278.ふるさとのリズム~身に沁みこんだ四拍子・心に刻む三拍子~
明治になって唱歌が日本の音楽教育の一環として取り入れられた。
何か新しいことを始めると必ず反対を唱える人が現れるのが世の常、
唱歌も御多分に漏れず。
「うさぎおいし、かのやま」で始まる「故郷」を小学校で合唱していると、
「学校で宗教教育をするとは何事だ!」
と怒鳴りこんでくる人がいたという。
唱歌が讃美歌に聴こえたのだろう。
夏目漱石「三四郎」にこんなくだりがある。
「三四郎はまったく耶蘇教に縁のない男である。会堂の中はのぞいて見たこともない。(中略)やがて唱歌の声が聞こえた。賛美歌というものだろうと考えた」
当時はキリスト教のことを耶蘇教と言った。
「耶蘇」は中国語の音訳語で、「イエス」という意味。
この教会が今も東京都文京区にある本郷中央協会で、
当時讃美歌の指導とオルガン弾きを務めていたのが「故郷」を作曲した岡野貞一。
この歌にキリスト教の匂いを感じたとしても不思議はない。
ちなみに「故郷」の作詞をしたのは高野辰之で、
岡野とのコンビでは他に
「朧月夜」「春の小川」「紅葉」「春が来た」といった作品を遺している。

高野辰之博士の生家近くの橋から見た風景

高野辰之博士の生家

高野辰之博士の生家は観光コースにもなっている。
仕事歌など民謡を含む日本の伝統音楽は
すべからく二拍子ないし四拍子である。
なるほど稲刈りなど「ヨイショ、ドッコイショ」といった動作は
このリズムでないと仕事にならない。
ちなみに、「お手を拝借~」と打つ三三七拍子も四拍子だ。
チャチャチャ・チャチャチャ・チャチャチャチャチャチャチャ
と手を打つ数は三三七でも、「・」の箇所に休みが入るので四拍子となる。
ぼくが若手の頃、もっぱらカラオケの司会で糊口をしのいでいた。
カラオケのスタートボタンを押してしばらく続く空白の間と歌の前奏を
ナレーションで埋めることがぼくの役目だった。
北島三郎『兄弟船』であれば、
「俺とお前の・兄弟船は/海の男の・親父の形見/どんな荒波・来ようとも/力合わせて・超えてゆく/網を引く手に・今日もまた/雪が舞い散る・兄弟よ」という具合。
ぼくのバイブルはテレビ時代劇「水戸黄門」で知られる
芥川隆行先生のナレーション集で、全て七五調。
でも、七五調とは言いながらナレーションの「/」の部分に間が入るので、
実際には四拍子に近いリズムの取り方になる。
ずいぶん前だが、ある会社のパーティーの式典で鏡開きの際、
司会者の女性が「“いちにぃさん”で参ります!」という掛け声の説明があった。
ぼくはその様子を下から見ていて少し心配だった。
すると案の定、木槌を持った方々のタイミングがずれて
ちょっと情けない絵面になってしまった。
「いちにぃのぉさん」と「のぉ」を入れて四拍子で打つ人と
そうでない人がいた。
もう少し説明を足すべきだった。
日本は元来、四拍子の国だと確信した。

筆者近影(撮影:坂東剛志)
このところ、ぼくはバロック音楽の室内楽の方々と
コラボレーションをさせてもらっているが、
ヨーロッパ舞曲の多くが三拍子。
また、お隣の韓国は『アリラン』からして三拍子。
アメリカやイギリスは国歌からして三拍子。
農耕民族は四拍子で、
騎馬民族は三拍子という説があるがなるほど頷ける。
ある方の調べによると、日本の唱歌のうち、
三拍子はわずか一割ほどだったという。
しかし、そんななかにあって
冒頭に述べた高野・岡野コンビによる唱歌のうち、
『故郷』『朧月夜』は見事に三拍子なのだ。
日本は『故郷』という曲を通して
三拍子の身体を手に入れたと言っては言い過ぎだろうか。

「日本古楽アカデミー.」さんとのリハーサル風景
今年も「落語でたどるバロック音楽」企画で
『故郷』の作詞家・高野辰之先生ゆかりの長野県飯山に伺うことになった。
ご承知の通り、バロック音楽と教会音楽は密接な関係。
そこから讃美歌が生まれ、
冒頭に述べたように日本の唱歌に大きな影響を与えた。
今回も、バロック音楽から高野・岡野のゴールデンコンビへの足跡をたどる旅。
きっと締めは自然発生的に『故郷』の大合唱になるんだろうなぁ。
今から楽しみだ。(了)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

