264.昔々あるところで…ではなくなった戦争~切実から生まれた芸術~
毎日のように流れるロシアのウクライナ侵攻のニュース。
かつて日本でも
「鬼畜米英」
「遂げよ聖戦!興せよ東亜!」といったスローガンが叫ばれ、
国民の多くがこの戦争を正義と信じて疑わなかった。
万歳三唱の掛け声と共に戦地に送り出される兵隊さん。
しかし、戦地に行くことを誉れと思う者ばかりではない。
醤油を飲んで腎臓障害を患って兵役を逃れたという話は有名だが、
ロシアでは骨折屋という商売が現れたらしい。
プロパガンダ然り、戦争というものはどうやら同じような経緯をたどるものらしいが、
日本のように核爆弾で終結という事態だけは……絶対アカン!

資料提供:ピースおおさか
神戸室内管弦楽団とコラボレーションをさせてもらったのはかれこれ三年程前。
ロシアの作曲家・ムスログスキー「展覧会の絵」の内容を、
演奏の合間にぼくが落語風に紹介していくというものだった。
この楽曲は十の楽章に分かれていて、そのうち「キエフの大門」は、
テレビ番組のBGMなど日本でも特に馴染み深い。
これらの曲はムスルグスキーの親友・ハルトマンが遺したいくつかの絵画を元に創られた。
当時のロシアは僧侶や貴族が威張り散らし、
社会的不公平を絵に描いたような世界だった。
ことに農民はずっと苦しめられ、それをハルトマンが絵に現わした。
その内容は「体制側から虐げられる民衆の姿」に違いなかったが、
ムスルグスキーは曲のタイトルを「ピドロ」とした。
「ピドロ」とは牛車の意味で、
国家のために働きどおしで虐げられる民衆の姿に重ねた。
そのままのタイトルでは上演禁止になりかねないという理由からだった。
また、「ノーム」という曲も体制に対する皮肉だった。
「ノーム」とは森に住む小人の妖精だが、
ドイツ生まれの「白雪姫」の小人がそうであるように、
彼らは働き者の陽気な連中として描かれるのが常だった。
しかし、ハルトマンの描く「ノーム」は物憂げで不安そうな顔をしている。
ぼくは落語ナレーションでムスルグスキーにこんな台詞を言わせた。
「白雪姫の小人は『ハイホー、ハイホー、仕事が好き♪』と歌うが、“人に尽くし勤勉に働くことが国家の利益につながる”ということを言いたいがために、国がノームにそう言わせてるだけ」。
超訳が過ぎたかも知れないが、ハルトマンもムスルグスキーも風刺の人だった。

2019年5月25日に開催
今、ぼくは「大阪空襲」をテーマにした作品に取り組んでいる。
きっかけはコロナ禍だった。落語会の中止で自宅待機を余儀なくされるなか、
ふと脳裏によぎったのが先代花團治のことだった。
先代が落語家になった頃、落語に代わって漫才が台頭し始めた。
所属していた吉本興業からは軽口(今でいうコント)で舞台に立つよう促され、
ついにはそこを飛び出し「楽語荘」という落語家グループに合流。
落語受難の時代に落語一本で奮闘し始めた。
それが認められ花團治を襲名したが、戦争の犠牲となったのはその翌年のことだった。
享年47。

後列、向かって左から3人目が二代目花團治(当時は花次)
※「二代目花團治と大阪空襲について、
カンテレ「報道ランナー」でも紹介されました。
こちらをクリックしてご覧ください。
「落語が演りたくてもできない」という状況に置かれ、先代の無念が身に沁みた。
そんな矢先、大阪音楽大学の作曲・デザインコースからオファーがあった。
ぼくが創った台本を元に学生たちが作曲するという。
ぼくは無我夢中で「大阪空襲」というテーマで台本を書き上げた。
イマドキの学生たちがどんな音楽を作るかと不安もあったが、
先日行われた中間発表で曲の数々を耳にしたとき、思わずぼくは身震いしてしまった。
平穏な生活から、それがいきなりぶち壊される恐怖や不安を見事なまでに表現。
もちろん底辺にあるのは平和への願いである。
「大阪空襲」はすでに77年前のことだが、
日々ウクライナのニュースを耳にしている学生たちにとって
戦争は昔ばなしではなく、全く他人事でもなかった。
究極の危機感が新たな芸術を生む…とは言いたくもないが、
現在(いま)しか作れない作品が完成しつつあるのは確かだ。
発表は今年の年末。当日が待ち遠しい。(了)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

