256.ふるさと~肥溜め踏みし、かの頃~
ぼくが早朝の大阪城公園でのラジオ体操に通いだしたのは昨年12月から。
日頃の運動不足解消が目的だが、
参加するほとんどが70歳以上のお年寄りで
今年還暦のぼくはかなり若手の部類で肩身が狭い。
多くが常連さんらしく、こんな会話が飛び込んできた。
「○○さん、最近見まへんなぁ」
「また温くなったら出てきはんのと違いますか」
「元気にしてまっしゃろか」
「さぁ…、最近わたしも病院行ってまへんしなぁ」
これまで集いの場だった診療所もコロナ禍の影響で行くことままならず、
今はこのラジオ体操が互いの安否確認の場となっているらしい。

大阪城天守閣の前で朝のラジオ体操
ラジオ体操を終え、空が白んでくると
ひとつのグループが輪になって懐かしの歌を歌いだした。
「上を向いて歩こう」「いつでも夢を」「星影のワルツ」といった歌が続く。
どれも高度成長期に流行った歌だ。
「へぇあんさん、鹿児島の出身ですか?わたしは熊本ですねん」
という声が聞こえてきた。
「上を向いて歩こう」が流行った頃、多くの若者が「金の卵」と言われ、
集団就職で東京や大阪へどっと繰り出してきた。
会話しているこの男性もその一人なのかもしれない。
歌謡曲を歌い終わったグループが今度は唱歌を歌いだした。
おなじみ「ふるさと」という歌である。
「兎追いしかの山/小鮒釣りしかの川/夢は今もめぐりて/忘れがたき故郷」

「ふるさと」を作詞した高野辰之の生家近くの「ふるさと橋」からの風景
橋の欄干にはうさぎが跳ねている。
ぼくの生まれは大阪府豊中市で咄家になるまでここに過ごした。
幼少期の頃にはまだ田畑の風景が多く残っていた。
しかし、「ふるさと」という歌にかぶさってくるのは
父の転勤で幼稚園から小学一年にかけて過ごした福岡県那珂川市での光景。
その頃からぼくは何かに夢中になると他のことはほったらかしの性分だったらしく、
当時の通信簿には「総てを忘れて遊びほうけて、
級友に注意をうけます」と書かれてある。
ランドセルを学校に忘れ、担任が自宅に届けてくれたこともたびたび。
いつもならバスに乗るところを身軽なことをこれ幸いにあぜ道をひたすら歩き続け、
ランドセルが届いてようやく身軽だった理由に気がついた、という始末。
池の隅にぎっしりと埋まる蛙に驚き、レンゲの花の絨毯に目を休めた。
悠々と流れる那珂川と、そこに浮かぶ渡り鳥の群れ。
あまりに帰りが遅いので母親が家の前で怖い顔をして待ち構えていた。
その頃によくやったのが、「根性試し」と称し
級友とともにカチンカチンに固まった肥溜めの上を歩く遊び。
何度かはまりそうになったこともある。

福岡県那珂川市「岩戸小学校」入学記念。
どれが花團治か、自分でも判別できない。

花團治が福岡県那珂川市「岩戸小学校」に通っていた頃の通知簿(小学一年生当時)
「ふるさと」を作詞した高野辰之の出身は長野県中野市で、
生家の近くには斑川という幅3メートルほどの川。
その向こうには熊坂山と大平山。昨年11月にぼくは講演の仕事でここを訪れて、
高野辰之の生家ものぞかせてもらった。
「かの川」「かの山」のモデルはここだと思った。
とはいえ、このような日本の原風景は全国にいたるところにある。
だからこそ多くの人々に愛され続けているのだろう。
ぼくは那珂川を思いつこの歌を歌う。


「高野辰之」の生家
ところで、「ふるさと」が生まれたのは大正3年(1914年)のこと。
第一次世界大戦が勃発し、日本は戦争特需にわいていた。
宝塚歌劇が産声を上げ、ヤマハはハーモニカに製造に乗り出した。
東京駅が完成したのもこの年だった。
多くの若者が田舎を離れ、民族大移動が始まったのである。
「ふるさと」の二番と三番の歌詞にはこうある。
如何にいます父母/恙なしや 友がき/雨に風につけても/思いいずる故郷
こころざしをはたして/いつの日にか帰らん/山はあおき故郷/水は清き故郷

「高野辰之」のお孫さんと
いつか「故郷に錦を」と思いながら出て来たが、
時が流れて戻る場を無くし、旧友と連絡するすべもなし…。
そんな者も多いだろう。
ぼくもまたあの那珂川には親類もおらず、
今も交流を続けている人は誰一人いない。
錦は飾れずじまいだけれど、
「あのとき一緒に肥溜めを踏んだよね」なんて会話を交わしてみたいものだ。
誰かこの投稿を見つけて声をかけてくれないかなぁ。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

