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280.ざこば師匠に「うっせぇわ!」~そのしつこさは、優しさの裏返し~

うちの女房が瞼の手術をすることになった。
その病院は遠方からの患者も多く、名医と評判の病院だ。
女房曰く、そこには先生が二人いて、一人は寡黙な男性で、
もう一人はかなりお喋りな女性。
女房の瞼は寡黙な男性が担当することになったが、
手術を目前にもう一人の先生が執拗なぐらい語り掛けてきたという。
「今日の昼ごはんは何を食べました?」という問いかけから始まり、
「パスタです」と応えると「なぜだか女性はパスタ、男性は蕎麦の人が多いのよね」

それから彼女は延々喋り続けたという。
手術前の大事な時に「一体何を考えているのだろう」と少しイラっとし始めた時、
彼女の口から手術の説明が始まった。

「最初はチクッと冷たい感じがして、
長い爪で抓られたような痛みを感じますが徐々に収まります。
それから途中ちょっと引っ張られる感じがあります。
暑かったり寒かったりというのは
緊張していると誰にでもあることなので遠慮せずにおっしゃってください」

この間も実際に執刀する寡黙先生はずっと黙ったままだが、
なおもお喋り先生の話は続いたという。

「今、先生は虫メガネのようなルーペで見ています。
ちょっと違和感あると思うけど我慢してくださいね」

そのあとも喋りは止まらず、
女房が「うっせぇ!」と叫びたくなるぐらいのレベルに達した時、
いつしかお喋り先生は去ってしまい、手術もすでに終わっていたという。

「あのとき執拗に語り掛けてくれたおかげで恐怖を感じる暇もなかった」と女房。
お喋り先生はただのお喋りではなく、
恐怖を取り除くため、あえてやっていたのだ。

蝶六、仁王変顔


師匠(二代目桂春蝶)が亡くなったとき、ぼくはまだキャリア10年の若手だった。
友人代表として弔辞を述べてくれたのが桂ざこば師匠。
無事に葬儀を終え、
末弟のぼくを含む弟子三人はざこば師匠の自宅までお礼に伺った。

花團治襲名披露にてざこば師匠
「花團治襲名披露公演」池田アゼリアホールにて・桂ざこば師匠(2015年4月26日)
撮影:相原正明


家の前までくると唐揚げやエビチリなど中華の美味しそうな匂いが漂っていた。
ぼくらのためにわざわざ用意してくれたのだろうかと
いささか卑しい気持ちでドアを開けると、ざこば師匠が神妙な面持ちで迎えてくれ、
「まぁ堅苦しい挨拶はええから、とにかく一杯やろか」とお酒を薦めてくれた。
奥様の手料理に舌鼓を打った。

しかし、師匠が亡くなってからというもの葬儀の段取りに追われて泣く暇もなく、
今だ事実を受け止められないまま。緊張のほどけない状況は変わらなかった。

そんな矢先、ざこば師匠がぼくに向かって
「春蝶やんのどこがよかったんや?」
と尋ねてきた。
ぼくは芸とか人間性とか当たり障りのない言葉で応えた。

するとざこば師匠は
「わしのところに(弟子に)
来た方が良かったんと違うか?」

となおも被せてきた。

そこから先はあえて喧嘩を吹っ掛けるような口ぶりでぼくを攻め続けた。

コンチクショウと思ったが、相手はぼくにとって雲の上のような人。
ずっと堪えていた。
しかし、酒の勢いもあってとうとうぼくは一線を越えた。

後は野となれ山となれ。号泣しながらぼくは叫び続けた。

「ざこば師匠が何ぼのもんじゃい!
うちの師匠が一番じゃ‼」


ざこば師匠の笑顔
花團治襲名挨拶まわり(ざこば師匠宅にて)
左から、桂福團治師匠、筆者、山田りこ(初代花團治ひ孫)、桂ざこば師匠



…とそれからしばらくして、ゴーという嗚咽が響いた。
涙を拭うと目の前にはぼく以上に涙で顔をぐしゃぐしゃにしたざこば師匠の姿。

「それでええ!それでええねん。
その気持ちを忘れるな!」


ざこば師匠はぼくのその言葉を待っていたのだ。
そのあと、そこにいた皆で号泣した。


ぼくにとって、
師匠が亡くなって初めて流した涙だった。


「気落ちせずに頑張りや」とか、
「大変やったなぁ」と声を掛けてくれる人は大勢いた。
けれども、ざこば師匠のような励まし方はざこば師匠ただ一人だった。

襲名披露、ざこば師匠と。
筆者と桂ざこば師匠

優しい言葉を掛ける人は多けれど、
本当に相手の立場に立って行動できる人はなかなかいるものではない。
それも嫌われるかもしれないという覚悟をもって遂行できる人はもっと少ない。


目の上に絆創膏を貼って少し痛々しい姿の女房の話を聴きながら、
本当の優しさについて考えさせられた。(了)



※この原稿は、熊本の(株)リフティングブレーンが発行する
月刊「リフブレ通信」に連載中のコラム「落語の教え」のために書き下ろしたものです。



fc国立文楽劇場、令和6年、演芸場_convert_20231209181627

花菱の会100回500

fc大須演芸場2024年2月_convert_20231209182037_convert_20231209182103



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Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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