265.先生よりも、知ってるで!~明るい夜間高校~
ぼくは今、夜間高校で「芸能鑑賞」という授業を受け持っている。
落語を通して人の知恵や大阪の歴史や文化史を学ぼうというものだ。
生徒の大半が戦後のドタバタで教育を受ける機会を失ったオモニの方々で、
夜間中学から進学して来られる方が多い。
夜間中学の設立は今から70年ほど前のことだが、
今だ日常の日本語の読み書きに困る人々が大勢おられる。
役所からのお知らせを読むにもひと苦労で、
日常生活にもかなりの負担を強いられている。
オモニの一人が笑いながらこう言った。
「私ら生活するのに必死で、気がついたらこの年になってた。
けど、商売やってきたからお金の計算だけは得意やで」

夜間高校での授業風景
「先生」を務める際、ぼくがバイブルにしているのが
「オモニの歌」(ちくま文庫)という一冊。
著者の岩井好子先生が自身の夜間中学での体験をまとめたものだ。
岩井先生の授業は生徒との対話で進められ、時に生徒が先生となることも。
岩井先生はオモニの一人にこう言った。
「あんたは昭和史を全部生きてる、生きた教科書やわ。
…あんたの覚えてること、みんな教えて」
この本を手にして、ぼくは少しでも岩井先生に近づきたいと思うようになった。
生徒の発言数と授業の盛り上がりは面白いほど比例するもので、
例えば戦後の芸能史や文化史など、
ぼくが知識として喋るより彼女らが実体験として語った方が
はるかに臨場感と説得力がある。
発言しやすい空気を作ったり、それをどう引き出すかがぼくの腕の見せ所。
その日もそれまでじっと黙っていたアボジが口を開いた。
「先生、あのな、わしが疎開したときな…」。
その臨場感あふれる語りに、
昼間の仕事の疲れからか舟を漕ぎ始めていた若者もいつしかすっかり聴き入っていた。

「謎かけ」という、落語家が余芸として披露する言葉遊び。
「新聞と掛けて、お坊さんと解く、その心は、今朝(袈裟)来て(着て)、
今日(経)読む」という言葉の音を合わせたりするものだが、それを授業で作ることにした。
10代の男子学生が「そんなムツカシイ、頭を使うこと、ぼくにはでけへん」と言い出したが、
「やってみな、わかるかいな」と頭のなかの情報をどう引っ張り出すかを伝授。
すると彼はコツをつかんだのか、秀逸な作品をどんどん発表し始めた。
「オレ、自分でアホやと思てたけど、
ホンマは賢いんと違うか」と彼。
それに対し、「そうやねん。君はアホと違うよ。
方法を知らんかっただけや」と応えると、彼は
「確かにぼくは学校の勉強はでけへんけどな、
先生の知らんことをぎょうさん知ってる」
と胸を張った。これには周囲の生徒も大爆笑。
「せやせや。わたしらかて先生の知らんこと、ぎょうさん知ってる」。
なんだかぼくは無性に嬉しくなった。
ほんの少しだけど岩井先生に近づけたような気がした。

謎かけの授業(イシス編集学校にて)
※ぼくがイシス編集学校に学んだこと(要素・機能・属性)
夜間高校の教壇に立ってかれこれ20年以上。
通い始めた当初はぼくも若かったこともあり、かなり戦闘モードだった。
私語を続ける、少しやんちゃな男の子に思わず怒鳴りつけたこともあった。
「授業の邪魔するなら出ていってくれるか?」
「その代わり、出席扱いにしてや」
「何でやねん!」
しかし、その後一人のオモニが教材の漢字が読めず、その若者に話しかけた。
「なぁ兄ちゃん、これ、何て読むか教えて」。
彼の顔からはいつもの尖った表情が失せ、とても穏やかな顔に変わった。
夜間高校における70代のオモニと10代の若者のやりとりは
そこだけポッと灯がともったかのように思えた。
頼られる若者も自信がつくだろうし、
オモニらが見せる嬉々として勉学に取り組む背中も刺激になるだろう。
今は10代の生徒たちもずいぶん大人しくなった感があるが、
10代から70代が机を並べる姿は変わらない。
夜間高校にはこんな一面もあるということを、もっと多くの人に知ってもらいたい。
夜間高校は不要と言ってるエライさん、見学に来たらええのになぁ。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
▶花團治公式サイトはこちらをクリック!


