしまう。
着物の際の歩き方は大股で歩かず
摺り足で鼻緒を引っ掛けるように、
というのが正しい(というか、着物に草履であれば自然にそうなっている)
このとき、摺り足がゆえに雑踏などで後ろを踏まれて
ひっくり返ってしまうリスクが高くなる。
また、草履はつま先と足の横にかかる鼻緒だけで支えて履くので
踵や足全体に重心を置く靴とは違い、
つま先に近い部分に重心がくる。
このとき、足のサイズより大きい草履だと
踵の部分をパカパカしながら歩くことになり
見た目に美しくないうえに、
悪路だと泥が後ろに跳ね上がって他人に迷惑が及ぶことになる。

桂花團治(撮影:坂東剛志)
さて、冒頭に述べた「サンダルのように履ける雪駄」だが、
やはり少し気になったのでこっそり取り寄せてみた。
なるほどこのサンダル雪駄の履き心地は実に良かった。
パカパカする踵の部分に反りを入れて足にフィットするようになっている。
鼻緒の芯もサンダルのように内側に寄っている。
「着物で摺り足」にもさほど支障がなさそうだ。
厳密に言えば、所作に多少の違いが生まれるかも知れないが
特に問題は感じなかった。
要は従来のサンダルのように歩かなければいいのだ。
あくまでも雪駄なのだから。
ぼくはきっと「雪駄よりもサンダルの方が履物として優れている」と
言わんばかりのモノ言いにカチンときたのだ。
「サンダルみたいに」というひと言さえなければ
おそらくあの場で購入していただろう。
…やはりぼくは頭が固いのだろうか。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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