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261.「ジョーシキ」という先入観 ~「米朝」だって、間違ってるかもしれないじゃない?~

4歳になるムスメのおかげでぼくも絵本を読むようになった。
たかが絵本とあなどるなかれ。

例えば、ヨシタケシンスケさんの「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)という一冊。
「テーブルの上にりんごがおいてあった……でももしかしたら、
これはりんごではないのかもしれない」という問いかけから始まる。

「もしかしたらおおきなサクランボのいちぶかもしれない」
「なかみはぶどうゼリーなのかもしれない」
「あかいさかながまるまっているのかもしれない」
……そんな妄想がこれでもかとばかりに展開される。

モノの見方の斬新さ、柔軟さに驚いた。

fcヨシタケシンスケの絵本_convert_20220710174631


同じ作者の「これしかないわけないでしょう」(ブロンズ新社)では、
「大人はすぐ、これとこれ、どっち?って聞くけど、
これしかないわけないじゃない。
どっちもなんかちがうなーっておもったときは、
あたらしいものを自分でみつけちゃえばいいのよ!」
「大人はすぐに未来はこうなるとか、だからこうするしかないとかいうの。
でもたいていあたらないのよ」と女の子がつぶやく。

ヨシタケシンスケさんの絵本は
世間がジョーシキと信じて疑わないことを
軽やかに打ち砕いてみせる。



詩と本読み


ムスメに読み聞かせながら、
ぼくはふと「見台」(落語を演じる際に使う小机のようなもの)のことを思い出していた。

その昔、米沢彦八なる人物が
現在の谷町九丁目付近にある生國魂神社の境内によしず張りの小屋を立て、
当世仕方物真似なる芸を披露したことから、
上方落語の始まりは大道芸ということになっている。

古い文献にも絵画資料として残っているので間違いなかろうが、
同時に「見台は大阪の落語が大道芸だったことの名残だ」という説を
ぼくを含む多くの落語家があちらこちらで繰り返してきた。

米沢彦八、境内の図


しかし、「見台」についてはその頃の資料のどこにも見当たらないのだ。
それでもぼくらが吹聴するのは、桂米朝師匠のこんな一節からきている。

「社寺の境内によしず張りの小屋をしつらえてしゃべっていると、どうしてもザワザワしますし、演者の方へ統一しにくいものです。その時に、ピシッと台をたたいて聴客の注意をこっちへ向ける。一つの演出効果として台をたたきながらしゃべったものでしょう」(『落語と私』ポプラ社、1975年)

あくまで推論として述べているに過ぎないが、
「知の巨人」であり、人間国宝でもある桂米朝師匠は
我々落語家にとって生き字引のような存在。
その言葉はそのまま業界のジョーシキとなる。

「米朝師匠の言うことに間違いはない」という思いから、
いつしか推論が定説として歩き始めたのだ。

そんな通説に疑問を感じ、調査・研究を始めたのが
現在、大阪大学大学院人文学研究科芸術学専攻にて
古典芸能を研究する22歳の芝田純平くん。

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芝田純平くんと筆者(前方)


膨大な資料や文献をひとつひとつ丹念に分析して、
「上方落語のおける見台・膝隠し・小拍子の確立―天保改革との関わりについて」
という卒業論文にまとめ上げた。

論文に目を通すと、なるほど米沢彦八が見台を用いた形跡はどこにもなく、
それ以降も文献に描かれている見台は本を置いて見やすいように斜めになっている。
これでは小拍子や張り扇で叩けまい。
見台が今のような使われ方をしているらしい絵図が確認されるのは江戸末期、
寄席という屋内においてのもの。
「聴客の注目を引くために見台を叩いて口演していたというのは誤りであった」
という結論にたどりついた。

今後、彼の説もひっくり返される可能性がないとは言えないが、
ジョーシキに対して抱いた疑問を大切に育てて
新たな真相にたどり着いたことに心から敬意を払いたい。

ヨシタケシンスケさんの絵本を読んで育つ子どもたちの中から、
将来、芝田くんのようにジョーシキを鮮やかに打ち砕く人材が出てくるだろう。

彼らから「過去のわずかな成功例や
既成概念にしがみつくジジイ」
と軽蔑されないよう、
ぼくもしっかり絵本を読んで柔らかアタマを育てていきたい。
もう手遅れかもしれないが…。(了)



※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。



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Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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