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34.師弟の親子

ぼくの落語家人生は故二代目桂春蝶宅での住み込み生活から始まった。
炊事、洗濯、掃除、犬の散歩・・・
師匠の身の廻り全てが内弟子の仕事である。
家にいる間は奥さんが師匠のようなもので、
師匠同様に奥さんにも可愛がってもらえるよう勤めることも大事。
それに奥さんをしくじると師匠に余計な気苦労を与えるだけだ。

奥さんにはご飯の炊き方から庖丁の使い方、掃除の仕方、
着物の畳み方、挨拶の仕方、謝り方、人の話の聴き方・頷き方等々、
家事から礼儀までずいぶんと色々教わった。
赤の他人をよくぞこんなにも面倒見て下さったと
今も心底感謝している。三代目春蝶の母君である。

今の春蝶くんは、父の没後に三代目春団治師匠に入門した。
親子ともども三代目春団治師匠の弟子としてお世話になった、
珍しい例である。
どうしたって父と比べられるだろうに、
どんな感じなんだろう?

先日、上方落語情報誌『んなアホな』の編集委員として、
楽屋番の一日を取材した。
入門してしばらくすると楽屋見習いとなり、それから楽屋番を経験する。
繁昌亭という小屋が無かった時分には無かったことだ。
楽屋番は繁昌亭の楽屋のこと一切を任される。
掃除に始まって、神棚の水替え、ポットの湯沸かし、小屋前での一番太鼓、
先輩らの着替えの手伝いから、着物を畳んだり、ネタ帳をつけたり、
一日付き合って、こんなに忙しいものだとはつゆ知らなかった。

たまたま取材したのが、小染さんの息子の染八くんだったものだから、
その辺りも聞いてみた。
「楽屋では師匠やけど、家ではやっぱりお父さんか?」
すると、彼はとんでもないという表情で
「家でも師匠です」といった回答が速攻で返ってきた。
「弟子入りしてから、すっかり関係は変わりました」と彼。
たとえ父であっても、家でもやはり師匠の前まで正坐を崩さないのが当たり前。
「君は一体どこで気を抜くねん」
「ここでしょうかね?」
話を聞いたその場所は、楽屋番の控え室だった。
「ああ、すまんかった。憩いの場を邪魔して・・・・・・」
「いえ、そういうつもりではなくて・・・・・・」
ぼくも嫌味で言ったじゃないよ。

一方、梅団治兄貴のところの小梅くんは、
染八くんと同じようにお父さんに弟子入りしたが、
彼の場合、それと同時に実家を出て、
近所にアパートを借りて一人で暮らし始めた。
これもまたけじめのつけ方だ。

一度、別の取材で梅団治兄貴の自宅訪問をしたが、
小梅くんに対してその厳しいこと。
あんなに怒鳴っている梅団治兄貴を見たのは初めてだった。
親子ゆえに、そこら辺りはかえって厳しくなるものなのか。
まるで相撲の若貴兄弟を彷彿させた。

一昨日、小染さんから電話があった。
「うちの弟子が昨日えらいご馳走になって、
ほんまおおきに、すんまへんでした」
ぼくもすっかり忘れていたが、昼の500円弁当のことだった。

お父さんから師匠へって、一体どんな感じなんだろうか。
きっと人に言えぬ苦労があるんだろうな。
いや、それは、父も子も・・・・・・。

とにもかくにも、落語家の内弟子三年間の生活は
師匠の顔色ばかり伺う日々である。
師匠のこんな言葉を今も鮮明に覚えている。
「わし一人の顔色が読めんで、
高座で百人、二百人のお客のお相手がでけるかい!」

自宅に住まわせて、落語の稽古をつけ、飯を食わせ、着物を与え・・・
それでいて師匠には一銭の金も入らない。
他所の弟子がお稽古に来ても同じ。
一切お金は取らない。
それどころか稽古が終わるとご飯を食べさせて帰すのが常。
師匠は出す一方。弟子は施しを受ける一方。

下へ下へと流れるお金。
「御恩返し」ではなくて、「御恩送り」。
でも、ぼくはまだまだ送れるような立場でなく。
もう、師匠の享年である51になろうかというに・・・・・・


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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

http://hanadanji.net/

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