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57.ふるきゃらとガチ袋

村から村へ。
人が輝けば、町が輝く。
人は、みんな、輝く瞬間がある。
町おこしは、人おこし。


前項に続けて「ふるきゃら咄」です。


全国の「ふるきゃら」応援団や実行委員会が、
後に、「町おこし」の核となって活躍している例は多い。

この劇団の前身は『統一劇場』という劇団でした。
そこから独立する形で『ふるさときゃらばん』という劇団が生まれました。

新生ふるきゃら

山田洋次監督の作品で、その『統一劇場』を描いた映画があります。

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倍賞千恵子、寺尾聰 他

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『同胞(はらから)』
岩手県の小さな村の青年会会長のもとを、
劇団の女性が訪れ、劇団の公演を提案。
高額な費用が問題となり、青年会の議論は紛糾するが、
会長の熱意に押され、公演の実施が決まる。
青年会員の頑張りでチケットも完売するが、
公演の直前になって有料の催しには会場は貸せないと中学校から断られる。

渥美清さんも、その警備をする地元消防団員の役として、
チョロッと出ておられます。


『ふるきゃら』の役者の一人として廻っていたぼくには、
まさに共感の連続でした。

会場の多くが、小学校の体育館を借りて行われた。
準備体操、搬入、設営、そして昼飯、場当たり、ミーティング、本番。

大道具、小道具、衣装等々をトラックから降ろし
照明を吊すトラス=鉄の塊を会場に運び込む。
特設舞台を設営するため、
野菜を入れるプラスチック製のラックを俯せにして敷き詰め、
その上にコンパネを置く。音響も勿論持ち込み。

役者はみんなマイヘルメットと、
金槌やペンチを入れるガチ袋を持っていた。
ぼくも、この道具入れを上條恒彦さんの甥、上條恒さんから譲り受け、
今も大事に持っている。

gatibukuro.jpg


役者自らが、この仕事に従事した。
いや、役者や劇団スタッフだけではない。
現地の方々もみんなボランティアで軍手をはめて手伝ってくれた。
地元のお百姓さん、漁師さん、サラリーマン、散髪屋さんら自営の方々・・・・・・
現地での「ふるきゃら」の公演実現に向け、一番汗をかいてくれた方々だ。
一枚3500円のチケットを
あちらこちらに売りさばいてくれたのもこの方々だった。

こういう方々の存在に、ますます身が引き締まる。


「只今、○時○分、設営終了まで、あと○分」」という声が
10分おきに大きく会場に響いた。
現場はいつも時間と体力との勝負だった。

開演前のミーティングでは、恒例行事として、
制作班から、この地元での公演に至るまでの報告があった。

どんな人が、どのように、どんな思いで我々をサポートしてくれたか。
反対する者を、誰がどのように説得してくれたか。
反対された方は、なぜ反対されたのか。
この町の人口や財政、年齢や家族構成、産業のこと、
今年の作物の出来具合・・・・・・

皆、それを神妙に聞き入った。

目頭を押さえる役者もいた。

この芝居は、どこの町にもいるフツーの人々、フツーの風景を描いている。
だから、これを聞いて、役者一人一人が何かを背負うことになる。

その村にある信号機の数までしっかりと報告された。
信号機がひとつもないという村も多い。
この報告が、芝居にとってテンポの大きな目安となる。


「落語家です」とか言うと、
「へええ」なんて、感心されたり、驚かれることが多々あるが、
そんなことより大事なのは、
何のために、誰のために、何を、どう思い、どうやっているのか、ということ。
ぼくら落語家も、フツーの人々の代表でなければならない。
そんなこんなを劇団に教わった。


確かに『ふるきゃら』も破産という憂き目もあり、いろいろあったが、
支える人々が全国にいる。だからこそ、今の新生ふるきゃら


『ふるきゃら』に元気づけられた人、教えられた人。
ぼくも、その一人。

まだまだ続く「ふるきゃら咄」
今回はこの辺で。
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蝶六改メ三代目桂花團治

Author:蝶六改メ三代目桂花團治
落語家・蝶六改め、三代目桂花團治です。「ホームページ「桂花團治~蝶のはなみち~」も併せてご覧ください。

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