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落語を通して人の知恵や大阪の歴史や文化史を学ぼうというものだ。
生徒の大半が戦後のドタバタで教育を受ける機会を失ったオモニの方々で、
夜間中学から進学して来られる方が多い。
夜間中学の設立は今から70年ほど前のことだが、
今だ日常の日本語の読み書きに困る人々が大勢おられる。
役所からのお知らせを読むにもひと苦労で、
日常生活にもかなりの負担を強いられている。
オモニの一人が笑いながらこう言った。
「私ら生活するのに必死で、気がついたらこの年になってた。
けど、商売やってきたからお金の計算だけは得意やで」

夜間高校での授業風景
「先生」を務める際、ぼくがバイブルにしているのが
「オモニの歌」(ちくま文庫)という一冊。
著者の岩井好子先生が自身の夜間中学での体験をまとめたものだ。
岩井先生の授業は生徒との対話で進められ、時に生徒が先生となることも。
岩井先生はオモニの一人にこう言った。
「あんたは昭和史を全部生きてる、生きた教科書やわ。
…あんたの覚えてること、みんな教えて」
この本を手にして、ぼくは少しでも岩井先生に近づきたいと思うようになった。
生徒の発言数と授業の盛り上がりは面白いほど比例するもので、
例えば戦後の芸能史や文化史など、
ぼくが知識として喋るより彼女らが実体験として語った方が
はるかに臨場感と説得力がある。
発言しやすい空気を作ったり、それをどう引き出すかがぼくの腕の見せ所。
その日もそれまでじっと黙っていたアボジが口を開いた。
「先生、あのな、わしが疎開したときな…」。
その臨場感あふれる語りに、
昼間の仕事の疲れからか舟を漕ぎ始めていた若者もいつしかすっかり聴き入っていた。

「謎かけ」という、落語家が余芸として披露する言葉遊び。
「新聞と掛けて、お坊さんと解く、その心は、今朝(袈裟)来て(着て)、
今日(経)読む」という言葉の音を合わせたりするものだが、それを授業で作ることにした。
10代の男子学生が「そんなムツカシイ、頭を使うこと、ぼくにはでけへん」と言い出したが、
「やってみな、わかるかいな」と頭のなかの情報をどう引っ張り出すかを伝授。
すると彼はコツをつかんだのか、秀逸な作品をどんどん発表し始めた。
「オレ、自分でアホやと思てたけど、
ホンマは賢いんと違うか」と彼。
それに対し、「そうやねん。君はアホと違うよ。
方法を知らんかっただけや」と応えると、彼は
「確かにぼくは学校の勉強はでけへんけどな、
先生の知らんことをぎょうさん知ってる」
と胸を張った。これには周囲の生徒も大爆笑。
「せやせや。わたしらかて先生の知らんこと、ぎょうさん知ってる」。
なんだかぼくは無性に嬉しくなった。
ほんの少しだけど岩井先生に近づけたような気がした。

謎かけの授業(イシス編集学校にて)
※ぼくがイシス編集学校に学んだこと(要素・機能・属性)
夜間高校の教壇に立ってかれこれ20年以上。
通い始めた当初はぼくも若かったこともあり、かなり戦闘モードだった。
私語を続ける、少しやんちゃな男の子に思わず怒鳴りつけたこともあった。
「授業の邪魔するなら出ていってくれるか?」
「その代わり、出席扱いにしてや」
「何でやねん!」
しかし、その後一人のオモニが教材の漢字が読めず、その若者に話しかけた。
「なぁ兄ちゃん、これ、何て読むか教えて」。
彼の顔からはいつもの尖った表情が失せ、とても穏やかな顔に変わった。
夜間高校における70代のオモニと10代の若者のやりとりは
そこだけポッと灯がともったかのように思えた。
頼られる若者も自信がつくだろうし、
オモニらが見せる嬉々として勉学に取り組む背中も刺激になるだろう。
今は10代の生徒たちもずいぶん大人しくなった感があるが、
10代から70代が机を並べる姿は変わらない。
夜間高校にはこんな一面もあるということを、もっと多くの人に知ってもらいたい。
夜間高校は不要と言ってるエライさん、見学に来たらええのになぁ。
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。
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