詳しくは、下記をクリックして、「飯山市文化交流館」公式サイトをご覧くださいませ。
↓
なちゅら「飯山市文化交流館」
◆花團治公式サイトはこちらをクリック!
何か新しいことを始めると必ず反対を唱える人が現れるのが世の常、
唱歌も御多分に漏れず。
「うさぎおいし、かのやま」で始まる「故郷」を小学校で合唱していると、
「学校で宗教教育をするとは何事だ!」
と怒鳴りこんでくる人がいたという。
唱歌が讃美歌に聴こえたのだろう。
夏目漱石「三四郎」にこんなくだりがある。
「三四郎はまったく耶蘇教に縁のない男である。会堂の中はのぞいて見たこともない。(中略)やがて唱歌の声が聞こえた。賛美歌というものだろうと考えた」
当時はキリスト教のことを耶蘇教と言った。
「耶蘇」は中国語の音訳語で、「イエス」という意味。
この教会が今も東京都文京区にある本郷中央協会で、
当時讃美歌の指導とオルガン弾きを務めていたのが「故郷」を作曲した岡野貞一。
この歌にキリスト教の匂いを感じたとしても不思議はない。
ちなみに「故郷」の作詞をしたのは高野辰之で、
岡野とのコンビでは他に
「朧月夜」「春の小川」「紅葉」「春が来た」といった作品を遺している。

高野辰之博士の生家近くの橋から見た風景

高野辰之博士の生家

高野辰之博士の生家は観光コースにもなっている。
仕事歌など民謡を含む日本の伝統音楽は
すべからく二拍子ないし四拍子である。
なるほど稲刈りなど「ヨイショ、ドッコイショ」といった動作は
このリズムでないと仕事にならない。
ちなみに、「お手を拝借~」と打つ三三七拍子も四拍子だ。
チャチャチャ・チャチャチャ・チャチャチャチャチャチャチャ
と手を打つ数は三三七でも、「・」の箇所に休みが入るので四拍子となる。
ぼくが若手の頃、もっぱらカラオケの司会で糊口をしのいでいた。
カラオケのスタートボタンを押してしばらく続く空白の間と歌の前奏を
ナレーションで埋めることがぼくの役目だった。
北島三郎『兄弟船』であれば、
「俺とお前の・兄弟船は/海の男の・親父の形見/どんな荒波・来ようとも/力合わせて・超えてゆく/網を引く手に・今日もまた/雪が舞い散る・兄弟よ」という具合。
ぼくのバイブルはテレビ時代劇「水戸黄門」で知られる
芥川隆行先生のナレーション集で、全て七五調。
でも、七五調とは言いながらナレーションの「/」の部分に間が入るので、
実際には四拍子に近いリズムの取り方になる。
ずいぶん前だが、ある会社のパーティーの式典で鏡開きの際、
司会者の女性が「“いちにぃさん”で参ります!」という掛け声の説明があった。
ぼくはその様子を下から見ていて少し心配だった。
すると案の定、木槌を持った方々のタイミングがずれて
ちょっと情けない絵面になってしまった。
「いちにぃのぉさん」と「のぉ」を入れて四拍子で打つ人と
そうでない人がいた。
もう少し説明を足すべきだった。
日本は元来、四拍子の国だと確信した。

筆者近影(撮影:坂東剛志)
このところ、ぼくはバロック音楽の室内楽の方々と
コラボレーションをさせてもらっているが、
ヨーロッパ舞曲の多くが三拍子。
また、お隣の韓国は『アリラン』からして三拍子。
アメリカやイギリスは国歌からして三拍子。
農耕民族は四拍子で、
騎馬民族は三拍子という説があるがなるほど頷ける。
ある方の調べによると、日本の唱歌のうち、
三拍子はわずか一割ほどだったという。
しかし、そんななかにあって
冒頭に述べた高野・岡野コンビによる唱歌のうち、
『故郷』『朧月夜』は見事に三拍子なのだ。
日本は『故郷』という曲を通して
三拍子の身体を手に入れたと言っては言い過ぎだろうか。

「日本古楽アカデミー.」さんとのリハーサル風景
今年も「落語でたどるバロック音楽」企画で
『故郷』の作詞家・高野辰之先生ゆかりの長野県飯山に伺うことになった。
ご承知の通り、バロック音楽と教会音楽は密接な関係。
そこから讃美歌が生まれ、
冒頭に述べたように日本の唱歌に大きな影響を与えた。
今回も、バロック音楽から高野・岡野のゴールデンコンビへの足跡をたどる旅。
きっと締めは自然発生的に『故郷』の大合唱になるんだろうなぁ。
今から楽しみだ。(了)
※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。

詳しくは、下記をクリックして、「飯山市文化交流館」公式サイトをご覧くださいませ。
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