258.ウィル・スミスのビンタ~何を笑うか?~
先日のアカデミー賞授賞式での出来事は前代未聞だった。
3度目のノミネートで悲願のオスカー賞を受賞した俳優のウィル・スミスが、
プレゼンターのコメディアン、クリス・ロックに皆が見守る壇上での平手打ち。
ウィル・スミスの妻は脱毛症に苦しんでいて頭は丸坊主である。
それをクリス・ロックがネタにした。
相手の気にする身体的要素、しかも笑われた相手のそれは病気によるもの。
ウィル・スミスが思わずカッとなったのは理解できる。

(撮影:坂東剛志)
身体的要素に触れる笑いは落語のなかにも多々みられる。
ハゲはいつも笑いの対象だし、ブスを表現する語彙は実に豊富だ。
それに舞台の上からの客いじりで、
不用意な言葉で相手を怒らせてしまった経験はぼくにだってある。
音楽をやっているある知人は、もし私が客席に丸坊主の女性を見かけたら
北条政子か三蔵法師の名前を出してしまいそうだとFacebookに告白していたが、
ぼくもまた同じようにしてしまうだろう。
つまり、ぼくはクリス・ロックと同じ罪を犯しかねない人間だということだ。
ぼくが小学生の頃にはまだ小児麻痺(ポリオ)という病気が流行っていた。
ウイルスによって罹る病気で、感染すると身体の硬直などが見られる病。
ある日、運動神経が鈍く何をやってもドンくさいぼくに対して、
一人の同級生が「お前、小児やろ」と揶揄してきた。
周囲にいた者はどっと笑った。
以来、この病名がクラスの笑いの種となった。
かくいうぼくも級友に対し、似たような揶揄をしたことがある。
ぼくも同罪だった。その後、このことが学校で問題視され、
ホームルームで先生からきつく注意された。
今から思えば、病名を揶揄の道具にするとはなんと下劣で残酷なことか。

(撮影:坂東剛志)
若い頃はどれだけ食べても太らなかったぼくも今では立派なメタボ体型である。
落語家という職業だからか、あるいはぼくがなめられているのか、
初対面の人からもそれを笑いの種として弄られることがよくある。
ある程度、関係ができていればどうということもないが、
いきなりそこから入られると「この人はこういうセンスの人なんだな」と
ちょっとがっかりしてしまったり、
虫の居所が悪いときなどついムッとしてしまう。
そんなときよく言われるのが
「マジになりなや。洒落(冗談)やんか」
でも、それは言う側の考えであり、当人にとっては洒落でも何でもない。
少なくともこういう人をぼくから飲みに誘うことはない。
アカデミー賞授賞式という公の場だからこそ
「わたしは不愉快です」と表明することが大切だ。
全世界が注目するなか、
「無条件にハゲは笑いの対象にしていいのだ」という風潮に繋がっていきかねない。
あの場にいたギャラリーの大笑いする様子が映し出されたとき、
ぼくは「お前、小児やろ」に笑った連中の顔を思い出した。
がしかし、ビンタは良くなかった。
暴力を解決手段にしてはいけない。
では、どうすればよかったのだろう?
例えば、言葉や態度での反論はできなかったのだろうか。
アメリカやヨーロッパにはブーイングという文化がある。
個人的にはあまり好かないが、こういう場面でこそブーイングが相応しかった。
それもウィル・スミスだけでなく、ギャラリーからのブーイングが。

(撮影:坂東剛志)
笑いはときに人を傷つける。
こういうことを書くと、
職業柄、自分で自分の首を絞めてしまわないかと思わないわけではないが
避けて通れる問題でもあるまい。
「何を笑うかでその人格がわかる」というが、
「何を笑いにするか」が落語家にとって重要課題。
生前、師匠がよくこんな言葉を口にしていた。
「ウケりゃあ、
何でもエエちゅうわけやないんやで」
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

