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41.風の丘を越えて

恨(ハン)を積むとは生きること。
生きるとは、恨を積むこと。
お前は肉親を失ったうえに光まで失った。
人一倍、恨が鬱積しているはずだが何故声に出ない。
お前の声は美しいだけで、恨がない。


父は娘にそう語った。
二人は、親子とはいえ娘は養女で二人は血が繋がっているわけではない。
孤児だった娘にパンソリを仕込もうと男が引き取った。
辛く貧しい放浪の旅である。芸の道は険しい。

しかし、芸のために、何も娘の光まで奪うこともなかろう。
父は薬を煎じ、わざと娘を失明に追い込む。
芸を完成させる目的で、娘の声に恨=情念を刻み込むために、
父は娘の光さえも奪ったのだ。

1960年代韓国南部の片田舎。
これは風の丘を越えて [DVD]という韓国映画のお話し。

パンソリとは朝鮮半島の伝統民族芸能の一つで、
唱者(チャンヂャ)と鼓手(コス)の二人で紡ぐ物語音楽である。

お前はわしを恨むがよい。それがお前の芸の力になる、と父。

「恨」という文字に含まれているのは
単に第三者への恨みというだけではない。
そこには無念とか自責の念といった恨も含まれよう。

ひとつの芸が生まれる背景には、
何かしら、必ずその要因というものが見られる。
多くの芸能がそうであるように
パンソリもまた民衆の悲哀と愛憎から生まれたのである。

ぼくに、安聖民を引き合わせてくれたのは、
府立桃谷高校で教師を勤める姜さんだった。
およそ15年ぐらい前だったか。
コリアタウンの福一というお店で会食の機会を持った。
それから彼女とは、特にこれといった目立った交流もないまま、
互いの会の案内と年賀状のやり取りばかりが10年以上も続いた。

いつか一緒に何かやりたいですね。
お互いの年賀状にはいつもあった。
ようやく実現させてくれたのは、
金光敏氏(コリアNGOセンター事務局長)である。

浪曲とパンソリのコラボレーションの企画。
会場は、御幸森小学校の講堂。
双方共に、日本と韓国を代表する物語音楽である。
ぼくは両者の橋渡しと、狂言回しとしての役目をもって舞台に立った。

打ち合わせのため、
ぼくは浪曲師の春野恵子と共に、パンソリの稽古場を訪ねた。
彼女の稽古場はコリアタウンの一角にあった。

安聖民在日三世。
公立小学校の民族学級講師として在日同胞の民族教育に献身する傍ら、
民族文化牌マダンの活動においても中心的役割を担ってきた。

我々が訪ねた時、彼女はちょうど稽古の真っ最中で、
彼女は太鼓を叩いて
一人で二役をこなしながらパンソリを唸っていた。

激しくもあり哀しくもあり・・・・・・また滑稽な場面もある。
それにしても
これほど感情がズンとストレートに伝わってくる芸能も他にない。
ぼくは、ここに、日本と韓国の文化の違いを見た。
日本文化の場合、感情の抑制をその表現方法の特徴とする。

春野恵子が太鼓の傍らのものを見つけ、彼女にこう言った。
「パンソリも調子笛を使うんですね」。

「ええ、パンソリを語っていると
どうしても段々喉が枯れてきたりするんです。
それでピッチが下がってないか、時々確かめるんです。
もちろん本番では使いませんが・・」。

物語は後半に向けてお客を高揚させていくものだが、
肝心のピッチ=音の高低が下がるとお客が離れる。
それほど語りの芸というものはシビアなものだ。

浪曲で使う楽器は、三味線という旋律楽器だが、
パンソリでは太鼓という打楽器である。
それゆえ、彼女自身が調子笛を愛用するのである。

ともあれ、日本も韓国も、喉声文化。
これはおそらく仏教の声明から来ているが、
「喉枯れ」は「声自慢」ならぬ「喉自慢文化」ならではの宿命。

『風の丘を越えて』の中で、父は娘にこうも言う。
「情念に溺れず、それを越えた声を出してみろ!」。
つぶして駄目になるかの極限まで喉を痛める修行。
非情な父に、思わず目をそむけたく場面も多々ある。
それらにぼくは同調はできない。
でも、この映画には考えさせられる場面も多々あった。

芸のための身体は、一朝一夕には身につかない。
極めて、不器用に繰り返すしかない。
芸人とて、アスリート同様、ストイックさが求められる。

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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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