263.泣いた赤鬼~アイツはヨソ者やと彼らが言った理由~
10年ほど前、ある催事会場で一人の職人さんと懇意になった。
世間ばなしをするうち、Aという共通の知人がいることがわかった。
A氏はすでに亡くなっておられたが、ぼくにとっては生涯忘れられない大恩人。
しかもその職人さんとA氏は幼馴染みで、
今もA氏の実家の三軒隣に住んでいるという。
一週間後、ぼくは職人さんの家を訪ねた。
するとそこへA氏の幼馴染みが続々と集まってきた。
「Aはヤンチャもするけど気のエエ奴で…」
「憎めん奴やった」……
皆がA氏を口々に懐かしんだ。と、
そのうちの一人がこんなことを言いだした。
「けど、Aは元々ここの人間やない」
その言葉をきっかけに皆が同じように言いだした。
「Aはよそ者や」
「戦争が終わって疎開先から戻ってきたけど、
戻るところが無くてここへ流れついた」
「わしらとは違う」
なぜ彼らがそんなことを言ったのか、それに気づいたのは町を出る瞬間。
そこはいわゆる被差別部落と呼ばれる区域だった。

「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と高らかに人間の尊厳と平等をうたいあげて、
1922年3月3日に「全国水平社」が創立。その「全国水平社」創立50周年を記念し、
奈良県御所市の住宅街の一角に記念碑が建立されました。
「泣いた赤鬼」という児童文学がある。90年程前の作品だが、
今も定番の童話絵本。とある山奥に住む赤鬼は人間と仲良くなりたくて、
家の前にこんな看板を立てた。
「心のやさしい鬼の家です。
どなたでもおいでください。
おいしいお菓子がございます。
お茶もわかしてございます」
しかし、人間たちは怖がり誰も遊びに来なかった。
そんなある日、悲しみにくれる赤鬼のもとに青鬼がやってきた。
一部始終を聞いた青鬼はこんな作戦を持ち掛けた。
「俺が人間の村に行って大暴れするから、
お前は俺を懲らしめろ。
そうすれば、人間たちは
お前が優しい鬼だと思うだろう」
計画通りに事が進み、赤鬼は人間と仲良くなり、
村人たちとの交流が始まった。
しかし、そんな充実した日々のなかで気掛かりなのは青鬼のこと。
「今の自分があるのは青鬼のおかげ」と久しぶりに青鬼の家を訪ねるが、
戸は固く閉ざされたまま。その戸の脇に青鬼からの置手紙。
「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、
楽しく暮らしてください。
もしぼくがこのまま君と付き合っていると、
君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
ぼくは、旅に出るけれども、
いつまでも君を忘れません。
さようなら、体を大事にしてください。
ぼくはどこまでも君の友達です」
赤鬼は号泣した。
…この物語をA氏の幼馴染みたちに重ねずにいられない。
A氏の幼馴染みたちは「青鬼」だった。
彼らは「わしら(部落出身)とは違う」と言うことでA氏を守ろうとした。

ぼくが小学校でいじめられていた頃、
放課後はいつもT君と二人だった。
体格が良くスポーツ万能で級友たちが一目置く存在だったにも関わらず、
なぜか彼はぼくを誘った。T君の家では彼のお姉さんが焼き飯を作ってくれた。
ぼくらは一台の自転車を二人乗りで毎日のように遠出した。
そんなある日、母がぼくにこう言った。
「T君とばかり遊んでるけど大丈夫?
あの子、川向こうの子やろ」
その言葉でぼくは彼が被差別部落の子だと知った。
母はそれ以上何も言わず、ぼくらの交流は彼が引っ越しするまでずっと続いたが、
他の級友たちは彼と遊ぶことを親から止められていたということを後から知った。
そう言えば、T君は時折寂しそうな表情を見せることがあった。
彼は「泣いた赤鬼」だった。

奈良県御所市にある「水平社博物館」
今年3月にリニューアルオープンした奈良県御所市の「水平社博物館」には、
人権に関するあらゆる資料が揃っている。
「鬼滅の刃」「ワンピース」といった人気漫画からも人権にまつわる台詞が紹介されていたり、
小中高生にもわかりやすいと評判だ。
イラストレーターのヨシタケシンスケさんと現代アートの伊藤亜紗さんの絵本
「みえるとか みえないとか」からはこんな言葉が。
「自分たちと違う人は、
やっぱりちょっと緊張しちゃう。
自分と何が違うかがよく分からないから」
「よく分からない」が
やがて悪意に満ちた偏見に変わっていくのだろう。
被差別に限らず、「マイノリティ」とされる人たちは
現在も隠れて泣いているのはないだろうか。
ぼくはその涙に気づかぬふりをしていないだろうか。(了)

「水平社宣言」の起草者・西光万吉の生家「西光寺」。
「水平社博物館」とは向かい合わせにある。

落語を交えながら、同和問題について90分の講演。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
◆花團治の著した「研究紀要」は
こちらをクリックしてご覧ください。

