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51.フラジャイル~弱さからの出発~

   英雄アキレウスには、アキレス腱という弱点があり、
   武蔵坊弁慶には、弁慶の泣き所という弱点があった。

   勿論、それが致命傷になるということがあるが、
   しかし、それが新たな「強さ」の契機になる。
   不足はいつまでも弱い不足のままでなく、
   いつしか強い満足に反転していく可能性がある。


上は、松岡正剛『フラジャイル』のなかの一節。
ずっと、ぼくの胸の内でモヤモヤと燻り続け、
言葉にできずにもどかしく感じていたものが、
これでいっぺんに吹き飛んだ。

「フラジャイル」とは、一般的に壊れやすいと言う意味に使われる。
貨物によく「割れ物注意」「易損品」を示すシールが貼られているが、
あの「フラジャイル」である。

松岡正剛は、この「フラジャイル」を、
弱さ、薄弱、軟弱、弱小、些少感、瑣末感、細部感、虚弱、病弱、稀薄、あいまい感、寂寥、寂寞、薄明、薄暮、はかなさ、さびしさ、わびしさ、華奢、繊細、文弱、温和、やさしさ、優美、みやび、あはれ、優柔不断、当惑、おそれ、憂慮、憂鬱、危惧、躊躇、煩悶、葛藤、矛盾、低迷、たよりなさ、おぼつかなさ、うつろいやすさ、移行感、遷移性、変異、不安感、不完全、断片性、部分性、異質性、異例性、奇形性、珍奇感、意外性、例外性、脆弱性、もろさ、きずつきやすさ、受傷性、挫折感、こわれやすさ、あやうさ、危険感、弱気、弱み、いじめやすさ、劣等感、敗北感、貧困、貧弱、劣悪、下等観、賤視観、差別感、汚穢観、弱者、疎外者、愚者、弱点、劣性、弱体、欠如、欠損、欠点、欠陥、不足、不具、毀損、損傷・・・・・・といった多様な意味が含まれるものとしている。


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かれこれ13年ほど前のことになる。
その頃、ぼくは、コラボレーションというものにはまっていて、
西区にある酒屋の二階で、月に一度の催しを行っていた。

津軽三味線、のこぎり楽器、パーカッション・・・・・・
パントマイムに舞踏、ア・カペラ・・・・・・
多くのパフォーマーにゲストとして参加してもらい、
落語の可能性や立ち位置を模索している時期だった。

ぼくの演じる「蝦蟇の油」の周りでは、
舞踏家が蝦蟇となり、パントマイマーがそれに応えた。
やがて、パーカッションとのこぎり楽器が怪しく鳴り響き、
少し離れたところから、フーメイの喉声が聞こえてくる。
津軽三味線もそれを追うように演奏を始めた。

この騒ぎは、「浪花コラボレ祭り」という催しに発展して、
総勢13種のパフォーマーたちが、一同にコラボレーションを興じた。

全員がまだ30代か、20代の終わり。
思いつく全ての遊びをここでやろう、
若気の至りをここで燃焼させてしまおう、という
異様な熱気に包まれていた。

常連客たちも、ただ何かを鑑賞しようというのではなく、
新たな試み=実験を見守るといった態度で接してくれた。




ぼくたちパフォーマーは、何度も集まって酒を酌み交わした。

何のきっかけだったが、
ぼくは、かつていじめられていたこと、友だちがいなかったこと、
チックやパニック障害を抱えていたこと、
小学6年まで寝小便が治らなかったこと、
掛け算の九九が全く頭に入らず、一人だけ居残りさせられていたこと
・・・・・・等々を皆に打ち明けたことがある。

すると、そこにいった全員が似たような経験をもっていて、
それぞれが自身のコンプレックスを語り始めた。

孤独だった。
ゆえに、誰かに自分を見てもらいかった。
他人にできることができない自分をもどかしく思った。
自分にしかやれない何かを模索し始めた。

今もぼくは、コンプレックスの塊だが、
むしろ、それは誇りでもある。
それは、ぼくだけではなく、
そこにいたメンバー全員がそうであろう。

あの時、ぼくらは、単なる面白好きではなく、模索の衆だった。
その契機は、コンプレックスであり、
やはりフラジャイルがその根底にあった。


松岡正剛は『フラジャイル』でこうも述べる。

   私の考えでは、劣等感はかならずしも自分が劣っていると
   自覚するから生まれるのではない。
   むろん何かは劣っているかもしれないが、
   当人はそれとは逆に、
   いつもひょっとしたらうまくいくかもしれないと思っているものだ。
   この「ひょっとしたら」という気持ちの高揚がなかったら、
   劣等感はたいして育たない。

   矛盾や葛藤は、人間意識の輝かしい勲章なのである。

   フラジャイルであることは、
   些細で微弱な現象に目を凝らし耳を澄ますことである。





「狂言」や「能」、「歌舞伎」「落語」・・・・・・
過去の歴史を見ても、弱者が芸能を演じ育ててきた。

大阪の落語は、見台・膝隠しを用いるが、
これは野天が演じた過去から来ている。
あえて野天で演じたというより、
座敷へ上げてもらえなかった事情があったと見る方が自然であろう。
これは、上原善広『異形の日本人』に詳しい。

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劣等感を、自分のなかで、どう上手く転じていくか。

ぼくが教壇で伝えたいことは山ほどありますが、
まず一つ目には、つまり、こういうことなのであります。



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Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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