◆公演の詳細はここをクリック!
※「伝鐘」の公演内容が、大阪日日新聞に掲載されました。
こちらをクリックしてご覧ください。

◆公演の詳細はここをクリック!
◆花團治公式サイトはこちらをクリック!
かつて日本でも
「鬼畜米英」
「遂げよ聖戦!興せよ東亜!」といったスローガンが叫ばれ、
国民の多くがこの戦争を正義と信じて疑わなかった。
万歳三唱の掛け声と共に戦地に送り出される兵隊さん。
しかし、戦地に行くことを誉れと思う者ばかりではない。
醤油を飲んで腎臓障害を患って兵役を逃れたという話は有名だが、
ロシアでは骨折屋という商売が現れたらしい。
プロパガンダ然り、戦争というものはどうやら同じような経緯をたどるものらしいが、
日本のように核爆弾で終結という事態だけは……絶対アカン!

資料提供:ピースおおさか
神戸室内管弦楽団とコラボレーションをさせてもらったのはかれこれ三年程前。
ロシアの作曲家・ムスログスキー「展覧会の絵」の内容を、
演奏の合間にぼくが落語風に紹介していくというものだった。
この楽曲は十の楽章に分かれていて、そのうち「キエフの大門」は、
テレビ番組のBGMなど日本でも特に馴染み深い。
これらの曲はムスルグスキーの親友・ハルトマンが遺したいくつかの絵画を元に創られた。
当時のロシアは僧侶や貴族が威張り散らし、
社会的不公平を絵に描いたような世界だった。
ことに農民はずっと苦しめられ、それをハルトマンが絵に現わした。
その内容は「体制側から虐げられる民衆の姿」に違いなかったが、
ムスルグスキーは曲のタイトルを「ピドロ」とした。
「ピドロ」とは牛車の意味で、
国家のために働きどおしで虐げられる民衆の姿に重ねた。
そのままのタイトルでは上演禁止になりかねないという理由からだった。
また、「ノーム」という曲も体制に対する皮肉だった。
「ノーム」とは森に住む小人の妖精だが、
ドイツ生まれの「白雪姫」の小人がそうであるように、
彼らは働き者の陽気な連中として描かれるのが常だった。
しかし、ハルトマンの描く「ノーム」は物憂げで不安そうな顔をしている。
ぼくは落語ナレーションでムスルグスキーにこんな台詞を言わせた。
「白雪姫の小人は『ハイホー、ハイホー、仕事が好き♪』と歌うが、“人に尽くし勤勉に働くことが国家の利益につながる”ということを言いたいがために、国がノームにそう言わせてるだけ」。
超訳が過ぎたかも知れないが、ハルトマンもムスルグスキーも風刺の人だった。

2019年5月25日に開催
今、ぼくは「大阪空襲」をテーマにした作品に取り組んでいる。
きっかけはコロナ禍だった。落語会の中止で自宅待機を余儀なくされるなか、
ふと脳裏によぎったのが先代花團治のことだった。
先代が落語家になった頃、落語に代わって漫才が台頭し始めた。
所属していた吉本興業からは軽口(今でいうコント)で舞台に立つよう促され、
ついにはそこを飛び出し「楽語荘」という落語家グループに合流。
落語受難の時代に落語一本で奮闘し始めた。
それが認められ花團治を襲名したが、戦争の犠牲となったのはその翌年のことだった。
享年47。

後列、向かって左から3人目が二代目花團治(当時は花次)
※「二代目花團治と大阪空襲について、
カンテレ「報道ランナー」でも紹介されました。
こちらをクリックしてご覧ください。
「落語が演りたくてもできない」という状況に置かれ、先代の無念が身に沁みた。
そんな矢先、大阪音楽大学の作曲・デザインコースからオファーがあった。
ぼくが創った台本を元に学生たちが作曲するという。
ぼくは無我夢中で「大阪空襲」というテーマで台本を書き上げた。
イマドキの学生たちがどんな音楽を作るかと不安もあったが、
先日行われた中間発表で曲の数々を耳にしたとき、思わずぼくは身震いしてしまった。
平穏な生活から、それがいきなりぶち壊される恐怖や不安を見事なまでに表現。
もちろん底辺にあるのは平和への願いである。
「大阪空襲」はすでに77年前のことだが、
日々ウクライナのニュースを耳にしている学生たちにとって
戦争は昔ばなしではなく、全く他人事でもなかった。
究極の危機感が新たな芸術を生む…とは言いたくもないが、
現在(いま)しか作れない作品が完成しつつあるのは確かだ。
発表は今年の年末。当日が待ち遠しい。(了)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

◆公演の詳細はここをクリック!
※「伝鐘」の公演内容が、大阪日日新聞に掲載されました。
こちらをクリックしてご覧ください。

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