◆花團治公式サイトはここをクリック!
世間ばなしをするうち、Aという共通の知人がいることがわかった。
A氏はすでに亡くなっておられたが、ぼくにとっては生涯忘れられない大恩人。
しかもその職人さんとA氏は幼馴染みで、
今もA氏の実家の三軒隣に住んでいるという。
一週間後、ぼくは職人さんの家を訪ねた。
するとそこへA氏の幼馴染みが続々と集まってきた。
「Aはヤンチャもするけど気のエエ奴で…」
「憎めん奴やった」……
皆がA氏を口々に懐かしんだ。と、
そのうちの一人がこんなことを言いだした。
「けど、Aは元々ここの人間やない」
その言葉をきっかけに皆が同じように言いだした。
「Aはよそ者や」
「戦争が終わって疎開先から戻ってきたけど、
戻るところが無くてここへ流れついた」
「わしらとは違う」
なぜ彼らがそんなことを言ったのか、それに気づいたのは町を出る瞬間。
そこはいわゆる被差別部落と呼ばれる区域だった。

「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と高らかに人間の尊厳と平等をうたいあげて、
1922年3月3日に「全国水平社」が創立。その「全国水平社」創立50周年を記念し、
奈良県御所市の住宅街の一角に記念碑が建立されました。
「泣いた赤鬼」という児童文学がある。90年程前の作品だが、
今も定番の童話絵本。とある山奥に住む赤鬼は人間と仲良くなりたくて、
家の前にこんな看板を立てた。
「心のやさしい鬼の家です。
どなたでもおいでください。
おいしいお菓子がございます。
お茶もわかしてございます」
しかし、人間たちは怖がり誰も遊びに来なかった。
そんなある日、悲しみにくれる赤鬼のもとに青鬼がやってきた。
一部始終を聞いた青鬼はこんな作戦を持ち掛けた。
「俺が人間の村に行って大暴れするから、
お前は俺を懲らしめろ。
そうすれば、人間たちは
お前が優しい鬼だと思うだろう」
計画通りに事が進み、赤鬼は人間と仲良くなり、
村人たちとの交流が始まった。
しかし、そんな充実した日々のなかで気掛かりなのは青鬼のこと。
「今の自分があるのは青鬼のおかげ」と久しぶりに青鬼の家を訪ねるが、
戸は固く閉ざされたまま。その戸の脇に青鬼からの置手紙。
「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、
楽しく暮らしてください。
もしぼくがこのまま君と付き合っていると、
君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
ぼくは、旅に出るけれども、
いつまでも君を忘れません。
さようなら、体を大事にしてください。
ぼくはどこまでも君の友達です」
赤鬼は号泣した。
…この物語をA氏の幼馴染みたちに重ねずにいられない。
A氏の幼馴染みたちは「青鬼」だった。
彼らは「わしら(部落出身)とは違う」と言うことでA氏を守ろうとした。

ぼくが小学校でいじめられていた頃、
放課後はいつもT君と二人だった。
体格が良くスポーツ万能で級友たちが一目置く存在だったにも関わらず、
なぜか彼はぼくを誘った。T君の家では彼のお姉さんが焼き飯を作ってくれた。
ぼくらは一台の自転車を二人乗りで毎日のように遠出した。
そんなある日、母がぼくにこう言った。
「T君とばかり遊んでるけど大丈夫?
あの子、川向こうの子やろ」
その言葉でぼくは彼が被差別部落の子だと知った。
母はそれ以上何も言わず、ぼくらの交流は彼が引っ越しするまでずっと続いたが、
他の級友たちは彼と遊ぶことを親から止められていたということを後から知った。
そう言えば、T君は時折寂しそうな表情を見せることがあった。
彼は「泣いた赤鬼」だった。

奈良県御所市にある「水平社博物館」
今年3月にリニューアルオープンした奈良県御所市の「水平社博物館」には、
人権に関するあらゆる資料が揃っている。
「鬼滅の刃」「ワンピース」といった人気漫画からも人権にまつわる台詞が紹介されていたり、
小中高生にもわかりやすいと評判だ。
イラストレーターのヨシタケシンスケさんと現代アートの伊藤亜紗さんの絵本
「みえるとか みえないとか」からはこんな言葉が。
「自分たちと違う人は、
やっぱりちょっと緊張しちゃう。
自分と何が違うかがよく分からないから」
「よく分からない」が
やがて悪意に満ちた偏見に変わっていくのだろう。
被差別に限らず、「マイノリティ」とされる人たちは
現在も隠れて泣いているのはないだろうか。
ぼくはその涙に気づかぬふりをしていないだろうか。(了)

「水平社宣言」の起草者・西光万吉の生家「西光寺」。
「水平社博物館」とは向かい合わせにある。

落語を交えながら、同和問題について90分の講演。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
◆花團治の著した「研究紀要」は
こちらをクリックしてご覧ください。

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