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275.六十の手習い ~花團治、レクリエーション介護士になる~

ぼくの師匠(二代目桂春蝶)は、弟子を叱るとき、
くどくど小言を重ねる人ではなかった。
ぼくが何かしくじった時、何がどういけなかったのか、
これからどう努めていけばいいのかを自分の頭で考えさせ、
それを自らの口から言わせた。
それをひとしきり聴いた師匠は、最後にひと言だけ「次はないぞ」と呟いて
その場からスッと立ち去っていく。

もしも師匠が矢のように小言を浴びせる人だったら、
ぼくは反省どころか反発していたかもしれない。
師匠はぼくの性格を見抜いていたというより、
おそらく過去によほど嫌な経験をしたのではないか
…とぼくはそう推測している。

師匠は咄家になる以前、サラリーマンだったのだが、
その頃師匠がどれほど辛い思いをしたか、
師匠が当時通っていた飲み屋の女将から聞いたことがあるからだ。

春蝶の家族と共に
師匠の二代目桂春蝶とその家族、後ろ(向かって右手)に立っているのが筆者


ぼくにはサラリーマンの経験こそないが、
学生の頃はバイトに明け暮れる毎日だった。
レストランでウエイターをしていた時、
その店長は叱り出すと止まらない人だった。

ぼくはただひたすら頭を下げ、嵐が過ぎるのを待った。
反省どころか、ぼくの頭の中は
「早く終わってくれないかな」という思いしかなかった。
それゆえ、何を叱られたかまるで記憶にない。

fc花團治、風呂の湯がアツツ_convert_20230309225651
筆者(撮影:坂東剛志)


つい最近、ぼくは「レクリエーション介護士」講習に参加した。
もちろん咄家を辞めようという気は毛頭ない。
敬老会をはじめ、お年寄りと接する機会が多いので、
スキルとして何か身につけたいという思いからだった。
試験に合格すれば「レクリエーション介護士2級」の資格がもらえる。


講義は計12時間、二日にわたって行われた。
当初、ぼくは長時間黙って椅子に座っていられるだろうか心配だった。
ましてや受講生はぼくを入れて二名(もう一人の受講者である女性は、
前回は希望者が一名で開講されなかったので、今回のぼくの参加をとても喜んでくれた)。

居眠りでもしようものならこんな失礼なことはない。
しかし、それは全くの杞憂に過ぎなかった。
講師はレクリエーションのプロ。対話を重ねつつ、
時おりゲームや体操に興じながら時間はあっという間に過ぎていった。

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講師の小関健太郎先生

レクリエーションは単なる娯楽や余興にあらず。

語源は「re-creation」、「re(再び)」と「creation(創造)」の組み合わせ。
つまり「再創造」、壊れたものが創り直される、
疲労を回復して元気を取り戻すという意味だ。

気温38度という熱中症が危惧されるなかでの日程だったが、
終了時にはすっかりぼくはリフレッシュしていた。
講義そのものがレクリエーションだった。


講習を終えて自宅までおよそ90分、
ぼくは電車に揺すられながらこの日学んだことを反芻していた。

「非言語的コミュニケーション」「相手が何を求めているのか」
……言われてみれば全く当たり前のことかもしれない。

固い心や雰囲気を解きほぐすため、
最初に行う「アイスブレイク」などは落語でいうマクラそのものだが、
レクリエーション介護士から学ぶそれはとても新鮮に感じた。

「レクリエーションの前にはなぜそれを行うか、
根拠と理由を伝えましょう」というくだりでは、
現在老人施設に入っているある恩人の、
「いきなり子どものお遊戯みたいなことをさせるんや!」というボヤキを思い出し、
つい笑ってしまった。

「介護の世界では指導ではなく支援」という言葉には我が師匠を思い出した。
教え導くという「指導」と、相手の能力を生かすための「支援」
もちろん落語家の世界では双方ともに大切。

お稽古をつけるのは基本的に「指導」だが、
冒頭の「自分の頭で考えさせる」といった対応は「指導」というより「支援」に近い。
そう言えば、師匠は「わしの真似ばっかりしててもアカンぞ」ということを、
口を酸っぱく言っていた。

…講義の後には、当然ながら試験があったが、
なにぶん「テスト」なんて数十年ぶりのこと。

いつもと違う緊張感を味わった。まさしく脳みその再創造。
今はただ「レクリエーション介護士2級」の合否結果を待つばかりである。(了)


追伸:このたびめでたく合格することができました。

fc介護レクリエーション合格_convert_20230831135853

fcリクリエーション介護士2級認定証_convert_20230831135816



※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。



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fcじぃじの桜掲載記事、産経_convert_20230831152929


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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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