37.昭和任侠伝
強かったなあ、あの時の阪神は、十一連勝!
と、喜んでいたら、あと八連敗。
そこが、また阪神らしいところかねえ。
勝つ時はムチャクチャ強いけど、
肝心な時にはよう裏切られるねん。
思たら、昭和四十八年 最終戦、
巨人に勝ったら優勝やいう時に九対〇の完敗。
あの時は三日間寝込んでしもうた。あの悔しさ分かるか。
選手は替っても、ファンは死ぬまで阪神ファンやねん。
そこんとこ分かるんやったらホンマに頼んまっせ!
(たのんまっせ!阪神タイガース ディスコメイトレコード、昭和五十九年)
当時、万年最下位と言われた阪神タイガースに熱狂するファンの心理を
故・二代目桂春蝶はレコードにこう吹き込んだ。
自作の『昭和任侠伝』という咄では、
任侠映画に憧れる気の弱いアカンたれの男に
「この世の中、賢い人間ばっかりでやれるもんならやってみい」と呟かせ、
咄の中で、兄弟仁義からこんな歌詞を歌わせた。
「一人ぐらいはこういう馬鹿がいなきゃ世間の目が覚めぬ」。
また、サラリーマンの悲哀を描かせて師の右に出る者はいなかったし、
そのふと溢すような台詞に客席はおおいに揺さぶられた。
『昭和任侠伝』のこんなワンシーン。
男が風呂行きの途中、後ろから一人の女性に呼び止められる。
「お兄さん、風呂行きのお兄さん」「へっ、あっしの事でやすかい」
男がじんわり後ろを振り返ると、そこには絶世の美人が立っている。
「うわあ、ええオナゴやなあ。・・ちょっと待てよ。
こういうシーンは映画でもよう見るで。
わいが高倉健で、向こうが藤純子。
・・・けど、おなごにジャラジャラしてるようではあかん。
こういう時はスパッと断ち切って。それでこそ男の道、任侠の道、ちゅうやっちゃ。
・・・・・・おっと姉さん、寄っちゃいけねえ、
このままそっと行かしてやっておくんなせえ」。
すると女性が「石鹸落としてますよ」。
風呂屋に入って、男が目にしたものは見事な彫り物であった。
「そやそや。そういうたら高倉健も、どっと背なで吠えてる唐獅子牡丹。
・・・そうか任侠の道は彫りもんや。わいも明日入れに行てこましたろ」。
次の日、彫り物師のところへやってきて上半身裸になってそこへ横たわる。
「ええか。彫りもんちゅうのは『我慢』ちゅうぐらいのもんや。
少々痛いけど辛抱せないかんで」
「へ、心得ておりやす・・・・・・んん、んん・・・・・・少々の事で
音を上げたりするようなあっしじゃございやせん」
顔を赤らめて耐える男に彫り物師が、「まださすってるだけや」。
ことごとく任侠の道を閉ざされた男が家に帰り
「この世の中、右を見ても左を見ても真っ暗闇じゃござんせんか」。
すると母親、「アホ、今、停電じゃ」。
ここに描かれている恥ずかしさの連続。
でも、どこか亡き師そのものの姿を彷彿させる。
そのせいだろうか、師はこのどうしようもない男を
とても優しく見つめていたように思う。
常勝のチームを応援するより、負け続けのチームを贔屓にしたこと。
任侠に憧れながらもことごとく格好の悪い、どうしようもない男を愛したこと。
何をやらしても不器用な男を見捨てず、ずっと見守ってくれたこと。
師のそれらは、全て、ぼくの中で符合している。
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