◆詳しくはここをクリックして
「アゼリアホール」サイトをご覧ください。
◆花團治公式サイトはここをクリック!
花團治の取り組みがカンテレ「報道ランナー」で放映されました。
Youtubeでご覧ください。↓
※カンテレ「報道ランナー」
空襲で命を落とした先代の無念を胸に
大阪空襲の記憶を伝える落語家
3度目のノミネートで悲願のオスカー賞を受賞した俳優のウィル・スミスが、
プレゼンターのコメディアン、クリス・ロックに皆が見守る壇上での平手打ち。
ウィル・スミスの妻は脱毛症に苦しんでいて頭は丸坊主である。
それをクリス・ロックがネタにした。
相手の気にする身体的要素、しかも笑われた相手のそれは病気によるもの。
ウィル・スミスが思わずカッとなったのは理解できる。

(撮影:坂東剛志)
身体的要素に触れる笑いは落語のなかにも多々みられる。
ハゲはいつも笑いの対象だし、ブスを表現する語彙は実に豊富だ。
それに舞台の上からの客いじりで、
不用意な言葉で相手を怒らせてしまった経験はぼくにだってある。
音楽をやっているある知人は、もし私が客席に丸坊主の女性を見かけたら
北条政子か三蔵法師の名前を出してしまいそうだとFacebookに告白していたが、
ぼくもまた同じようにしてしまうだろう。
つまり、ぼくはクリス・ロックと同じ罪を犯しかねない人間だということだ。
ぼくが小学生の頃にはまだ小児麻痺(ポリオ)という病気が流行っていた。
ウイルスによって罹る病気で、感染すると身体の硬直などが見られる病。
ある日、運動神経が鈍く何をやってもドンくさいぼくに対して、
一人の同級生が「お前、小児やろ」と揶揄してきた。
周囲にいた者はどっと笑った。
以来、この病名がクラスの笑いの種となった。
かくいうぼくも級友に対し、似たような揶揄をしたことがある。
ぼくも同罪だった。その後、このことが学校で問題視され、
ホームルームで先生からきつく注意された。
今から思えば、病名を揶揄の道具にするとはなんと下劣で残酷なことか。

(撮影:坂東剛志)
若い頃はどれだけ食べても太らなかったぼくも今では立派なメタボ体型である。
落語家という職業だからか、あるいはぼくがなめられているのか、
初対面の人からもそれを笑いの種として弄られることがよくある。
ある程度、関係ができていればどうということもないが、
いきなりそこから入られると「この人はこういうセンスの人なんだな」と
ちょっとがっかりしてしまったり、
虫の居所が悪いときなどついムッとしてしまう。
そんなときよく言われるのが
「マジになりなや。洒落(冗談)やんか」
でも、それは言う側の考えであり、当人にとっては洒落でも何でもない。
少なくともこういう人をぼくから飲みに誘うことはない。
アカデミー賞授賞式という公の場だからこそ
「わたしは不愉快です」と表明することが大切だ。
全世界が注目するなか、
「無条件にハゲは笑いの対象にしていいのだ」という風潮に繋がっていきかねない。
あの場にいたギャラリーの大笑いする様子が映し出されたとき、
ぼくは「お前、小児やろ」に笑った連中の顔を思い出した。
がしかし、ビンタは良くなかった。
暴力を解決手段にしてはいけない。
では、どうすればよかったのだろう?
例えば、言葉や態度での反論はできなかったのだろうか。
アメリカやヨーロッパにはブーイングという文化がある。
個人的にはあまり好かないが、こういう場面でこそブーイングが相応しかった。
それもウィル・スミスだけでなく、ギャラリーからのブーイングが。

(撮影:坂東剛志)
笑いはときに人を傷つける。
こういうことを書くと、
職業柄、自分で自分の首を絞めてしまわないかと思わないわけではないが
避けて通れる問題でもあるまい。
「何を笑うかでその人格がわかる」というが、
「何を笑いにするか」が落語家にとって重要課題。
生前、師匠がよくこんな言葉を口にしていた。
「ウケりゃあ、
何でもエエちゅうわけやないんやで」
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

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※カンテレ「報道ランナー」
空襲で命を落とした先代の無念を胸に
大阪空襲の記憶を伝える落語家
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