◆花團治出演情報はここをクリック!
◆花團治公式サイトはここをクリック!
日頃の運動不足解消が目的だが、
参加するほとんどが70歳以上のお年寄りで
今年還暦のぼくはかなり若手の部類で肩身が狭い。
多くが常連さんらしく、こんな会話が飛び込んできた。
「○○さん、最近見まへんなぁ」
「また温くなったら出てきはんのと違いますか」
「元気にしてまっしゃろか」
「さぁ…、最近わたしも病院行ってまへんしなぁ」
これまで集いの場だった診療所もコロナ禍の影響で行くことままならず、
今はこのラジオ体操が互いの安否確認の場となっているらしい。

大阪城天守閣の前で朝のラジオ体操
ラジオ体操を終え、空が白んでくると
ひとつのグループが輪になって懐かしの歌を歌いだした。
「上を向いて歩こう」「いつでも夢を」「星影のワルツ」といった歌が続く。
どれも高度成長期に流行った歌だ。
「へぇあんさん、鹿児島の出身ですか?わたしは熊本ですねん」
という声が聞こえてきた。
「上を向いて歩こう」が流行った頃、多くの若者が「金の卵」と言われ、
集団就職で東京や大阪へどっと繰り出してきた。
会話しているこの男性もその一人なのかもしれない。
歌謡曲を歌い終わったグループが今度は唱歌を歌いだした。
おなじみ「ふるさと」という歌である。
「兎追いしかの山/小鮒釣りしかの川/夢は今もめぐりて/忘れがたき故郷」

「ふるさと」を作詞した高野辰之の生家近くの「ふるさと橋」からの風景
橋の欄干にはうさぎが跳ねている。
ぼくの生まれは大阪府豊中市で咄家になるまでここに過ごした。
幼少期の頃にはまだ田畑の風景が多く残っていた。
しかし、「ふるさと」という歌にかぶさってくるのは
父の転勤で幼稚園から小学一年にかけて過ごした福岡県那珂川市での光景。
その頃からぼくは何かに夢中になると他のことはほったらかしの性分だったらしく、
当時の通信簿には「総てを忘れて遊びほうけて、
級友に注意をうけます」と書かれてある。
ランドセルを学校に忘れ、担任が自宅に届けてくれたこともたびたび。
いつもならバスに乗るところを身軽なことをこれ幸いにあぜ道をひたすら歩き続け、
ランドセルが届いてようやく身軽だった理由に気がついた、という始末。
池の隅にぎっしりと埋まる蛙に驚き、レンゲの花の絨毯に目を休めた。
悠々と流れる那珂川と、そこに浮かぶ渡り鳥の群れ。
あまりに帰りが遅いので母親が家の前で怖い顔をして待ち構えていた。
その頃によくやったのが、「根性試し」と称し
級友とともにカチンカチンに固まった肥溜めの上を歩く遊び。
何度かはまりそうになったこともある。

福岡県那珂川市「岩戸小学校」入学記念。
どれが花團治か、自分でも判別できない。

花團治が福岡県那珂川市「岩戸小学校」に通っていた頃の通知簿(小学一年生当時)
「ふるさと」を作詞した高野辰之の出身は長野県中野市で、
生家の近くには斑川という幅3メートルほどの川。
その向こうには熊坂山と大平山。昨年11月にぼくは講演の仕事でここを訪れて、
高野辰之の生家ものぞかせてもらった。
「かの川」「かの山」のモデルはここだと思った。
とはいえ、このような日本の原風景は全国にいたるところにある。
だからこそ多くの人々に愛され続けているのだろう。
ぼくは那珂川を思いつこの歌を歌う。


「高野辰之」の生家
ところで、「ふるさと」が生まれたのは大正3年(1914年)のこと。
第一次世界大戦が勃発し、日本は戦争特需にわいていた。
宝塚歌劇が産声を上げ、ヤマハはハーモニカに製造に乗り出した。
東京駅が完成したのもこの年だった。
多くの若者が田舎を離れ、民族大移動が始まったのである。
「ふるさと」の二番と三番の歌詞にはこうある。
如何にいます父母/恙なしや 友がき/雨に風につけても/思いいずる故郷
こころざしをはたして/いつの日にか帰らん/山はあおき故郷/水は清き故郷

「高野辰之」のお孫さんと
いつか「故郷に錦を」と思いながら出て来たが、
時が流れて戻る場を無くし、旧友と連絡するすべもなし…。
そんな者も多いだろう。
ぼくもまたあの那珂川には親類もおらず、
今も交流を続けている人は誰一人いない。
錦は飾れずじまいだけれど、
「あのとき一緒に肥溜めを踏んだよね」なんて会話を交わしてみたいものだ。
誰かこの投稿を見つけて声をかけてくれないかなぁ。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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